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Key4 終章 夢刻の奏門 2

 その様子に、シュウラはいささかやりすぎたかと言った様子で、彼女の話に答えた。


「果たせる約束なら、僕は必ず約束を守ると何度も言っているだろうに。出なければ君がここにいる理由も無い。いや、それは違うか、どうあっても君はここにいなければならない。そうじゃないか? 」


「それには答えたくないわね。またこの前のように私のことを怒らせたいならはっきりと言えばいいじゃない」


 他愛ないやり取りが、急速に氷点下へと向かった。愛華の眼光が鋭くなりシュウラに対する口調へ明確な敵意が向けられる。周りでざわついていた森の生き物たちさえ黙らせるその怒りに丸くなっていた切り株がその気配を察して少しずつ枝元に向かってその場を離れようと動いていった。


「怒らせることはもうしたのを自覚している。でも、君もそうだが、結構僕らは論点がずれるね。聞きたいことと時間はどちらも足りないと言うのに」


 そういわれて、愛華はハッとすると机の上に出されていたシュウラが作り直したお茶をまたぐっと飲み下して、冷静になろうとした。先ほどよりも濃いその味にぐっと喉が詰まり、咳き込みそうになるのを押さえる。鼻に抜ける酸味に目元を潤ませて、噴出していた怒りをその勢いで散らせて元の話へと軌道修正をした。


「……っっ。こちらこそ悪かったわね。だったら手早く話をするわ。率直に聞けば後どのくらいなの? 私はそれが知りたいのよ」


「なるほど、目標を置いておきたいのか。ならいいさ。実のところ、いいところまで来ているかね。目標の数値までは仮では届きそうだが、それを届かせるための一手をどう君が積ませるかが見もの、というところだ。色は変わり、時も変わり、そして君も変わる。それは全てに等しくね」


 そういうシュウラは片手を軽く握り離すと、一本の燭台を出現させた。その二つのろうそくの上にともる火は片方が今は大きく大きく緑色の炎を輝かせてその内側にちいさく濃い緑の核をもっているようだ。その左にある炎も、輝いているがこちらはまだその緑よりも赤を帯びていて、緑に染まっているのに赤だけは変わらないようにその中心の炎はまだ赤みを残していた。


「それが、昔はなしていた奴? 目に見えるって言うのは何ともいえないけど! 」


 そういい様、愛華はその燭台に向かって手を伸ばす。だが、シュウラが笑いながら愛華の手を避けると、それを上へと投げてしまったため届かない。燭台は宙を二回転ほどすると、虚空にある枝に掛かったように片方の腕を傾けて止まった。


「だめだね、触らせられない。というより、触ってしまっては君の約束が反故になる。ついでに、あれに触ったところで変わるわけがない、あれは指標にしか過ぎないものだ。君がどちらを選んでも、約束を果たす事を優先にするべきだと僕は思うね」


 遠く上がってしまった燭台へと無念そうに腕を伸ばす愛華は諦め切れないようにその腕を上げたままにしていた。上に放り投げた手のままでシュウラはそう言ったあと、伸ばされたままの愛華の手に触れた。


 燭台を見ていた愛華の腕が大きく震えて途端に今まで現れていなかった草の文様が引きずり出されるようにその腕を覆いつくした。腕を戻そうとして大きく引っ張ったが、先ほどまで自由だった腕は上空にある燭台同様、目に見えない何かで固定されて袖で隠していた腕はシュウラの手によってまくられて、そこにいくつも絡み合う蔓と葉を見せた。


 そして、その腕の中心の内側。緑の色で描かれながらも周囲の蔦草と違う模様が大きく腕に浮かんでいた。それは何枚も重ねられた花弁を思わせる文様で、愛華が初めてシュウラと会ったときよりもその花びらを増やしていて、そこに刻まれる文様も多様さを増している。


 鮮やかであり複雑に絡み合ったその花に、シュウラは感嘆の声をあげ、大きく溜息をついた。


「昨今の君はどうしてこれを隠すかは知らないが、ああ、一段とまた文様を刻んだようだね。前回からたしか現実世界でも結構な時が流れただろうに」


「はなせ! お前に見られるために腕を伸ばしたつもりじゃないんだ。とっととこの腕を開放しろ」


 文様に見とれるシュウラへそう怒鳴り散らすと、残念そうにシュウラは鳥肌の立っている愛華の腕をはなして、袖を元通りにしてやる。腕が元通りになるのと、引っ張っていた力が抜けて後ろへのけぞったのはほぼ同時。無くなった力の分だけ引いていた愛華は背中から後ろに倒れこむと、背中を痛めながらもシュウラへと言い募る。


「いきなり離すな。気持ち悪がっているヒトの腕を急に離せばこうなるのだって分かっているでしょ。おまけにこれは見世物じゃない、どうなっていようともうすぐ関係がなくなる代物にじゃない」


「たとえそうだとしても、見ていたい気持ちにさせるだろう。君がそれを作ったんだ、それを作るのは君で、結局のところ僕じゃない。きっかけは与えたけどね。ああ、でももしそうなら名残惜しい事この上ないね、折角此処まで美しくなったのに」


 シュウラはそういいながら、至極残念と言わんばかりに宙で腕を撫でるそぶりを見せる。ほんのりと頬が赤くなっている気がして、それが更に気色悪くて後ずさりながら愛華はシュウラから引き下がった。


「美しかろうがなんだろうが関係ない。聞きたいことは聞けたし、これ以上いる必要もないから帰るわ」


「本当に現実世界は忙しそうだ。もう少しぐらいこちらにいたっていいだろう? そろそろ滞在を長くしないと君との間にひずみが出来ると思うんだが」


「そのひずみ、どうなるのかその目で確かめて頂戴。私はそのひずみさえ無くして見せるのだから」


 そう言い切ったが、まだ未練が残るようにシュウラは愛華の腕を見つめ続けている。

その様子にまだ輝いている腕ごと半身を傾けると、愛華は大きく舌を突き出して、くるりと後ろを向いてひらひらと反対の手を降った。


「そろそろ向こうに戻るわよ。あれとの決着をどうするのか大体の話は決まってるんだからね」


「思い通りになるといいけど、まぁ、どちらにしても僕は楽しみがあるから歓迎はしておこうかな」


 双方が顔を見ずに笑いどちらもが手を振った。シュウラは愛華が行くのを見届ける前にそのまますっと立ち上がると、喫茶店の隣にあるウロ型の扉を開いて、その中に足音軽く消えていった。


 その音を耳にしながら愛華は店が建っている枝の上を端へと向かってあるいていくと、その丸みが下へ向かうところまで来てもう、毛糸の塊と噴出してけむる白いもやをみつめるとそのまま、両足で前に向かってジャンプした。


 体は重力のままに頭からはるか下の潅木に向かって落下していく。耳の傍で風を切る音が痛いくらいに響いて、加速していく速度に顔に当たる森の空気が冷たく冷える。


 落下していく先に見える黒い潅木たちがはっきりと見え出して、まもなく地面にぶち当たるというところで、愛華の目の前で潅木たちが場所を空けるかのように動いたのが分かり、そのまま地面へともぐる。それは粘度の高い液体の中へと飛び込んだようで、加速していたからだが急速に止まるのがわかるほどだった。

 そうして、ゼリー状の地面の中で愛華は大きく息を吸い込むと瞼に力を込めるようにしてその瞳を閉じ、ゆっくりと体を丸めると土に抱かれるようにその体の色を薄くして、土に溶けていった。


 愛華がそうして落ち込んだ地面の上で、潅木たちはわらわらと開いた場所へ同じように枝をめぐらせると、何事も無かったかのように叉森はヒトではないものたちと、霧を噴出す植物の音をひびかせていくのだった。


 愛華が目覚めたのは、土と溶け合ってからすぐの事だった。はじめに聞いたのは時計の音、そして開けた目から写る点滴の管と薬のせいで気持ち悪くなっている自分の胃袋だ。夢の中から冷めた自分の体は、眠っているときよりも倍に動かしづらくなっていた。眠ったあとで体が傾いて、右側ぎりぎりに頭が落ちかけていたらしく、首が寝違えたような鋭い痛みを感じた。


「やっぱり、ね。寝て起きてからがこんなにも最悪だもの。長居なんて出来ないわよ」


 口の中で張り付いた舌をもどかしく動かして、息と一緒に寝起きの第一声がでてきた。喉の奥がひりついて言葉も上手く出せないが、それでも、こちら側に戻って来られた事の確認で声を出す。まだ目の前の焦点が合わずにぶれていて、暗い夜の闇がまだあることから夜だという事しか分からない。


 何度かぱちぱちと瞬きをして目をしっかりと開けば、時計が指しているのは午前二時過ぎだ。視界が横で見ずらかったが、時計の針を確認して傾いた体を起こすと、右腕に鈍痛とつめたい液体が伝っているのを感じた。

「あら? 」


 おかしいと思い自分の腕を見ると、倒れた拍子に点滴針が抜けてしまったのだろう、抜けたところで布団が点滴で濡れて自分の腕からも血がまだこぼれている。

起きたら薄赤に染まった布団に寝ているなんて現実までもが、夢のようだ。それも、飛び切りの悪夢の。


「血が止まってないし、これ一人で何とかできないわね」


 そう言いながら、愛華は自分の腕からこぼれている赤をじっとみていた。こぼれて時間が経ったところは固まっていて、もう赤錆の色に変わっているのだろう。闇が濃くなければ、もっとはっきりと見えただろうにと、その錆をこすればあっけなくそれは布団にぱらぱらと落ちた。


 付いた粉を指ではらって、まだ出ているところに触れれば、自分の熱が分かる。

 脈打つたびに熱があふれて、いつもよりもずっと現実である事を覚えた。


「関野だったらなんていうかしらね、こんな様になってたら」


 ぶっきらぼうだが、いじりがいのあるあの男の顔を思い出して、愛華ははじめは小さく笑っていたが笑いはすぐに消え、浅く唇をかんであふれ出している血を見るその姿には、いつもよりも悲しげに座る少女がいるばかりだった。


「わかって、くれはしないでしょうね」


 出た言葉にはより深い、ないまぜになった寒寒しい色合いが滲んでいるようだった。

 みていても止まりそうもない血に、愛華はベッドの左横につけられているナースコールを押すと続く足音に耳を済ませ、起きた先の手をどうしようかと、ぼんやりと考えるのだった。


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