第18話【集結】
東京の空は重く垂れこめ、雲の隙間から鈍い光が街を照らしていた。だがその光に照らされた人々の表情には、生気がなかった。
国会議事堂前。
広場を埋め尽くすのは、無言の人々。
学生、サラリーマン、主婦、子ども、老人。あらゆる世代の老若男女が、整然とした列をなして立ち尽くしていた。
彼らの目は焦点を持たず、感情の起伏もない。ただ一点、議事堂の方向を見つめ続けていた。
群衆は数百万人に膨れ上がっていた。そのすべてが、まるで巨大なひとつの生命体のように、同じ呼吸をしていた。
「……もう止まらない」
心哉は、議事堂近くの歩道橋の上からその光景を見下ろしていた。心哉の手の中には、焼けた土器の欠片が強く握りしめられていた。
「こんなことが、本当に……」
隣に立つ遥は、口を結んだまま頷いた。
「これはもはや“デモ”じゃない。彼らは、ただ“意識”の中にいる。つむぎを中心に。」
「じゃあ、このまま暴動にでもなったら……?」
「ならない。そんな欲求は消えてる。みんな、ただつむぎと繋がるためにここにいる」
遥の言葉通り、群衆は一糸乱れず静かだった。怒号もなければ、シュプレヒコールもない。だが、むしろその無言の圧力が、不気味さを際立たせていた。
警察も出動していたが、機動隊は手出しできずにいた。何もしていない市民に対して強行に動けば、政府の正統性が揺らぐ。それがわかっているからこそ、彼らはただ監視し、包囲することしかできなかった。
議事堂の奥、記者会見室では官房長官が記者に囲まれていた。
「これを反社会的な集団行動と見なすかは、現在のところ未定です……ですが、現在警察庁と緊密に連携を……」
その会見すらも、生中継の画面越しに無言の群衆が映り込むことで、空虚に響いていた。
つむぎは議事堂を見下ろせる高台にいた。装飾のない、コンクリートむき出しの庁舎の屋上。
何も言わない。何も命じない。何も持たない。
ただそこに立ち、世界の中心となっていた。
眼下に集まる群衆。
空を飛ぶ無人ドローン。
沈黙を守る議員たち。
誰よりも無垢な少女が、誰よりも多くの人間を繋げていた。
心哉はその場に立ち尽くしながら、圧倒されていた。
これは夢ではない。幻想でもない。現実だ。
遥は一瞬目を伏せ、静かに言った。
「これは“始まり”なの。国家でも、法律でもない。言葉も、思想も超えた、“共有の意識”。」
「それが……縄文人のやろうとしたことか?」
「そう。でも、その記憶はひとつじゃない。人間はもっと、複雑で、矛盾に満ちてる。だからこそ、本当は誰かが“選び直す”必要がある」
心哉はリュックの中の欠片を、強く握りしめた。
「つむぎは……このままじゃ自分を完全に失う…」
遥は、ほんの一瞬、寂しげに笑った。
「そうね。でも、あの子を取り戻せるのは、あなたしかいない」
「この中をかき分けて……?」
遥は小さく頷いた。
「欠片は、“彼女自身”に触れさせる必要がある。それが“ウイルス”になる」
「どこにいるんだ、つむぎは……」
遥は指を指した。
「国会議事堂の門の前」
心哉は顔を上げ、門の前に立つ小さな影を見つけた。
つむぎ。
焼けた欠片が、再び熱を帯びるような気がした。




