第858話 傾国の美女
熱狂が更なる熱狂を生み出す。
……その言葉の意味を今初めて理解したかもしれない。
真似できないが。
ユーペ王姉のコレクションは元値の二倍三倍どころか、五倍以上で落札されていく。
まるでバーゲンセールのような売れ行きだが、どれもこれも金貨で三桁枚以上はする超高額品ばかりだ。
一つ落札されるごとに、落札できた者は幸運の女神に祝福されたかのように喜び、外れた者は次こそはと更に値を釣りあげる。
その理由は、いくら多く持参しているとはいえコレクションには数の限りがあることだ。
数量限定という言葉に人間は弱い。
買わなくていいものですら、つい手に取ってしまうだけの請求力がある。
ましてや今落札されているのは誰もが欲しがるユーペ王姉が身に着けているアクセサリーだ。
二度と手に入らない可能性が高く。それを手渡しで受け取れるチャンス。
もはや理性を保っている参加者はどれほどいるだろうか。
そして面白いのは落札者の属性だ。
てっきりユーペ王姉の見た目に惹かれた金持ちの貴族や商人のおっさんばかりだろうと思っていたのだが、そういう人たちは思いのほか少ない。
最初の落札者である若い女魔導士を始めとして、貴婦人や令嬢などが多くの割合を占めている。
「女性から強い憧れを抱かれてるってのは本当だったみたいね」
「嫉妬されてもおかしくない立場だろうに」
決して美しいというだけで他者から好かれているわけではない。
まるで世界を照らす光のように、羨望を受けている。
たいした役者だ。本当にそう思う。
ジャラジャラという形容詞が似合うほどアクセサリーを身に着けていたユーペ王姉だったが、オークションが進むごとにその数を減らしていく。
後半になってくると、もはや元値など何の意味もないほどに高騰した。
十倍の値ですら珍しくなくなっていく。
よくもまあそれだけの金をかき集めたものだ。
王国の富がここに集まっているのではないかと錯覚する。
「……消費する前提の金で本当によかった」
「どういうこと? 別に高く売れる分にはいいと思うけど」
フィンが不思議そうに聞いてくる。
こればっかりは日頃から商売をしていないと身につかない感覚だろうな。
「金っていうのは、色々な形で国の中をぐるぐる回ってるんだ。それは分かるよな?」
「まあそうね。別にそれは当たり前っていうか」
王国内で例えば誰かが給料を受け取ったら、食べ物や服。あるいは娯楽に消費する。
消費されたお金はまた誰かの給料になり、消費されることでそうやって絶えず誰かのもとに移動し続けるのだ。
景気がいいとこの流れがより活発になり、消費も増える。
……もっとも、消費に生産が追い付かず思いがけない物価高をもたらす可能性もあるのだが。
そういう時は税を調整して抑えたりする。
とにかく、健全な市場とは十分なお金と物が流通している状態を指す。
「金持ちほど消費しろって言われるのは、なにも僻みだけで言われてるわけじゃない。もし多くの金を稼いだ者がその金を使わず死蔵したらどうなると思う? 個人では考えられない規模で」
「……金貨が足りなくなるとか?」
「そうだな。貨幣と物の流通速度は間違いなく落ちるだろう。なんせ、たくさん受け取った後に使わないんだから」
アズが頭を抱え始めた。
少し難しい話だったかな。
オルレアンがここにいれば分かりやすく説明してくれたのだが。
「でも……ええと」
頑張って消化しようとしている。
指を使って何かを数え始めた。
「本来起きるはずだった景気の刺激が起きなくなるってこと? だってその話だと次の給料まで待たないと買う人がいなくなるじゃない。食べ物なんかを扱ってると廃棄が出そうね」
「ああ。そうなってくるともしかしたら国が新しく金貨を発行する必要もあるかもしれないな。今度はお金が余ってしまうかもしれない」
「今度は余るんですかぁ?」
アズが涙目で抗議の声を上げる。
減ったらどうなるかも分からないのに今度は余ると言われても、といった感じだ。
難しい話はここまでにしておこう。エルザとアレクシアは付いてこれている。
俺も感覚では理解しているが、他人に上手く説明できるわけじゃないんだよな、これ。
「とにかく、お金は手に入れたから使わないとどこかで循環が止まるってことだ。そして今、ユーペ殿下は個人では考えられない規模で王国の富の一部を手にしようとしている。もしこれを使わずに溜め込んだら、間違いなく今の王都の好景気は消し飛ぶだろうな」
「そんなに……?」
本来なら別の何かで消費されるはずだったお金が、ユーペ王姉のオークションでそこに消費されなくなったのだ。
個人の行動で大きな都市の景気が左右されるのか、とフィンも驚いていた。
普通ならそんなことはあり得ない。
ティアニス女王が間違った経済政策を推し進めればやがて起きる可能性があるが、それも効果が分かるのは先の話だ。
だが、たった一日でここまで金貨が集まるとは俺も思わなかった。
「ユーペ殿下の温泉施設は、下手したら王城よりも立派な施設になるかもしれないな……。全部とは言わないが大半は使い切って貰わないと」
王国の経済が多少なりとも傾く。
当の本人はそんなことを気にせず注目されてノリノリでファンサービスをしている。
もう残りはネックレスだけになってしまった。
身なりのいい貴婦人が、恰幅のいい紳士に競り勝つ。
ユーペ王姉の知り合いらしく、握手をしたのちに直接その手でネックレスを首にかけた。
大変な熱狂はまだ冷めやらずといったところか。
とはいえ、オークションは終わった。
ユーペ王姉が引っ込めば場も静まるだろう。
そう思っていたのだが。
「ええと、ユーペ殿下。最後になにか出品物があるようですが? 目録は空白になっておりまして……」
既にオークションによってユーペ殿下が身に着けていたアクセサリーは全て落札者の手に渡っている。
もうドレス以外は身に着けていないはずだ。
まさか――。
「じゃーん!」
ルーケとオルレアンはどうやら聞かされていたようで、さっとユーペ殿下のミニドレスを掴んで脱がす。
「な、なんとぉ!?」
そして現れたのは下着姿……ではなくビキニの水着を身に着けたユーペ王姉だった。
決めポーズまでしている。
こんなの聞いてないぞ。
水着ということは最初から予定していたサプライズというわけか。やられた。
これには会場も更にヒートアップする。
あ、何人かぶっ倒れた。
「最後の出品物はこのドレスよ。これ以上は脱げないから許してね」
締めは投げキッス。




