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Key4 終章 夢国の奏門4

「何がどうなってるんだよ。俺は一体何を求めてるんだ? もっともな言葉も無ければ、事実も無い。根拠も何も無い。何処でこんな中から事実を探し出せって言うんだよ」


 ごしゃごしゃと頭をかきまくり、考えたくないという思考を追い出そうとしても自分の頭は考えるのをやめない。それは、関野がこの状態を脱したいと考えるほどにその思考を強めていっているからだ。


「一体どうしたんだ、俺は」


 関野は落ちている紙を再度拾い上げて、そのいく先を聞いてみたが、思いついた先にあるのはやはり病室に座っているあの少女しかいない。

 そう思い至ったが、ついでで忘れてはならない事も関野はもうひとつ思い出した。


「はぁぁぁぁ。思い出した。アイツ俺を助けようとし塚本の奴を殴ったせいで面会謝絶になっているんだったなぁ……。いや、でもこれ以上こんなままでいるのに俺も耐えられそうに無いなぁ。っ」


 小さく舌打ちしたが、そう思い立ってからこの六日間の間に何度も堂々巡りをしていた自分の思考も同じことをしていたのだと思い至り、どうしようもないのかと、再度溜息をついた。


 何も動かないでいた間の混乱も収まった、関野はこれ以上こうしていても仕方がないと、自分の携帯に手を伸ばした。


 まとまらない思考の嵐のなかで何度も電話の着信の音がなっていた気がするが、いま、この携帯から見えるのはブラックアウトした電気の通わぬ画面だけだ。


「そういや、誰から連絡がかかってきてたんだろ? 」


 関野は散らかりっぱなしの部屋の隅から、携帯の充電器の先を探し出すと差し込み、さっそく携帯を起動させた。電源の入る音がして携帯の画面が開くまでのログの間に、関野は手近にある飲み残した清涼飲料水を全て飲み干してしまうと、起動を止めていたPCも起動させて自分がいつでも動ける体制をとった。


 高音がして開いたのを確認してから先についた携帯を確認しようとすると、画面が開くのと同時に着信音が鳴り響いた。


「うわっ、はいはい」


 音に驚きながらも携帯を手に取れば、第一声で飛び込んできたのは聞き覚えのある怒鳴り声だった。


「生きてやがるのかこのやろおおおおお」


「だぁっ」


 怒鳴り声にひるんで思わず携帯を放り出すと、畳に落ちた携帯から続いてなじみの声が聞こえてきた。


「関野? おい、関野だよな? 生きているのかよ! おいおいおいおい」


「あーと、生きている。いきなり怒鳴り声で怒鳴られて耳がおかしい以外は、すこしやせた? ぐらいで何とか生きているぞ、千ヶ原」


 関野に対して怒鳴った電話の主は大声をだした割には、湿っぽい声で言った。


「馬鹿野郎。こっちからの連絡付かないうえに、市田さんところに連絡取ろうとしたら俺が怒られ、お前のこと色々と言われてだな。とにかくそっから連絡とろうとしても連絡が付かない、こっちの取材が終わらない。だから、何度と無く連絡したのにお前は出ない! 心配かける前に連絡でろ! このどあほ! 」


 千ヶ原がそう言い切ると、電話の向こう側で何かをすする音が聞こえてきた。あまりいい音ではないが、彼がかなり心配してくれていたのだろう。電話越しで聞こえてくる啜り声に悪い気になりながらも、関野はたどたどしく弁解をした。


「悪い。どうにもこうにもまとまらないことばっかりでな。一人で考えているほかなかったんだ。その、市田さんのことに関してはすまない。俺のせいですこし病状が悪化しちまったみたいで、それで多分お前にもとばっちりがいったんだと思う。

 大丈夫だ、もうすぐ全部分かりそうだ」


「あ? 何言ってるんだよ。何が分かるにしろお前おかしい。これ以上調べたらお前もおかしくなっちまうぞ。もう、やめろよ。市田さんを引き合いに出すのは悪いかもしれないが、関わったらお前もああならんとも言えなくなってきたんだ」


 そう言って何とか止めようとする千ヶ原に、関野は答えられずにその言葉を聴き続けていた。千ヶ原の言葉ももっともだろうし、市田氏のあの精神状態になるかもしれない切欠は俺にもあると言う事も認めなければ習い状態にまでおちこんでいた事も事実だ。


 千ヶ原の言葉は耳に痛く、自分自身も知っているいや、内側から叫ばれている『引き返せ』という言葉と同じだ。だが、関野は千ヶ原が連ねる言葉を最後まで聞き届けると、こう言うしかなかった。


「悪い、叉ちょっと電波が悪いみたいでな、よく聞こえない。今から行くところがあるから叉あとではなしを聞かせてくれ、そん時に、心配させた分ぐらいはおごるからな」


 返事を待たずに、関野は千ヶ原からの電話を切ると顔に両手で活を入れて、だらけた格好から全てを知るはずの彼女の基へ行くべく、準備を始めるのであった。




 病室に掛かる時計が、ちこちこと規則的に時を刻み付けるのを、愛華は目をしっかりと開いてみていた。


「薬の間の出来事こそ夢みたいね。でも、これで私が求めているところにいけそうね」


 薬を打たれなくなってから数時間、さらに貧血状態になっていたのも重なっていたおかげで回復するには更に掛かりそうだと言われていた愛華は、いくら状態が悪かろうとそんな事は気にならなくなっていた。


 点滴の外れたあとに張られた絆創膏のしたでうずく傷も、退院する事が出来るかもしれないという希望も、瑣末にしか過ぎない。


「早く、早く来て。舞台は整っているの。あとは役者がそろえばいいだけなのよ」


 熱の入った声が窓にあたって弾け、日差しと混ざって部屋にこもる。病室には誰もいないが、見えている先の公園には子供たちが遊んでいる姿が見えた。声は愛華の部屋に僅かしか届かないが、水遊びに公園内にある川や噴水で遊ぶ様を見ていると、昂ぶっている気持ちを抑えられる気がした。


「ねぇ、私のことを知って欲しいだけなのよ? ただ、それだけなのにね。でも限られている」


 夏の日差しが顔に掛かると、愛華の頬は血の気が薄いせいで陶磁器のような白さにみえる。その目に反射している白い光もガラス細工に見えてきそうだった。


 子供たちを眺めている愛華は、自分の部屋に入れられた冷房に、小さく震えると、窓から室内へと視線を移した。

 愛華はもうすぐ、きっと早足でやってくるであろうあの男を今か今かと待ち構えてほくそ笑んだ。


 

 白永原衛生病院に関野は何度も足を止めながらも、たどり着いた。日にすこし焼けた肌は薄く色を変えているが、彼の風体では夏バテを起こしているようにも見える。

煙草ケースに新たに入れなおした煙草をくわえて、関野は導かれるように歩き出した。

院内に入り、入り口の案内に来ると、以前とは叉違う看護婦がそこで何かを記入しているところだった。


「すみません。ちょっといいでしょうか」


 関野が尋ねると掛けていた眼鏡を指で押し上げながら、鼻の高い看護婦はそれに怪訝そうに答えた。


「はいはい。あら、夏バテの患者さんですか。でしたらまずは内科の案内ですとこちらでご記入いただいて」


「いえ、違います。以前こちらで佐原 愛華さんのところに見舞いに来ていたものです。彼女の面会は、可能かどうかを伺いに来ました」


 途中で説明をさえぎられた事に看護婦は不服そうにしてはいたが、関野が愛華の名前を出すと、眉を跳ね上げて興味深気に関野への声を和らげて聴き直した。


「え、あら。患者さんではないの。えーと、佐原さんと仰ったかしら、少々お待ちいただいてよろしいかしら? 今内線でそちらの事について尋ねますから」


 関野に対してそういいながら、その声は音程が少々高くてあからさまに何か別の期待をかけているようにも見えた。いそいそと内線をかけた電話口を手元で隠しながらちらちらとこちらを伺う様からして、以前愛華がいっていた看護婦たちの噂話が寄りいっそうひどくなっている事だけ関野には理解できた。


「はい、あ、ねね、みたいなの。ええ、分かりました。そう伝えておくから、ほかの子にはあとでね」


 そう言っている看護婦の鼻息荒い声にも関野は興味がない。聴きたい事はただひとつ、愛華と会えるのか否かそれだけだった。ひそひそと聞き取れない会話がその後続いた後で、看護婦は関野がやぶ睨みに見ている事に気づいて、その電話をおろして偉ぶりながら言った。


「あ、あら、コホン。貴方がお見舞いに行きたい方というのは、三一八号室の佐原さんでよろしいでしょうか? 」


「そうです。で、それ以上何か聞きたいことは? 彼女に用があるんで出来るなら面会時間内で話をつけたいんで」


「ええ、大丈夫になりましたよ。少々貧血の気があるのであまり長い時間はおやめくださいね」


「わかりました。ありがとうございます」


 そう関野が言うと、まぁ、と声を黄色くして看護婦はニコニコと笑うとカウンターから手で階段をさすと実務に戻った振りをしてチラチラと関野のほうを見ていた。


 それに気づいてないわけでもないが、今の関野にはそんな噂が広がろうがどうでもよかったのだ。指された階段を目指して振り返りもせずにひたすらに愛華の部屋を目指して上って言った。クリーム色の壁のきれる角をまがり、白壁に一線引かれた外科処置の部屋を通りすぎて、彼は愛華の部屋まで無言で歩き続けたのであった。


 冷房が効きすぎではないかというくらい背筋に何度も氷を当てられているようだ。廊下を曲がり、突き当りにまでたどり着いたときに、関野はふとそう思った。


 目の前にある三一八号室の表示はこの前の争いのときに何かされたのか、すこし以前よりもプレートにひびが入っているように見えた。


 以前よりもハッキリと威圧感を感じたが、関野はそこにある愛華の気配だけではない何かを思っても怖さを感じてはいなかった。


「上等だ。此処まで来たら食うか食われるかだろ」


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