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Key1 白い扉6

 かくして、愛華の夢なのか何処なのかわからない異界のたびが始まったのだという。


 ただひたすら黙して聞いていた関野は、雑多に書き込んだ自分のメモ用紙に、うそのような夢物語を書いてしまったことを後悔した。


「で、それでそれが今見た景色と、どう繋がる?俺を心底おちょくりたいのか?それとも、いまはなしたことが作り話じゃない。なんていわないよな?この手の夢想話はきいていても埒が明かん」


 けれど、俺はうっすらとこのとき何かを感じていた。言葉の裏側には先ほどの夕やけの眩しいオレンジ。自分が認めてはいけない何かがあることを否定していたのだ・・。


「そうね、でも付き合わない気がないわけじゃない。ならこの扉をくぐった時点で了承したものととるわ。」


 唐突に彼女の言葉が低くなった。あわせていた眼の端が緩やかに下がっている。そして、薄い薄い微笑み。それは、ぞっとするほど鮮やかな微笑みだった。


 背筋が寒くなるほどの思いをこめられた表情に思わず、関野はボールペンを取り落としていた。


「ちょっとまて。何を、了承したって言う事なんだ。」


 落ちたボールペンを拾うため下を向いた関野は、すこし狼狽えたせいで、さらに右ポケットにつめていた煙草入れも落としてしまった。


 落ちた煙草入れを拾い上げると、ポケットに戻すよりも先に手近な窓脇においた。どういうわけか自分に震えがきている。彼も、それは分かっていた。見せたらいけないと、思いとどまった自分はいつもの記者である『関野 幸一』になっていた。


 それを見る愛華の顔はまったく崩れない。何かを待ち焦がれていたような、そんな顔だっただろう。


「聞きたくなければいくらでも耳をふさいで逃げられた。行きたくなければ私の手を振り払えた。」


 指摘するかのような鋭さを帯びた彼女の一言は、関野が考えていた裏の思いをそのまま見透かしていた。


「俺がおびえていたとでも言いたいのか。」


「さもなければ何だって言うの?いったんここの部屋に入るのをためらっていたのが分からないから?変に感じたから?ならばそれに従えばよかった。あなたは私より少なくとも年をとっているんだから。」


 言葉の幽遠が深まり、よりいっそう彼女が大きく感じる。比喩であらわすにしたらそれはあまりに滑稽な光景だろう。だいの大人で社会人生活をしている男が、まだ高校が始まったか始まらないか位の少女に言葉で押さえ込まれている様は。


「おしゃべりも随分と達者になったじゃないか。それが本音かよ。ついでで悪いがすこし水をもらうぞ」


 言葉を突きつけられた真意がまだ読み取りきれずとも、感情を表に出さないようにするため、関野は彼女の隣の机に置かれた水差しの水を望んだ。


「いいわよ。お好きにどうぞ」


 言う前に、関野は水差しを持つ手はコップの中に水を注いでいた。半分ほどまで入れた水を一息に飲み込むと、渇いた口の中をぬるい水が通り過ぎ、胃の中にしみた。


 やれやれといった表情で彼女がこちらを見ているが、乾いていた口の中が整うと、いつでも愛華の何かに応える為にまた姿勢を正した。


「時に、知っている?」


水を飲み終えた関野に彼女は嘲笑をこぼしていた。


「クマのできている人ってね、よく効くのよ」


 彼女はそういうと広げた紙束を直してまとめると、そのまま浅く目を閉じた。そう、閉じただけに見えた。


 彼女の目をとじたのを不審に感じ、声を掛けようとしたときだった。関野は周囲の空気の歪みをみた。

 空気のゆがみに伴い、頭に何かが「ぐにゅり」と抜けるような鈍い痛み。思わず頭に手をやり、苦鳴をもらした。眩暈を覚えて一瞬机に手をつく。心臓の波打つような脈動、頭にある手は額へと下り視界をふさいだ。目の端から見える歪みつつある視界は、すぐに回復した。


 だが、関野は見た光を否定する為に再度目をつぶった。時計は十一時五十を回ったはずなのに、時折見ていた窓の空は青かったはずなのに、あのオレンジ色が関野の目に踊りこんできた。


 気づいて、鉄柵に思わず手を強く叩たきつけるようにぶつけて表を見ると、夕焼けの景色が彼の眼前に広がっていた。目を強くこすり、何度も頬を叩いたが、目の前の景色に変化はない。

 部屋に来る前の同じ光景に関野は声が震えた。


「これは?俺は頭がどうにかしてしまったのか?!いったいなんで、こんな?!!」


 思わず叫ぶ、が、声がやけに響いた。病室にしてはあまりに遠くへ飛んでいってしまった。


 周囲を見渡せば病室自体もおかしい。形は変わっていない、広くもなっていない。けれども、広い体育館で話すように声が反響する。

 淡い期待を抱いて扉に向き直ったが、なぜだかわからないが背後の扉は鏡に変容していた。


「落ち着くのは無理でも、現状をひとつ教えてあげる」


 慌てふためく様が分かっていたかのように、彼女の声は落ち着いていた。


 自分の胸の辺りが、辺りの異様さに耐え切れずに、きつく押さえつけられている。それでも目線だけはそらさないように関野は胸を押さえながら、置いたはずの煙草入れのあたりへと手を押さえ直し、彼女を窓際からみていた。


 愛華はベッドの上にいるくせにまるで女王が座しているような荘厳な雰囲気のまま話しかけた。


「ここはあたしの夢の狭間。なぜあなたがいるかといえば、あなたも偶然にも彼を見ているらしいから。そして、現実のあなたは私の隣の机で寝ている」


 告げられる言葉の面妖さは、凡そ想定外過ぎる事だった。


「うそ、……にきま、ってる」


 緊張と警戒が細っていた喉から、やっとその言葉を搾り出させた。

 関野は目を見開いたまま、自分の窓辺に置いたタバコケースを取ろうとした、だが、それは取れなかった。タバコケースがおいてあったであろう窓は一面のガラス張りの水槽に変容。


「うわっ」

 反射的に窓際から飛び退ると、彼女を一度見やり、そして、もう一度窓を見た。飴色と茜色の色彩、そして、その下で風を受けて棚引く幾条もの煙。光の反対側には変わらない工業地帯が広がっている。


 何があったかわからない。何をされた?


 顔に出さないようにしても心臓は正直だった。議員を追っかけたとき、賄賂の押収現場を押さえたとき、どの全てでもここまで重い鼓動を関野の心臓は打たなかっただろう。


 いつもの落ち着くためのタバコがないまま、関野は愛華と向き会わなければならなかった。

変容してない椅子に腰掛け、深く息をつくと、もう驚かないといった(てい)で、彼女のまなざしとむき合わせた。たかが十四~六歳の小娘に負けてたまるか、そういう感情のまま関野はまっすぐに彼女を見据えていた。


「俺に、何をした?夢物語の話以前からどうも、変な感じがしていたのは今認める。だが、俺が眠ったのには納得いかない。そもそも、ここが夢なら俺は殴れば目が覚める。痛みで目が覚めるという話はあるからな。」


「へぇ?痛みをね・・・・・・。なら殴ったら?」


「そういうってことは、痛いって事か。」


「あら、信じるの?私の話なんか夢物語じゃないの?」


「この様な事になった時点で、俺が行く裏の裏をかかれてるからな、ためしに俺が言うのと反対のことをやってみるという試みさ。」


 空気がまた少したわんだ。見えない壁が少しだけ狭くなったのを肌で感じる。不気味すぎる感触で、ざわりと自分の産毛が逆立った。試す気はないといえば嘘になるが、すでに試していた。先ほど叩き付けるように鉄格子にぶつかった指はまだじんじんと痛んでいたからだ。


 関野は捕えられたという事実を受けとめ、愛華の話を聞く事を続けざる得なくなった。


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