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Key4 終章 夢国の奏門5

 そういうと、関野は以前だったら躊躇っていた愛華の病室のドアを三度叩いた。内側からはそうして彼女の声がまたくぐもって聞こえてくる。


 一方、ドアの反対側で聞こえた来訪の鐘にも等しいその音に、愛華は歓喜した。微笑を出してはいけないと分かっていても出来てしまうその笑みに、自制を強く働かせて頬をつねっていつもと同じ声を出して答えた。


「来たわね、いいわ、入りなさいよ」


 扉のがたつきはほとんどなくなっているかのように、音も柔らかく隔てていた壁はなくなり、彼と彼女の間は繋がった。二人がかち合うそれぞれの目に篭る熱と鋭さを潜ませた短剣が見える。自分と同じく求める瞳がそこにありそれはどんなものよりも鋭く輝いていた。


「お久しぶり、とはいわないかしらね。たかだか六日間ほどですもの」


「久しぶりに俺は近いな。まるで数ヶ月はお前にあってないと思った」


 お互いの第一声は互いの事を探りあうような言葉の応酬だった。関野はドアの外で愛華の声を聴いていたが、なぜかいつもよりも明るく聞こえたその声に、何をたくらんでいるのかと警戒し、一方で愛華は関野が何処まで食いついてこられるのかを見る為に最初だけ声音をやわらかくしていた。


「あら、そうかもしれないわね? 貴方ってそんなに顔細かったかしら。それともあの男に攻撃されたショックで食事も喉を通らなかったとかそんな乙女チックなことを言うつもり?」


「いや、ほうけていたのは事実だな。だが、聴きたい事がいくつもあったし、お前と病室の前で別れた後で別の事も調べていた。それに、面会謝絶がこうも簡単になくなるとも思ってもなかったよ」


 関野はそういうと、定位置に座るために愛華の隣に置いてあった椅子を引きずると、ベッドの正面に椅子を構えて横座りにその場に腰を下ろした。目線はその椅子を構えている間も愛華から外さないようにしているが、その目線を愛華が嬉しげに受け取っているように見えてならなかった。


「あら、そっち側じゃなくてもう少し近くによって話してもいいんじゃないの? それとも私に近づきたくないかしら」


「近づきたくないのは、あるかもしれんな。だが聴くまでは出て行くつもりもないし、お前、あの後の手当てでも貧血起こしているそうじゃないか。病人なら病人らしくベッドの上で座りながら離したほうが体にもいいだろう? 」


 お互いが距離を置いているそれを、愛華はじっとみてから軽く手を振って、理解を示すと自分のベッドの上に乗って、関野と同じように相対した。


 互いが一歩も引かないような臨戦の気配にどちらも引かない。愛華は先に言っていた関野の言葉が気になり、黙っていたお互いの先を取った。


「ねぇ、聞きたくないことって何よ? 向こうにいる間の宿題の答えも渡したし、向こうでは私に関して何か情報でも得られたんじゃないの? 」


「ああ、得られたには得られたが、旅館で何かと話をしていた、それから特に変わったところは無いはずだったという話だったな」


「へぇ、誰かと話していたかね? それは確かに、私は話していたわよ」


 愛華はさらりとそう応えた。関野はそれに眉を動かしたがそれに動揺するまいと、言葉の調子を崩さずに愛華の答えを受けきってみせた。


「そうか、誰かと話していたのか。ならば、お前の会話も事実だと思っていいのか」


 ベッドの上でひじを付いてこちらを見ている愛華が叉笑った。何故彼女は笑うのだろうか、自分が話したがらなかったことを聴けば聞くほどに彼女は嬉しそうになっていくように見えるのだ。


「事実、と言うなら事実ね。話をしていたもの。で、それの本当と後はほかで喋っていた事の裏が取りたい? と言うところかしらね。なら、私はいつもの言葉を言うしかないわ」


 愛華は張り付く微笑をこちらに返すと、何度か瞬きをしてこちらを見て返す。関野はやはり話しを聞かなければならないかと、内で毒づいた。愛華が笑っているのは、恐らく話を聴かなければ此処で切っても言いという表れだろう。


「話を、聴いてからか。だったら聞く前に幾つかの質問にだけ答えろ。それからその話を聴きたい」


「貴方が聞きたい話? じゃあ、事件についてと話のラスト、それから真相について直接聞く質問じゃなかったら私はそれに答えるわ」


 かたわらに置かれた水差しをとってコップに注ぐと、愛華が注いだ水はコップの中で音と水泡を立てた。こちらを見ながら水を注いだその量は、若干多くも見えたが構わずに愛華は軽く口をつけてこちらの続きを待っている。


 質問の一幕が切られてから時間はさほど経ってはいない。それでも彼らが相対している時間は体感する時間ではより長い時を感じられた。注がれた水の一滴もがスローモーションで再生されるように緩慢だと思えるほどに。


「ならまず、真相じゃないことで聴きたい。どうして俺がこの部屋に入った初めての人間だと言った。現実なら初めてかもしれないが、あの部屋に入った人物である市田氏を数に入れるならば、俺は二人目になる」


「へぇ、いちだ?名前では覚えてないけどあの部屋に、って貴方が言うところから察するに、私の空間のことね」


 愛華はよどみ無く答えたが、自分の隙が露呈しないように作り出された言葉は関野へと軽々返される。


「そうだ。俺が聞いているのは俺がこの部屋に入ったのは最初だが、あの部屋にはほかにも誰かが入った事があるかどうか。そしてそれで何が起こったかだ」


「あら、聞き方を変えたわね。そうね、市田かどうかはしらないけど私の部屋を見た人はいたわ。入ったのは無い。見ただけで逃げ出してしまったもの。何が見えたか? あなたはそれを聴いているのじゃないの? で、それで更に私に聞こうとしているのじゃない? 違う? 」


 愛華の質問に対する返しに突きつける何かが乗ってきて、眼光が鋭くなる。その様子に、関野も椅子の背を軽く握って愛華への答えを鋭く返す。飲まれたらまた、いいようにされてしまう。


「知っているなら話は早い。アイツは化け物を見たと言ったんだ。俺は見なかったからその点が分からなくて困っていたところだよ。で、その脇に女が立っているという言葉も聴かされた。それは、お前以外に誰でもないと俺は思っている。だが、化け物についてはまるで分からない。市田氏も化け物と言うだけで事実がつかめなくてな」


 愛華はそう返してきた関野にすこし口を詰まらせたかに見えた。声がでてないが、また残っているカップから水を一口飲んでいる。言葉が出なくなると、周囲の音は戻ってくるがそれも遠い残響のようだった。


「化け物、ねぇ。知っているかどうかはそれの形にもよるわ。見た事あるなら覚えているかもしれないし、その化け物がどうして私の傍にいたかも分かるかもしれない」


「知っているだろう? 少なくとも市田氏は俺に、女と化け物が話していたと言ってきた。この病室ではお前ぐらいしかあそこにいけるのはいない、そうじゃないか」


「ええ私ね。でも、なら化け物は? どんな形をしていたかしら? 」


 関野はメモ帳を取り出してその化け物の形容を語る節を探そうとして、すでに擦り切れて汚れているメモ帳の書き込まれたページをめくった。自分から顔をそらした相手にベッドの上にいる少女は唇を閉ざしつつ小さく歪ませる。


「ああ、そうだ。市田氏が言うには鉤鼻で毛むくじゃらでおまけに牙が突き出た童話から抜け出たような化け物だったそうだ」


「で、それが私と話していた? 化け物と言えば化け物っぽいけどね、何かと話していたとしたらそれが何だと思うわけよ? 先に言わせてもらえるなら、相手は化け物とは違うわね。私が話していた相手はね」


 否定をした愛華の言葉に嘘は無いのだろうか、関野はそう考えながらも、その先にあえて踏み込まなかった。愛華も次に来ると予想していた言葉が来なかったので怪訝な顔で関野に聞き返した。


「あら? 話していたかもしれない相手が化け物じゃなかったらその実なんだったのか、何て聞くのかとも思ったのに拍子抜けするわね」


「聞こうとは思うが、それを語ってくれるように見えないんでな。それとも正体を教えてくれるのか」


 場違いな空調の入る音がして空気が冷房で震えると、その音が答えを阻んでいるようだった。愛華も正体と言う言葉が出てから首を傾げて考えているが、こちらを見ないで数度自分の頬を指先で叩いてから、関野が思っていた通りの言葉をしゃべった。


「正体を聞きたい? なら私が語る話を聴けば分かるわ。言うか言わないかの選択を聞かれれば、言うほうだけど、本当のことを直接聞くのに近いから駄目としておきたいところ」


 そういわれて突っ込むところは多々あるが、関野にはそれをする事が出来ない。愛華がこの場では上なのだ。挑むような目つきだった愛華は今ではベッドの上から自分と対等に近い感覚で話をしていた。愛華の自信は関野が話しを聞きだそうとして、答えを出さないでいることにあるのではない。

むしろ、答えを出すがその回答が真実であるというのが何故なのか、その理由を握っている愛華に関野が掴まれているからなのだ。


 踏み込んでしまった関野が、求めている真実を知るまで引き下がれなくなっている事を知っているからこそ、愛華はこのような不遜な態度を取れているのだ。

事実を知らせることなく彼を混迷の迷宮に叩き込む事ができるのが、佐原愛華、今の彼女の存在である。

 答えを求めて拮抗している内心を見透かされても、その答えの確実性を求める為に、関野は愛華から譲歩する形でその質問をはねた。


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