夢の国
照りつけるような太陽に俺の肌はヒリヒリと痛む。こんな暑い日なのに多くの人で溢れかえっている。
子供のはしゃぐ声、それを微笑みながらついていく親。二人で同じカチューシャを付けて制服姿でツーショットを撮っているカップル。
幸せな気持ちで溢れかえっているこの景色に俺はもう少し浸っていたかったがやはり夏はかなり暑い。
俺は歩いていて偶然あった数少ない喫煙所の中に入る。他の大人は煙草を吸う暇もないのだろう。誰もいない喫煙所の一番端っこに座りポケットから箱を取り出し残り数本のうちの一つを取り出し咥える。ライターを取り出し火を付ける。手に火花が散り熱さとともに先程の景色が蘇る。
俺は深く煙草を吸う。吸いすぎたのか、俺はむせ返り咳をする。喫煙所の角に大量の煙が溜まる。俺は体を脱力させて無意識にため息をつきこぼれるように口にした。
「死にてえなぁ。」
そう呟くと同時に一人の人間が入ってきた。そいつは俺の隣りに座ってきて暑そうに脱ぎながら「いや〜暑い暑い。」と言い彼も煙草を取り出し咥える。彼は左手が使えなさそうだったのでライターを取り出し尋ねる。
「火、いります?」
「あ、ほんとですか。ありがとうございます」
彼はそう言いながらペコペコと頭を下げながら右手で煙草を持ち火に近づける。彼は一息、煙草を味わうように吸って、ふーっと息と煙を吐き、俺に話しかけてきた。
「今日は一人でテーマパークなんかに来たんですか」
「ええ...まあ...そうですね。」
「しかもスーツ姿で?」
彼は俺がこんな格好で一人でテーマパークにいるのがおかしいのかかなり距離感が近い。
「仕事サボってきたんですよ。」
「まじっすかw」
彼はケラケラと笑いながら会話を続ける。
「なんでそんなことを?」
「疲れたんですよ。全部が。仕事とかもそうだし上司との関係とか。なんか――無気力って感じですね。」
「それでテーマパークに?」
「ええ、何か楽しいことをしたくてって思ったときに子供の頃行ったここに来たんです。今は仕事も忙しいし一緒に行くような人もいませんから。」
そう言いながら子供の頃を思い出す。楽しいことばっかりで嫌なことなんて考えずにただただ夢中に走り回っていたあの頃を。両親も嬉しそうに俺のことを見ていて...今思えばあの頃が人生のピークだったのかもしれない。
「お兄さんも一人ですよね。なんでここにしたんですか。」
「お兄さんって呼ばれる歳でもないですよwまあ...昔娘と見たこの景色を見ていたかったからですかね」
「娘さんいるんですか。」
「そうっすね。男手一つで育てましてね、まあ今はもう一緒にテーマパークに行くような年齢でもないですけど」
そう言い、彼は煙を吐く。
「ぶっちゃけ楽しいですか?」
「そりゃ楽しいですよ。」
「死にたいとか言ってたのに?」
俺の心臓がドクンと跳ねる。まさか聞かれてたとは思わなかった。
「聞いてえましたか。」
「まあそうっすね。俺で良かったら話でも何でも聞きますよ。なんで死にたいんすか」
「まあさっき言いましたけど仕事の疲れですね。正直、楽になりたいんですよ。」
「いやー、楽しいこともあるんじゃないですか。趣味とか」
「趣味なんてアニメぐらいしかないですね。友達とも遊びには行くんですけどね。」
そう言いながら俺は燃えてすり減った煙草を喫煙所の吸い殻に押し付けすりつぶす。当たり障りのない答えに嫌気が差しつつも二本目の煙草を取り出す。
「楽しいことしてるときは楽しい自分でいられるんですよね。けど楽しい時間が終わった時とか嫌なことしてる時にその分ストレスが来るんです。」
「あーわかります。楽しいことしてる時と嫌なことしてる自分ってなんか違いますよね」
俺の返答に彼は笑いながら共感し、腕時計で時間を確かめている。
「要は一生楽しく生きるか何もしたくないかの二択ってことですよね。わかります。俺も同じ感じですね。」
そう言い、彼は大きく煙を吐き喫煙所の扉を見つめている。いや、正確にはその先の家族連れを眺めているのか。そんな事を考えていると彼がぽつりと呟く。
「――俺ね、嫁に不倫されたんすよ。娘――琴葉が10才になる前くらいかな。知ってます?不倫された側の気持ちって面白いんですよ。」
「怒りだけじゃなくて裏切られた気持ちとか俺が今まで家族のために働いた時間とか。とにかく色んな気持ちが溢れてきて。最終的には何も考えたくなくて。でも琴葉もまだ子供だし琴葉が自立するまでは育てようって決めて。俺は仕事で忙しいから嫁は琴葉の面倒見て――。」
「...琴葉が16の時かな。嫁は不倫相手と出てく事になったんすよ。不倫相手も示談金払ってくれたしなんせ6年前のことだし俺も割り切れていたんでしょうね。意外と別れはあっさりしてました。嫁は琴葉には俺から説明しろって。めんどくさいからって言ったんですよ。あんなに琴葉と仲良さそうにしてたのに、女って心底怖いですよね。」
俺は反応することもできずにただ話を聞くしかなかった。俺の煙草からはただ灰と煙のみが出てきていた。
「琴葉は起きてくるとお母さんがいないことに違和感に覚えていたので説明しました。琴葉はスマホをいじりながら特に悲しむ様子もなかったんです。ただ小さく一言だけ、けど確かに言ったんですよ。私お母さんについて来たかった、って。」
彼は煙草を大きく吸い、煙を吐く。喫煙所には彼の吐く煙で充満される。
「――ずるいって思いましたよ。家庭を壊して俺の捧げた愛情も奪われ、琴葉まで奪われたんですから。 そこからは琴葉とは会話はほとんどしなくて18で家を出ました。」
「確かに琴葉はずっと母親とよく話してました。俺も不倫されるまでは家族旅行とか行ったんですよ。でも...そこからはめっきりです。俺も琴葉に悪いことしたと思ってますよ。」
自嘲気味に微笑みながら彼は何事もなかったかのように会話を再開する。
「今日、楽しいですか。」
「...ええ。」
「確かに楽しいかもですね。―――ここ、最後に家族旅行に行った場所なんですよ。だからここにしたんです。ここに行けばあの頃の琴葉に会えるのかなって思って。パパ―、って言って抱きついて来て肩車をしたこととかメリーゴーランドに乗りながらこっちに手を振ってきたこととか。今まで忘れたのにいざ来ると色んな思い出が溢れてくるんですよね。」
彼は懐かしむように喫煙所の天井を静かに眺めている。
「――でもその分、嫌なことも思い出しちゃうんですよね。嫁とか琴葉のことだけじゃなくて俺の人生を振り返っちゃうんですよね。その度になんで生まれたんだろうってなるんです。楽しい時も気を紛らわせて取り繕ってるだけ。結局生きてる限り嫌なことからは逃げられないんですよ。じゃなきゃ俺はこんな場所でわざわざ喫煙所になんて来なかった。」
その言葉は俺に同意を求めているようだったが俺は言葉を返さなかった。返したくなかった。――認めたくなかった。
彼は最後に煙草を軽く吸い込み短くなりすぎたそれを吸い殻に捨て、軽く伸びをする。
「最後に聞いてもいいですか。」
「...はい。」
「幸せなとこにずっといる俺は、これから一生幸せな気持ちで生きれるんですかね。」
そう言って彼は俺の答えも待たずに左脇に抱えた着ぐるみの頭を被り夢の国へと戻っていった。
まずは読んでいただき本当にありがとうございます。感想とか考察とかコメントに書いてくれると私が狂喜乱舞します。
※活動報告書にこの作品についていっぱい書かれてます。




