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そして物語は、

 ごきげんよう。ミンネ子爵家のミランダと申します。

 誰? って思いますよね。

 ええ、わたくしも今、そう思っています。

 どうしてここで、わたくしが物語進行を務めるんですの!?

 こんな大役、ちょっとどころかかなり荷が勝ちすぎていましてよ!? でも、敬愛するアリシア様のためなら、わたくし、なんとか成し遂げてみせますわ……!


 さて。数日の欠席のあと、学院に戻っていらっしゃったアリシア様は、美しい黒髪をばっさりとお切りになって、思い切った髪型になっておられました。形の良い後頭部の丸みがどこか愛らしくもあり、すんなりと覗く首元に色香すらたたえて、わたくしたちのアリシア様は、なぜかミラベル公爵家を名乗って戻ってこられたのです! えええええ!?

 まったく理解が追い付かない我々学友に、アリシア様みずからがお話くださったことによると、色々とあった……ようなのですけれど、肝心の細かい話が分かりませんの。どなたかご存知だったら教えてくださらないかしら。

 ああ、でも、それよりもっと気になることがありましてよ! それはずばり、エルンスト・オルベルン様とアリシア様のご関係ですわ! 学院にいらして早々、アリシア様がわたくしにお尋ねになったのがエルンスト様のことでしたの。今まで男性のことなど歯牙にもかけない……というとアレですけれど、気にしたこともなかったアリシア様が、なんと! 少し照れたように名前を出されたのですから、お二人の間に何事かあったのは間違いないのです! そこを詳しく! 教えて欲しいと思うのが、アリシア様親衛隊メンバーとしての願いなのですけれど! ……あまりつついて藪蛇になりたくもありませんし、知っている情報をお伝えしたら、アリシア様はほっと胸をなでおろされていました。そこ、落ち着くところですの? ここ数日のエルンスト様に変わった様子はないかと問われたので、そのまま、気になることはなかったとお答えしたのですけれど。

 もうちょっと違う反応のほうがよろしいのではなくて? と、わたくしはなんとなく思ったのですが、どうなのでしょうか。お休みになっている間に、エルンスト様との仲が急接近! ドキドキ・ラブ・ハプニングが!! なんてことはなかったのでしょうか。うーん、気になりますわ。

 そんなことを思っていたら、あっという間に放課後になってしまいました。

 アリシア様はいつものように図書館に向かわれるご様子。あ、お待ちになって! 久しぶりにお会いしたのですから、わたくしも!

 そうして図書館に向かうと、アリシア様は勝手知ったるご様子で、おそらくいつも使われているテーブルへ向かおうとされて、そのまま足を止めてしまわれました。


 そこにいらっしゃったのは、姿勢よく本を読んでいる一人の男性でした。エルンスト・オルベルン様。西日が少しだけ制服に当たって、そこだけ光ったように見えています。少し物憂げな横顔が美しく、絵画のように見えました。一瞬、その姿に見惚れていらっしゃるのかと思ったら、アリシア様は急に踵を返して図書館を出て行こうとなさるのです!


「アリシア様!?」

「ごめんなさい、ミランダ様。私、急に持病の癪が……!」

「えっ!? アリシア様に持病なんてな……っ、あっ、あぶないっ!」


 あまりにも慌てていらっしゃったからでしょう。アリシア様のつま先が、段差にひっかかってバランスが崩れました。アリシア様!


「……っぶねぇ……」


 ギリギリのところで伸ばされた腕。倒れ込んだアリシア様。それを支える長身は。


「……エルンスト、様」


 アリシア様の小さな声に、一瞬だけ視線を向けたエルンスト様は、すぐにその青い瞳をわたくしのほうへ向けられました。


「ミンネ子爵のご令嬢」

「はいっ!」

「悪いが、この本を返却しておいてもらえないか」

「かしこまりました!」

「アリシア嬢は、借りていく」

「ちょ、ちょっと!? 貸すつもりありませんけどっ、ってミランダ様!? どうしてハンカチ振りながらにこにこなさって……、あっ、ちょっと、引っ張らないでください、エルンスト様っ!」


 わたくし、ハンカチふりふりしながらしっかりとアリシア様に頷いて見せましたわ。明日、詳しいお話を聞きますからね! 絶対絶対、答えてくださいませね、アリシア様!!



*** ***



「あ、あのっ! 腕を、いい加減に離してくれませんか……っ!」


 エルンスト様に引きずられていた私は、足早に歩く彼へ小走りになってついて行きながら、人の気配が減ったことを確認して声をあげた。回廊を外れた裏庭。はじめて、エルンスト様と言葉を交わした場所だ。今日は結界に踏み込むことも、喧嘩が行われていることもない。そのまま静かな裏庭だった。エルンスト様は、そんな裏庭の一角、よく見ればベンチが置かれた木陰へと向かっているようだった。そこまで行けば、腕を離してもらえるだろうか。そう思ってついて行けば、ぐるん、と体の向きが変わる。

 気が付くと、背中に木の幹があった。

 目の前には、エルンスト様がいる。

 西日を背に受けて、逆光になった表情は暗く、けれど、その青い瞳がこちらを向いていることは分かる。

 掴まれたままの腕は、離れることもなくそのまま。ゆっくりと、瞳が近づいて。そして。


「……なんで、目ぇ開いたままなんだよ、くそが」

「えぇ……?」


 鼻先がくっつきそうな位置で、文句を言われた。

 ふい、と顔が離れたかと思うと、ぐいっと腕が引かれるまま、彼の胸の中に収まってしまう。ぎゅっと抱きしめられた頭の上に、彼の顎が乗った。そこで喋られると、振動が頭蓋骨に……。

 そう思ったけれど、彼は何も言わない。じっと抱きしめられているだけで、何も。


「あ、の? エルンスト、様?」


 もぞもぞと腕の中で身動ぎしてみると、少しだけ抱きしめる腕の力が強くなる。押し付けられた制服からは、彼の優しい匂いがした。頭の上にあった彼の顎が、位置を変える気配がした。


「なぁ」


 聞こえた声は、耳元で。その近さに首を竦める。心臓の音が妙にうるさくなって、こんなに密着していたら、エルンスト様にも聞こえそうな気がする。思わず体を離そうと腕を突っ張ってみたのに、エルンスト様の体はびくともしない。


「どうして、逃げるんだよ」


 逃げてなんか、ない。ただ、ちょっと、混乱が。


「っ、暴れんなって、おい!」


 じたばたと動き出した私に、エルンスト様が声をあげる。バランスを崩した私を支えるために、エルンスト様がまた腕を伸ばして、それで。


「……何回目だよ、これ」

「……す、すみません」


 尻もちをついたエルンスト様になんとか抱きかかえられ、私はギリギリのところで地面と激突する難を逃れたのだった。


「あー、もう、アホくさ」

「きゃっ」


 私を抱きしめたまま、後ろに向かって倒れたエルンスト様は、裏庭の芝生の上に背中を預けて息を吐いた。抱きしめられたままの私は、縮こまることしかできないのですけれど!?


「お前、いま何考えてんの?」

「……え、エルンスト様の制服、汚れないかな~って……」

「庶民くせ~」

「だ、だって、」

「お前の制服は汚さねぇから安心しろ」

「そういう問題じゃ……。っていうか、こんなところ誰かに見られたら……!」

「あー。不可視結界張ってあるから問題ないだろ」

「え、いつのまに」


 相変わらず魔法の使い方が素早い。でもいつまでもエルンスト様に乗ってるわけにもいかず、起き上がろうと動くと、逆に彼の腕が絡んで邪魔をした。


「離れんなよ」

「えっ、ちょっと」

「もう少しこのまま……」


 するりと、後頭部を撫でていく大きな手のひら。うなじに触れた熱い指が、そのまま首筋に触れていく。


「っ……!」

「首、弱い?」

「な……っ」

「ん、弱そうだよな?」

「ちょっと!」

「なぁ、好きだ」


 つ、と。首筋に指を這わせながら。


「お前のこと、好きだよ」


 エルンスト様がそんなことを言う。


「……おもしれー。固まってやんの。おーい?」


 びっくりして声も出ない私に、エルンスト様が動く。背中を起こして、私とふたり、芝生に座り込んだ状態になったエルンスト様が、顔を覗き込んできた。


「ちゅっ」

「!?」

「お。動いた」

「な……っ!?」

「普通、逆じゃね? キスされて動くなよ。ん? おとぎ話的にはそれでいいのか? キスしたら目が覚めるっていうもんな?」

「何言ってんですかっ!? てか何やってんですか!?」

「んー、お前にキス?」


 ぎゅっと抱きしめられて。


「それから、お前に好きって言った」


 逃げられない状態で。


「お前の返事は?」


 そんな質問、されるなんて。


「う~~~~~~~~!」

「あっは。何だよ、威嚇か?」

「違います! 闘争心の発露です!」

「何言ってんだ。それより、ほれ。返事は?」

「ううううう~~~~~~!」

「言わないなら、俺からもう一回言おうか? それともキスのほうがいい?」

「どっちもいりません!」

「なんでだよ!?」


 こんな、馬鹿みたいなやり取り。想定外過ぎて、困るじゃないですか。


『また、学院で!』


 あの捨て台詞を言った後から、ずっとエルンスト様のことを考えていた。触れた唇のことも。ずっと。どんな顔をして会ったらいいのか分からなくて。でも、いつも通りの様子だったらしいから、それなら私もいつも通りでいいかって。そう、思っていたのに。


「う~~~~~~~~~~!」

「どうどう。落ち着け?」

「落ち着けない元凶がなんか言ってる~~~~~!」

「俺のせいかよ!」

「そうです!」

「なんでだよ!?」

「急に好きとか言うんだもん~~~~」

「はいはい」

「それにキスもした~~~~~!」

「それはお前の方が先だったろ」


 ぎゅっと。また抱きしめられて。逃げられないようにしてから、聞いてくる。


「なぁ。俺のこと、好きだろ?」


 囁くような声で、確認するみたいなセリフなのに、声はどうにも頼りなくて。自信がなさそうに聞こえる。こんなに、自信の塊みたいな人なのに。


「教えて」


 絶対言うまで離さないって態度のせいで、もう答えるしかなくなって。私はエルンスト様の制服にぐりぐり頭を擦りつけながら唸った。


「好きですよ!」

「……ん。良かった」


 だからどうして! ここで優しいキスになるの。そんなの、胸が苦しくなるだけ。幸せで、苦しい。


「会ったら、真っ先に言おうと思ってたんだ。……好きだ、って。なのにお前、逃げるし」

「うう……」

「ふはっ。変な顔。……けど、可愛いよ、お前」

「っ!?」

「これから、沢山甘やかしてやるから、覚悟しとけ」


 そんなことを、甘い顔と声で言って、エルンスト様はまた私を抱きしめた。


 それから。

 あっという間に私たちの婚約話はまとまり、エルンスト様が卒業する日が来た。


「お前が卒業したら、即結婚だからな。忘れるなよ」

「分かってますけど……なんでそんなに急ぐんですか? 私の上級文官試験だって結果出てない時期ですよ」

「そっちは何度だって挑戦すればいいし、受かってようが落ちてようが、さっさと籍入れるにこしたことねぇだろ」

「だから、なんでそんな急ぐんですか?」

「……本気で分かってねぇの?」

「?」

「……はー、まじか」

「なんですか?」

「ほんっと、こういうのは疎いよな? あのなぁ、俺、お前のことが好きだって言ったろ?」

「は、はい。聞きました」

「好きなやつにフラフラされて、他の男に掻っ攫われるのが嫌なの。分かれよ」

「!」

「……だから、そういう可愛い顔、外で見せるなって」


 囲いこんでおきたくなるだろ。なんて。そんな物騒なことを言いながら、今日もエルンスト様は私を甘やかす。指にはめた婚約指輪には、微笑む瞳と同じ色の石が光っていた。

お付き合いいただいてありがとうございました。

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