第713話 忠告
いつもなら迷宮を潜ってそれなりの時間が経てば、苦戦したかどうかに関わらずそれなりに疲れる。
だけど今は全く疲れていない。
軽く散歩をしてきたような気分だ。
「はぁ。疲れたねぇ」
ラミザさんはそう言いながら横になっている。
顔は緩んでいるので、多分本当に疲れたのではなく動きたくないだけだろう。
「ほとんど戦闘を任せてすみません」
「別にいいよ。だってこの方が効率がいいもんね。たまに抜けてきた敵から守ってくれるだけで十分だよ」
「それは……」
なんだか申し訳ない。
これではお守りをしてもらっているのと同じだ。
ラミザさんはパーティーを組むのが面倒だと言っていたが、恐らく組んだ相手が同じように委縮したに違いない。
荷物持ちが目的ならいいが、一緒に戦うためのパーティーはとても成立しないと思う。
「まあまあ。今は休憩しよう。アズちゃんも他の皆も座って。魔法で探知できるなら別に見張りも必要ないでしょ?」
「分かりました」
言いたいことはあったが、素直に言うことに従う。
別にラミザさんは何も悪くない。
今浮かんでくるこの感情はただの愚痴みたいなものだ。
アレクシアさんやエルザさんも腰を下ろす。
結界の外は紫色の毒霧に包まれていた。
あの中にさっきまでいたなんて信じられない。
「君たちは普段はこういう時何食べてるの?」
「迷宮攻略の合間ですか? 保存食と食べられそうな魔物がいたら肉とかを切り取って焼いたり煮たりしてます」
「まあ似たようなもんかぁ。あ、でもヨハネ君のことだから、ちゃんと美味しい保存食を持たしてくれてるね」
取り出した保存食を見てラミザさんが感心する。
安い保存食の中には、とても食べられたものではない不味いものもあると聞いたことがある。
私はそれを食べたことがないが、エルザさんやアレクシアさんは食べたことがあるようで、ひどい味だったと教えてくれた。
「冒険者は依頼中や迷宮攻略中はまともな食事が食べられずに保存食頼りになるから、これが美味しいかどうかは大事」
ラミザさんが手を出してきたので、取り出した保存食の包みを一つ渡す。
ありがと、と受け取ったラミザさんは早速封を開けて出てきた栄養バーを一口食べる。
「んー美味しい。ちゃんと砂糖をたっぷり使ってて、糖分が補給できてるって感じがする。ヨハネ君の店が冒険者に人気なのも分かるよ」
「手伝いなんかをしてると、まとめ買いしていく人が多いですね」
「そりゃねぇ。この味を覚えたら少し高くても買うよ。他所の不味い保存食を買う気にはならない。相変わらず商売が上手い」
私も同じように栄養バーをかじる。
少しボソボソとしており、口の中の水分が奪われるが同時に甘味が広がる。
ドライフルーツも練り込まれており、まるでちょっとしたスイーツみたいだ。
これは確か最近取り扱いを始めたと言っていた。
良い取引先が見つかったらしい。
「魔物の肉は……ここでは食べない方がいいね」
「そうですね」
とても食べる気にはなれない。
毒々しい外見に反して中は意外と奇麗なのだが、それがかえってより忌避感を覚える。
「はは。まあちゃんと毒抜きしたらどれも高級食材なんだけど、それだって土に埋めたり塩で満たした壺に漬けたりして年単位はかかるから。どっちにしても無理かな」
「そこまでして食べる人がいるんですか?」
「いるよーいるいる。お金持ちで世の中のものは全部食べたっていうような人は、まだ食べたことのない珍味とかを欲しがるようになるんだよ。他人は食べてないが自分だけは食した珍味があるって自慢したいんだろうね。後は知的好奇心かな。今度食材採取の依頼を見てみなよ。高ランク帯のは大体そういうのだから」
「変わった人もいるんですね……」
正直お金を貰っても食べたくない。
主人が食べろと言えば覚悟して食べるが、それ以外は絶対に嫌だ。
頭の中に解体された蛙の腹の中が未だに鮮鋭に思い浮かぶ。
「お、この燻製肉も美味しい。塩が違うね」
「あ……。確かに前よりも美味しいです」
モグモグと燻製肉を食べ、水筒の水で喉を潤す。
まるでピクニックみたいだ。
こんなに楽でいいのかな。
「こんなに楽をしていいのかなって顔してるね」
「えっ」
「あら、的中した? まあちょっと前にも似たような話はしたし」
「まぁ……そうですね」
「私から言わせれば、皆が苦労しすぎなんだよね。冒険者は常に命の危険があるっていうけど、傾向と対策でいくらでもそれを減らせるんだよ」
「どういうことですか?」
言っている意味は分からなくもない。
しかし、それができたら苦労はしないという話でもある。
「今回の迷宮は極端だけど、どの迷宮も出てくる魔物はある程度決まっているし、魔物である以上は弱点がある」
いつの間にかアレクシアさんとエルザさんも聞き入っていた。
思えば私たちはフィンも含めて誰もちゃんとした冒険者を経験していない。
エルザさんは少しやっていたらしいのだが、あまり深入りはしていなかったはず。
そう、独学でここまでやってきたのだ。
危うい場面はいくらでもあったが、それを創意工夫で乗り切ってきた。
だがラミザさんはもっと事前に楽ができたはずだと言う。
「火を扱う魔物がいる時は耐火装備を着て行ったりはしてます」
「うんうん、いいね。そこから更に弱点を突けるようにしたら、多分劇的に変わるよ」
「弱点、ですか? 急所を狙ったりはしてるんですが……」
頭を落とせばタフな魔物でも死ぬ。
だが強い魔物ほどそれが難しい。
「属性をもっと意識するといいよ。せっかく魔導士がいるんだし。武器に魔法を纏わせられるくらいの実力はあるよね」
「それはまあ、できるわ」
話を振られたアレクシアさんが返事をした。
戦斧に火を纏わせているのは何度も見ている。
だが他の属性に関しては魔法を使っているのはともかく、武器に纏わせるのは見たことがない。
「火が得意で、火の精霊の補助もあるから余計に火に傾向したってところかな」
「他人に事実を分析されるとなんともむず痒いですわね」
「一点突破は早く強くなるにはいいことだから悪いことじゃないけど、より上を目指すならそれだけじゃだめだね。例えば火が効きにくい相手が出てきたらどうするの? ましてや無効化する魔物だっている」
アレクシアさんは気まずそうにしていた。
それは仲間の私たちからは指摘しづらいことだ。
なんせそれで上手くいっていたのだから。
なにより太陽神教の敵は太陽をモチーフにしているからか、火の攻撃の効きが悪い。
「中には属性を無効化されても、なおそれを突破する魔導士も存在しているみたいだけどね。そうじゃないなら、手を広げるべき。火が効かない相手にはたいした魔法が使えません。じゃ、いつか詰むかな」
それは先輩冒険者からの未熟な冒険者に対する忠告だった。
「まあ才能だけでここまでこれたってことなんだろうけど。それは誇っていいことだよ」
それは慰めの言葉にしか聞こえなかった。




