Key4 終章 夢国の奏門6
「わかった。なら後で話してくれ。次に聞きたいのは、感覚とかなんだとかのことについてだ」
「はい? 感覚についてって」
「お前がおれによこしたこの前の宿題の回答とか言う奴だよ。悪いが、俺にはこれがどうしても、お前が宿題にしたかった内容には思えないんだ、夢で五感が働くようになった事が何で知らせたいことなのか分からないんだ」
関野は深くまである疑問に鍵を掛ける形で仕切らせると、もうひとつあった、あの事件の後に渡された紙とその答えについての質問を続けた。
彼女の夢の中で第二関門を抜けた際に、夢の中でありながら五感が作用していることについての疑問は無かった。その前からもそう言った言葉を多用していたし、彼女自身第一関門のときに感覚があったはずなのだ。それを今更のように語られては分かるものも分からない。
「もしかしなくても、第一関門と第二関門のときとの違いについて、でしょう。感覚があったなかったの議論はとりあえず置いておくわ」
愛華はそういうと、持っていたコップを下ろして隣にある自分のメモ用紙と紙を取り出した。この前のように彼女なりのやり方でそこで何があったのかを説明してくれるらしく、関野は手招きされた。
「そんな遠くじゃ説明しても見えないでしょ。何でか知りたいならすこしぐらい近くによって話を聴かないとわからないわよ」
「何もないなら、俺はその説明を聞きたいんがな」
椅子の上で腕を組んでいた関野は、手招きする愛華のほうを見てはいたが、そう言って傍までは寄ろうとしなかった。警戒をしていてきりがないとも言われそうだが、彼女の傍によってしまったらあの空間がいつ何時開いて飲み込もうとするか分からない。
ならば、それに警戒しておかないほうがおかしいと、思うのは自明の理だ。離れた椅子の上で腕を組んでその図を見たほうが、その確立も減るだろうと関野は愛華が再度手招きするも、そこから動こうとしなかった。
「あんたね、何処まで抜けているかと思ったけど、説明聞きに来たくせに説明を聞く態度がなっちゃいないじゃないのよ」
呼んでもどうしても来ようとしない態度に業を煮やした愛華は、ベッドから立ち上がると、つかつかと関野目の前まで歩いてくるなり、彼の鼻を力いっぱいつまみあげた。
「いだっ! だにすんだ。いきなり」
痛みに鼻をつままれた愛華の手を乱暴に払うと、鼻の辺りにまだ残っている痛みにごしごしと鼻を何度もこすって取ろうとした。こすっている関野に対して、当然と言わんばかりに愛華はペン先を突きつけて言った。
「聞かない態度を取っているからそれに対するあたしなりの罰と、ついでに説明をかねての事。今痛いって言ったでしょ」
「ああ、痛いっていったがどうした」
「その感覚が無いっていうと何が起こると思う? 簡単でいいから聞かせてよ」
もったいぶる態度にいきなり鼻をつかまれた理由と感覚が出来た事がどう繋がるのかと、ペースをもって行かれ始めていることを考えながらも関野はありきたりな事をあげ連ねた。
「痛みが無ければ、そりゃ危機管理が出来なくなるとか無謀になるとかだろ。夢にそんなものが必要なのかよ」
「必要かですって? 痛みはそれだけじゃないわよ。そりゃ確かに主要な事を外してない貴方の言い分も正しいと言えば正しいけど」
愛華はそういうと自分の手のひらをぐっと握るとすこし間をおいて、赤い雫がそこから滴った。数的こぼれて下にはねたそれは生々しい赤でどう見ても血だ。
何をするのかと、関野は急いで手元のハンカチを取り出して愛華の傍に近寄ろうとしたが、愛華はそれを制して関野の目の前で手のひらに出来たばかりの傷口を広げて見せた。
小さな欠片の落ちる音がして見せられたそれは、割れたガラスの欠片で傷つけられた小さな傷口で、出来たばかりであるそこからはあふれた流れがゆっくりと手のひらを伝って一滴ずつ床へと落ちていった。
「お前貧血なんだろ、そんな真似したらぶっ倒れるぞ」
「ご心配なく、でもね、正解を説明するのには必要だったからこうしただけよ。傷を見れば分かると思うけど、此処には切れたという事実がある」
そう言って切れ傷口を見せ付ける愛華が何を言いたいのか、関野は余計に分かりかねていた。傷があるという事実があったから一体なんだというのだろうか? ガラスで傷つけた事に意味があるのか、それとも傷をつけなければならなかったのだろうか。
傷を見るばかりの関野に愛華はその手のひらをかざしながら、もう片方の明いた右手で器用にベッドの上に渡る置き台の上で叉絵を書き出した。
「わからないみたいねぇ。言っているじゃない。切られたという事実があるって。その切られたという事実は夢の中での出来事だとするわ。でも、夢だから自分の感覚が繋がっているとは限らない。
実際そうでしょ、普通の夢から覚めたら痛みは無いけど怖い夢を見れば恐怖は残る」
「それだから分からない。恐怖は感情だから残るものだろうが。夢は現実じゃない、起こっていないことが起きているように感じ取れたからどうなる。五感が総動員された夢がなんになるんだよ」
関野の言葉に絵を書き続けている少女は、横顔からこちらへ目線を僅かに向けると叉紙にもどして、書きながらその言葉に答えた。
「感情が残るねぇ、むしろそれは夢の恐怖という記憶が残っているのよ。だから怖いという感情が残る。分かっていて言っているのよね? で、どうして痛みが必要なのか。それも私の話を聴いていたら見当が付くとおもったけど、一人よがりに近かったみたいね。ならいいわ、このままその話を続けるわよ」
愛華は切れた手のひらをみせていたが、その手を握って見せると、叉布団へと戻っていった。スリッパも履かずに来たその冷たい裸足の音が踏みつけられた血の跡で赤い点を残していく。
「痛みが必要な理由を、叉あの夢語りではなすって言うのか? 夢語りなんかどうして毎回必要なんだよ」
関野がそう言って愛華を見ているが、愛華は手に引き出しから取り出した包帯を巻きつけると、器用にそれを手のひらにまきつけてから関野に先ほど書いていた絵のような何かを突きつけた。
はためく音がして関野の目の前に出された紙には、人が何人か書かれていて、一人ひとりは違う姿をしている。
ある人はまるで十二単を羽織っているかのような豪華な着物をまとっているようだが、その後ろから大きな尾が突き出している。右側に行くと、その人の隣で小さな子供? のような絵が描かれていて、子供の胸元は鉛筆で塗りつぶされていて赤い。
三番目にいる人物は、……関野は思わずじっと見入った。その人物は白いパジャマに横からたらしたおさげ髪、そして左手には大きな腕の長さよりもある鍵が握られていた。
「これは。一番右はお前なのか? ほか二人の人物の関係は分からんが、この一番右端の鍵を持っているのはお前だろ。で、これが一体」
そういいかけて目線をあげた関野に、愛華はそらして自分を見る彼の顔から見る先を変えて、窓の外を見るように頭を向けた。
関野は愛華がそうして表を見るのに、また自分があの世界に引きずり込まれるのではないかと思って、今回は目線を愛華から外さないようにして質問の答えを待った。
「その手にはのらないぞ」
「あら、一体どんな手かしら? 貴方も随分私と同じようにスムーズにあちら側にいけるようになったの?」
愛華はそういうと、目線だけをこちらに戻した。
その目に関野はぎょっとして椅子の上でひじを付いていた顔をあげるとあこちらを見た愛華の金色に近い瞳を見直していた。
ややあってから、その目が何だと愛華の顔を恐れ気も無く見つめて軽く咳をした。
「 いや、俺は驚かないぞ。だからどうしたっていうんだ。ここが夢ならそれくらい」
「何時から夢の空間になったんでしょうね? で、あなたは夢の空間に行くまいとしていたんじゃなかったかしら」
言った自分の言葉をすぐさま訂正しようとしたが、顔を向けた愛華の目は元に戻り、外からはあの工場地帯と何かが飛んでいく姿が目に付いた。覚悟してはいたのだが、言葉にひっかかりすぎる自分が、うらめしい。