第488話 お手伝い
それからは慌ただしく事態は進行していった。
まず駆け付けた宰相や大臣たちが王に別れを告げた後、王と王子の遺体はすぐに棺へと運ばれる。
もう一人の王族である第一王女は一命は取り留めたものの、後遺症が酷く自室で安静にしているので来れなかった。
治療を申し出たのだがどうやら顔に傷を負ってパニック状態に陥っているらしく、信用している部下以外は会うこともできない。
アナティア嬢やティアニス王女ですら面会を断られたほどだ。仲が悪かった所為もあるかもしれないと言われた。
どうにもならないと判断し、治療に専念してもらうことにする。
継承権で言えば彼女が次の王位であるものの、その状態では執務を執り行うのも不可能だ。
実権はティアニス王女に移った。
こればかりは仕方ない。
本来であれば国葬としてこのまま王たちの遺体を火の魔法で灰にするのだが、現状ではとてもそんなことをする余裕はない。
なので遺体が腐敗しないように王の寝室へと運び、氷の結界で包むことで保存することになった。
「兄さん、お父様。必ず天に返すから少しだけ我慢して」
「私も微力ながら協力します」
棺に向けて二人は話しかけている。
心なしか、ティアニス王女の表情が大人びた気がした。
突然の王の死により、序列の繰り上げでデイアンクル王国の長となったことが影響しているのかもしれない。誰
かに頼ることが難しくなれば、否が応でも成長しなくてはならないからだ。
両親が死んで若くして店を引き継いだヨハネにも覚えがある。
一時的ではあるが、バロバ公爵の代理としてアナティア嬢がティアニス王女の後見人となることで混乱も最小限に収まったと思う。
王妃は以前の流行り病の際に亡くなっており、子供が居たこともあり愛が深かったからか再婚はしていなかった。
宰相は最初から協力的だったのも大きい。
軍務卿は表立ってはなにも言うことはなかった。
王国内の貴族派閥はいくつかあるが、バロバ公爵とこの二人が協力的であれば手綱は握れるとアナティア嬢から教えてもらう。
「内心は分かりませんけどね。ただ、今言い争っても誰も得はしないから」
「そうですね。利害は一致している」
ティアニス王女……戴冠が実現すれば女王か。
そう呼ぶ日も遠くないかもしれないな。
王座に座ったティアニス王女の最初の仕事は、大規模魔法によって混乱に陥った王都の事態を治めることだ。
隕石のような火の球による火事や倒壊。
それによる怪我人。パニックによる二次災害。
そうしたものをなるべく早く解決しなければ被害はより大きくなる。
……人手が足りないという理由でヨハネたちもこき使われることになった。
伝令役や書類仕事。
それから炊事。
優秀なオルレアンは速攻でアナティア嬢が確保して連れて行ってしまった。
無茶なことはさせないように約束するのがやっとだ。
アレクシアは魔法の能力を買われて、王都の大結界の強化をすることになった。
要は魔力タンクだ。
嫌そうな顔をしていたが、これも仕事だから仕方ないわねと言って引き受けてくれた。
エルザは司祭として医務室で治療をしてもらう。
過労で別の司祭が倒れてしまったらしい。
太陽神教でなければ問題ないということで深くは問われなかった。
ヨハネはフィン、アズと一緒に炊き出しの手伝いを任され、疲れで眠くなりながらも他の者たちと一緒に作業することになる。
王城にある、アズがすっぽり入りそうな特別大きな鍋にひたすら芋を入れる。
それから水を芋が浸かるまで流し込む。
水はアズがいるので困らない。火の精霊の力もあり、水があっという間に沸騰する。
後は火が通るまで待てばいい。
もう一つの大鍋ではフィンがベーコンや色々な野菜をあっという間に刻んで、ミルクやバターと共に煮る。これはスープになる予定だ。
どちらも下拵えすれば後は待つだけ。
この他に、小麦粉を水と塩と油で練って薄く伸ばして焼くパンも用意するのだがそれは他の料理人が担当している。
「なにやってんのかしら私たち」
「俺も分からん。混乱のお陰で変に疑われなくてよかったけど」
「そうですね。手伝いには駆り出されましたけど」
「良い人面してるアナティアだって貴族なのよね。人を使うのに慣れてるったら」
「そう言うな。ちゃんと後でこの借りは返してもらうことになってる」
「そんなこと言ってあんた甘いから流されそうで不安だわ。せめてタダで使われないようにしてよね。私は高いんだから」
フィンにしっかり釘を刺されてしまった。
だが言うことはもっともだ。
混乱が収まったら店に戻る前に色々と仕事を回してもらうなりして貰わないと。
今のアナティア嬢の立場なら美味しい仕事も回ってくるに違いない。
王都の商人たちは黙ってはいないかもしれないが、彼らも今回のことでダメージを受けているのでしばらくは動けないはず。
しかし凄い量だな。一体何人分の食事になるのやら。
王都の住民たちは一時的に王城に避難している者も多く、今はとにかく量を用意する必要がある。
こういう時のために備蓄が必要になるんだなと感心した。
備蓄する予定だった小麦は帝国に売ったが、その分保存の効く芋をルーイドから回してもらったのは正解だったな。
ちゃんと備蓄品の管理をしていたということで、担当だったティアニス王女の評判も上々だ。
そもそも衣食住さえなんとかすれば為政者に不満はそう抱かれないだろう。
三人で交代しながら焦げ付かないようにスープをかき混ぜる。
芋に火が通ったらお湯を捨て、大皿に皮を剥いて並べていく。
「あっつい!」
「フィンさん、冷めると皮が剥きにくくなりますから時間との勝負ですよ」
「分かってるわよ、煩いわね!」
「やっぱり手が器用だな」
「当たり前じゃない」
フィンが悲鳴を上げながらもあっという間に皮の剥いた芋の山を用意する。
手が真っ赤になっていたが、口で言うよりも楽しそうだった。




