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Key1 白い扉4

 引き入れられた病室内部は陰鬱としていた。真白い天井、機械的にも思える設計をされた洗面台。そして、点滴付の寝台。外を絵画のように切り取った窓だけがここで唯一の色を見せていた。本数は少ないが鉄格子がついていなければもっとよく見えたことだろう。


 見舞い客を迎えるための椅子は、緑鮮やかな丸い円座布団のついた四足の椅子。関野はその椅子を引きずり寄せると、愛華と向き会う形で座った。


 愛華はといえば、早速自分の白いベッドに乗って薄いかけ布団へ、足を突っ込んでいる。


「いらっしゃい。何にもないけど、ここに来てくれたことだけ歓迎するわ」


 ベッドの上で足を伸ばして座った状態で、愛華は揺らした三つ編みの先を弄ぶようにしていじっている。その姿には、この子が年相応女の子にしか見えない幼さが見えた。けれど、幼さがある反面どこか達観しているような印象も受ける。


 寒々しいというか、なんだか人を見ていないというか、彼女がここにいる理由もわかりそうだ。


 何かを感じるわけでもなく、さっきの異変を彼女が何か知っているかもしれないという予感が沸々と湧き出してくる。先ほどの夕焼けの色、ありえない時間帯の光景、消えうせたかもしれない建物。


 関野の疑りの中にある探究心と好奇の心、それを見透かすように幾度かこちらを気にしながら愛華は包帯の先をいじっていた。


「記者さん?いや、これからは関野さんと呼ぶわね?あなたはさっき何かを見た、それは夕焼けの中の、廃墟。そうじゃない?」


「……みえてない。そんなのが見えていたらここに俺も患者としてきているだろうよ」


 関野の嘘などないに等しいのだろう。彼女はベッドのすぐ脇の引き出しに手をかけるとその二段目を引き出した。見れば、中には白い紙に何らかの絵が描かれたものや、走り書きのメモが数多に書かれている。


 紙をめくる乾いた音もそこそこに、中から一枚の紙を引き出すと、引き出した絵を見ながら窓の外と彼を見比べてやれやれといった様子で愛華は掛け布団のうえに無造作に数枚の紙を散らした。


 一見するとただの落書きのようにしか見えないこれをどうしろというのだ?


 これを見せるためだけに呼びいれたのか、と思うと関野は見向きもせずに椅子から立とうとした。そも、簡単に入れすぎた。誰も入れない部屋というのも看護婦がそれを見てないだけで、うそだったに違いない。


「そんな絵を見せるためだけに呼んだなら、俺は帰らせてもらう。ったく、あの看護婦何考えているんだ。」


 呆れから吐き捨てるような口調になった関野をそれでもじっと見ている愛華は、やはり少し微笑んでいる。


「絵を見せるためだけに呼んだ?それとも看護婦さんが嘘でもついたと?あなたの見てない事だってあるわ。まして、初めて来た病室の相手が何を考えているのか分からないからって、そう言わないで頂戴」


 一部言っている事は正しい。だが、だからといって関野はそこにとどまる気にはならなかった。ここから離れられる理由ができたのに、そこまでして話をする相手でもない。


「何を考えていようと、看護婦が嘘だろうと、俺はどうでもいい。仮に部屋に入れただけだったとしても、そこから記事を膨らませれば言いだけの話だ。付き合う道理もないだろう」


「これが、あなたの見た場所だっていったら、少しは信じてくれるのかしら?」


 扉に半分向き直った彼の耳にその声はまっすぐに響いた。


「…………何を信じるんだ?」


 向き直るかどうか迷う。感覚だけでものをいうのは好きではないが、それでも戻れと誰かがささやく。記者としての直感?いや、人としての好奇心だけだ。


 関野の目は認識を急いだ。書き散らした地図の右上に書かれたのは、「夢国:ペナンプティ」の文字、あからさまにとってつけられたような文字にがっかりするが、その地図はじっくりと見てみると、驚くほど仔細に書かれていた。


「ゆめくに?随分とその夢物語にご執心なようだな。いっぱしの絵描きにでもなれるぜ。ここから出られたらな。それとも、その地図も俺が見た風景とやらみたいにここでしか見えない。とかいうつもりじゃないよな?」


「見えないはずはないわよ。だって、この現実という世界で書いている絵ですもの」


愛華はそういいながら地図の一点を指し示した。


「ここ、ここ。たしか砂漠にできた工業地帯のザナイといった都市だったわね。関野さん?聞く気がないならどうぞ、お帰りになって結構よ?まだ私の夢物語に付き合うって気はないでしょうから」


 引き止めるようなそぶりを見せていたはずの彼女は、口元の下がった関野の顔をみたからなのか、そっと、手で扉をさした。


「そうさせてもらうよ。」


 途中から明らかに造語のような単語が並び、関野は椅子からすでに立ち上がって部屋を出ようとしていた。愛華は引き入れたにもかかわらず、そんな彼を見送ろうとしている。どうあっても、彼女の手のひらの上にいつしか乗らされている気が、関野のイラつきを増上させた


 愛華の言葉のとおり関野は扉に向かいあい、取っ手を回したはず、だった。


 と、螺子同士がこすれあういやな音、そして半回転しか動かないドアノブ。


 何度となく動かそうとするが音ばかりで一向に開かない。

 眉の間に皺を寄せて必死に回すが、螺子の音がひどくなるだけで扉は前後に揺れるだけで開かなかった。


「・・・・・・・お、おい、ここからだせよ!畜生・・・おまえ、知ってやがったな?出れないのを」


 精神病棟の患者の部屋だということをいれて、ここが個室であることも含めると、嫌な推測だがまさか、誰かが楽しく談話しているから閉めてしまえといったようなことで閉めたわけはない。

かといって、愛華自身がこの部屋の患者だから閉められるような設備にはなっていないはず。


 鍵の位置を調べたが、何が原因かさっぱりわからなかった。


「そこはコツのいるあけ方があるのよ、なんせこの病室少し古くてね。出方にも格式があるから」

さぞかし滑稽なのだろう。俺は彼女が頬を膨らませまいとして笑いをこらえているのを、目を細めてみている。


「そんな格式知りたくもないけど、聞くためにはあんたのお話に付き合わなきゃ出られない。そういうことなんだろ?」

 また、うすく彼女は笑った。


 改めて彼女に向き直り、関野は乱暴に椅子に前後逆に座った。いつも書き留めている、すれた青いメモつき手帳のできるだけ末尾のほうを開くと、愛華の顔を小憎らしそうに見つめて「じゃあ、聞かせろ。」とぶっきらぼうに言った。


「最初からそうすればいいのにね?面白い人。ついでに言わせてもらえば、後から私に言われるのを予想してのメモ取り?」


「ほっとけ、どうせ書かなかったら書かないで絶対に突っ込んでくるだろ。短いが、お前さんのことが少しわかった。損な性格しているせいで、記者たちが近づきたくなかったんだろうな」


「お褒めに預かり光栄だわ」

 後にも、ここまで本当に小憎らしいという言葉が似合う娘に会ったのは関野も初めてだった。


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