第17話【音のない行進】
夜が明けきらぬうちに、焼きあがった土器を回収するため、心哉と遥は裏庭へ足を運んだ。
黒く焦げた土の中に、まだかすかに温もりの残る破片たちが、静かに埋もれていた。
「……割れてる」
心哉の声は、かすかに震えていた。
土器は、高温の野焼きに耐えきれず、数片に砕けていた。美しい文様を刻んでいた表面も、ひび割れ、欠け、元の姿を留めていない。
「ごめん……つむぎ…割れちゃったよ…」
彼は膝をつき、土器の欠片をひとつひとつ、手のひらに載せていった。
心哉は欠片を強く握り、悔しさで顔を歪めた。
しかし、遥は静かに首を横に振った。
「……大丈夫。欠片で十分よ。そもそも割れる前提で作っていたし…」
「え?」
「大切なのは“想い”よ。器のかたちじゃない」
遥はそっと心哉の手を包み込んだ。
「つむぎに“君の想い”が届けば、それでいいの。割れていたって、伝わるものはある」
彼は小さく頷き、立ち上がった。
すべての破片を布に包み、リュックに収めると、目を細めて東の空を見た。
薄紅色の朝焼けが、ゆっくりと東京の街を染め始めていた。
タクシーのラジオからは、不穏なニュースが繰り返し流れていた。
「――都内各地で、無言の集団行動が確認され、警視庁が警戒を強めています」
「彼らは同一の方向へ静かに移動を続けており、すでに交通網にも影響が――」
「識者の間では、記憶共有や意識ネットワークの存在が再び議論され――」
「お客さん…なんか大変なことになってるみたいだから目的地まで行けないかもしれないよ…」
「行けるところまでで大丈夫です…」
「もう、始まってる……」
心哉はつぶやいた。
「今つむぎは、集団の中心にいるはず」
遥は前を見つめたまま言った。
「全国の“繋がれた者たち”が、静かに彼女と“意識”を重ねてる。どんな言葉も、命令もいらない。ただ、感じ取ってるの。それだけで、都市が動くの」
車窓の外を、静かに歩く無数の人影が通り過ぎていく。
学生、会社員、主婦、老人、子ども。
もうそれは若者だけの現象ではなかった。
言葉を交わさず、まるで磁力に引き寄せられるように、同じ方角へと歩いていく人々。
「まるでゾンビだな…」
心哉は、胸の奥にぞわりと広がる恐怖を感じていた。
「こんな世界絶対に間違ってる…」
「でも彼女は、世界を変えようとしてるのよ」
遥の声は静かだった。
「“縄文”は、再起動したの」
昼過ぎ、タクシーを降ろされた心哉と遥は東京の中心部へ向かって群衆を掻き分けながら歩いていた。
まるで機械のように統率された、無言の群衆はどんどん数を増やしている。
その中心に、彼女はいた。
つむぎ。
どこかの高層ビルの屋上に立ち、風に髪をなびかせながら、眼下を見下ろしていた。
何も発していない。指示も、声明も、投稿もなかった。
なのに――いや、だからこそ。
数百万人が、彼女を“感じ取っていた”。
“わかる”。
“つながっている”。
“共鳴している”。
――そう、確信していた。
「……つむぎ……!」
心哉は土器の欠片を握りしめ、群衆の中を進もうとした。
だが、その先には、無言の“壁”が立ちはだかった。
周囲の人々が、彼の進路をふさぐように、ゆっくりと並び立っていく。
言葉もない。
敵意もない。
つむぎは、もう“個人”ではなかった。
かつて“国家”という概念すら存在しなかった時代。
縄文の静けさの中で、人々がひとつの“こころ”としてつながっていた時代。
それを取り戻すために、つむぎは進んだ。
だがその先にあるのは――
「違う……」
心哉は拳を握りしめた。
胸の中で熱を帯びた破片が、微かに鼓動するような錯覚を覚える。
「つむぎ…絶対に取り戻すからな」
彼は静かに、群衆の間へ踏み込んだ。
拒まれ、はじき返され、それでも一歩ずつ進む。
つむぎがつむぎであることを、取り戻すために。
そして、その歩みは強い意志があった。




