第20話【遠き日より】
誰もいない教室に、ひとりの少女が静かに立っていた。
斉藤遥。
つむぎと心哉を見守っていた好奇心旺盛で聡明な少女。
窓の外には、穏やかな陽光。
学校は通常の時を取り戻し、人々は再び言葉で語り合い、笑い、泣き、そして、忘れていく。
遥はゆっくりと目を閉じる。
指先に残る、土の温もり。
何千年も前、縄文の森に吹いていた風の匂い。
焚き火の炎のゆらぎ、土器に触れたときの感触――
それは、彼女に刻まれた風景だった。
遥もまた、かつてこの国に生きたひとりの縄文人だった。
だが、彼女は「意識の統一」を望む縄文の意思に抗い、
時の流れに「調停者」として意思が紡がれた存在だった。
「結び役”結の尊が彼女で良かった」
縄文の波は結び役が軸となって広まるが、終わらせるのも結び役にしかできないことだった。
人々と縄文を繋ぐ“結び役”を早く見つけと覚醒させることが彼女の役割だった。
そして、その時代の“愛”や“葛藤”に光を見出すことで、世界の均衡を守ろうとしてきた。
「空白の歴史は、ただ記録を失ったからではない――
言葉を必要としない文明が、あまりにも完全で、記録という行為すら意味を失っていたから」
遥は誰に語るでもなく、呟いた。
そして、ふっと微笑む。
「危うく大和時代の時の様になるところだった…」
教室の扉が開く音。
そこにいたのは、つむぎと心哉。
ふたりとも、この世界の何かを信じている瞳だった。
「なぁ、遥。色々と気になるけど一つだけいいか?なんで俺は何も影響を受けなかったんだ?」
「あなたは生粋の弥生系なのよ。面長で一重、鼻は低くてのっぺり顔、ザ弥生ね」
「それ悪口だろ…お前やっぱ縄文贔屓だな…」
遥は彼らに微笑み、最後にこう言った。
「ふふふ。心哉、つむぎありがとうね。あなたたちの“結び付き”が、すべてを繋ぎ直してくれた。
でも、忘れないで。
人々の個が薄れてきた時、“縄文”はまたいつか現れるから」
その言葉を残して、遥の姿は、春の風に溶けるように静かに教室から消えていった。
遥かなる時を超えて、
どこか懐かしい気配を感じた者だけが、
遠い過去の約束を、ぼんやりと思い出すかもしれない。
世界の深層には、今も静かに、
“縄文の記憶”が息づいているのだから――。




