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Key3 紐鎖の岐路4

 それよりすこし前の時間、愛華は扉をじっと見ていた。関野が旅館を調べに行くといってからまだそんなに日が立ったわけではないが、いつもだったら一週間のうちで二~三回しか来ないはずの毎日々の記者が扉の向こうでまた話しかけているののだ。

 

「でな、佐原さん。俺の言う事わかるんだろ? だったら俺の話に少しくらい耳を傾けてもいいと思うんだ、な? 情報の提供が一人だけなんてそんな、独占的なことは許されてないんだぜ。だから~~~~」

 

 関野が言っていた対処方法を考えておくべきだったと、今更ながらに思う。まだこられてから数十分しかたっていないのに感情が昂ぶって神経に負荷が掛かっているのがわかるくらいだ。

 扉の向こう側で話し続けている塚本という男に扉を開けさせるつもりなんてさらさら無い。が、ナースを呼ぶには彼の話声は一時期よりも随分と場所を心得ている。おかげで叩き出すにも叩き出せない。

 扉に枕か、隣に置いてある花瓶を投げつけてやりたいが、折角落ち着いてきた病状とやらが不安定になったところを医者に見せて入院が長引くまねをしたくなかった。

 

「っ。嫌な客ね、彼の言った通り。かといってあの数ヶ月間の時とはまた状況が違う」

 

 枕をかぶるようにして愛華は小声を布団で音を殺していた。塚本が軽くドアを叩く音も鬱陶しいが、黙っている以外に術は無い。

 

 ドアを開けられて入ってこられるのは嫌だ。実際には鍵を掛けられる作りではないが、精神状態の不安定さを理由に医者が入るのを禁じていたからこそ、ドアの向こうとこちらを隔てられた。

 だが、昨今の関野との会話での状態改善が認められるという事で、いまでは許可を取られたら……。

 

 枕から顔を上げて扉を背に、窓の外をみる。おまけに今日は調子の波が特に悪い日和でもあった。息をついて布団を引き寄せて身の内からにじみ出てくる悪寒に耐える。

 

「ちがうの。違うんだったら」

 

 低く言葉にならないほど小さな声は、僅かにあふれてからベッドに落ちて染み込んでいった。その間にもノックの音は響いてきて、断続的なそれは豪快に叩かれていたときよりも恐怖を引き立てた。

 悪い予感についての的中率は、愛華は抜群だった。布団を替えていた看護婦が病室の前を塚本がちょうどいる時に通りがかったのだ。

 

「あら、貴方も面会の方でしょうか? 」

 

 その発言に塚本は目を細めて笑顔で看護婦に返した。

 

「ええ、面会したいんですが入れていただけなくて、向こうが認めてくれないと入れてもらえないんですよね。こちらの患者さんは」

 

「まぁ、面会でしたら時間は少ないですけど可能ですよ? 最近別の記者の方とお話しする事が出来るようになりまして、状態も良好ですからどうぞ? 貴方も彼女の助けになってくれるとうれしいのですが」

 

 善意の看護婦はそういうと、愛華の部屋の扉を何度かひねると、部屋へと塚本を通した。会釈もそこそこに塚本はすぐに愛華の部屋へと入る。

 

 窓のほうを向いている愛華はこちらのから表情が見えないが、部屋で先ほど動く気配がしていたから間違いなく、起きているはずだ。

 

「やー、こんにちは。久しぶりになりますか、私毎日々新聞社でライターをしている塚本 将一と申します。実は貴方が実真東の記者の方と話が出来るようになったという事で、よろしかったら私にもお話を」

 

 塚本は言葉ぶりを優しくして、足音を潜ませるように愛華へと歩み寄っていく。ゆっくりとした足取りだがその顔は獲物の喉笛に噛み付きそうな笑顔だった。

 

 が、塚本が近づいてくるのにも反して愛華は一向にそちらを向こうとしない。おびえているのだろうと高をくくって愛華と正面から話すために前に立ってみると、髪が顔を隠している状態でよく見えない。それにも構わず、塚本は愛華との距離を縮めるようにそばに寄り添う形をとった。

 

「佐原さん、きっと貴方にも辛いお話だとは思います。でも、貴方も事件を解決したはずです。ですから、すこ、ん? 」

 

 傍に行っても反応がほとんど無い。むしろ誰も寄せ付けなかった彼女にしてはおとなしすぎる反応だ。塚本がその髪を書き上げてやると閉じた双眸に軽い寝息が聞こえ、窓を眺めていた形のまま彼女が眠りについているのが分かった。

 

「いやだなぁ、佐原さん。寝たふりなんてしなくてもいいじゃないですか」

 

 そう言って彼女の肩を軽く揺さぶりを掛けてみるが、揺さぶられた愛華の体は寄りかかっていた背もたれからずれて布団に倒れるだけだった。寝たふりを続ける気なのかと更に揺さぶっても、寝息が聞こえるばかりである。

 

 更に別のところに触れれば起きるだろうと塚本が彼女の頬に触れても、起きる気配は無い。軽く叩いたり鼻をふさいだりもしたが眠りから目覚めることはなかった。

 それを見て大きく舌打ちをすると、塚本はあろうことか愛華の胸元に手を突っ込んだ。寝たふりをしているならこれで目が覚めるはずだ。だが、入れられた手が下着の上でうごめいても愛華が起きる事はなかった。

 

 起きない相手にこれ以上のことをしようとすれば、看護婦がまだ近くにいるはずであろうここでは、見つけられれば犯罪者になりかねない。胸元に突っ込んでいた手を抜き取ると、動かない愛華の横から伸びた髪を数本引き抜きそれでも起きない愛華を見下ろしながら塚本は悪態をついた。

 

「さっきまで起きていたはずだよなぁ。一体どういうことだ。わざとらしく大人をからかおうとしているにしては、おきねぇしな。ついでに不感症か? 世間のいろはもしらねぇ餓鬼が俺の質問を避ける事がどういうことになるか、次に来たときには覚悟しろ。その化けの皮をひん剥いてやる」

 

 そういうと、抜き取った髪をゴミ箱に突っ込んで捨てると、塚本は病室から荒々しく立ち去っていった。

 残っている寝乱れた状態に等しい愛華からは、まだ寝息が聞こえている。セミの声が静まった病室に響いても、愛華は眠りから覚めなかった。いや、覚められなかったのだ。

 

 

「きっしょく悪い感触がしたけど、アイツあたしの体に何をしたのかしら」

 

「さぁね。今は僕も向こうを見てないから何とも言えないよ。アイ」

 

 同じ形の病室で二人の話し声が響いた。とはいっても、そこは愛華の夢の狭間での病室でだ。

 塚本が寄ってくる足音を聞いていたとき、不意に意識が遠くなり音も視覚も斑になったのを感じた、気づいたら愛華は布団の上で動かずに色彩を変える病室に落ちており、目の前にはシュウラが座っている状態。急激な眠りは目の前にいるシュウラが引き起こした以外考えられない。

 

「で、どうして私をいきなり引き込んだのよ。貴方こっちには干渉しないんじゃなかったの? 」

 

「あれ? 君は都合が悪そうだからわざわざこちらに引き込んであげたのにね。今来た奴とは波長もソリも会わないように感じていたのだけれど、僕の気のせいだったかな」

 

「礼は言うわ。ありがと、それでおしまいよ。でもなんで呼び出すのよ。それだったらもう用事なんて無いじゃない」

 

 愛華はそう言って、自分の意識を目覚めさせる為に集中した、だが起きるまでにはいかない。引き起こされた雑音のような五感全てに響くノイズ、意識が乱れて眩暈がした。

 

 そう、彼は何処にも座らずにまた空間に座っていた。重みを感じない体で空間に座っているのだ。そうしてこちらを見つめ続けている。瞳を開かずとも分かる、昔に比べて彼の目は感情が出るようになっていた。それは楽しみを輝かせて、さぞ面白そうに自分を見つめているのだろう。浮かんだ空間の反対側は彼女の空間ではなくなっているのを感じ、更に連なる圧迫感に再度目を見開いた。

 

「呼び出したのは助けるだけじゃないって言いたいのかしら? だから邪魔をする」

 

 愛華の喉の奥から唸る怒声が吐き出されていく。怒りをはらんだ声にも、返す声はまったく感じないように明るかった。

 

「そう、今起きるにはまだ早いね」

 

 シュウラの目線は愛華の右手に注がれていた。今は袖まですっぽりと服が覆っているが、愛華は目線に気づき急いでその左半身をシュウラの目線から遠ざけた。

 

「知っているでしょう。私がこの空間で貴方と隣り合せで居る時は、すぐにも目が覚めたいってこと。まだ約束は果たしてないし、その時は来てない」

 

 ベッドの側とシュウラが座っている空間側の空気が激しく撓み、脳髄にまで響きそうな重金属が共鳴する音が響き渡る。それは、どちらかが空間を飲み込もうとする作用で起きる空間の喰らいあいだった。

 

 視認する波紋以上に互いの空間が大口を開けあって支配権を争う、シュウラ側の空間は愛華が居たときと同じ白を基調とした一室を保ち、愛華側は窓にその激情を表して荒れ狂う風雨をみせた。押しやれば押しやるほどお互いの空間が歪曲して音が激しくなる。

 

 双方で喰らっていた空間はゆっくりと愛華からシュウラの空間を侵していった。窓の景色が水滴に覆われ、空間の色彩は怒りのままに赤や黒さまざまな感情を乱舞させた。

 

 だが、無言の攻防はシュウラの周囲まで来てその動きを止める。すでに白の空間はシュウラの直径一メートルの球体でしか残っていないが、それ以上は塗りつぶされる事を拒絶するように空間が弾き返しているのだ。

 愛華が反らした左半身の左腕に力を込めるように右手がその左肩をきつく掴んだ。

 

「おやおやそれだけか、まだ足りないね。もっとも、その気がまだ入ってないというのが正しいかな? 何せ存外君は優しいからなぁ」

 

「うるさい。とっとと出ていけ。私は約束した事を、それを果たそうとしているだけだ。決定打が無い今来られるのは嫌なんだよ。」

 

 圧迫されているはずの白の空間は座ったままのシュウラを包んだまま愛華の空間を拒絶するようだった。力を込めても肩透かしをされるのに近い、そしてシュウラ自身は抵抗しているのをおくびにもださず、空の茶器をこちらに向けた。

 

 何も入っていない茶器はこちらに向かったと同時に、大きく水を噴出した。愛華は即座に握っていた右手を水の直撃を防ぐ為に掲げるが間に合わない。白の空間はその水ごと槍のように愛華の空間に向かって広がると逆に愛華の内部の空間をその水で埋め尽くす。

 

 愛華の空間は、その水を飽和させて内部に新たにシュウラの空間を作り出す形となってしまった。

 

 空気がまたも泡の形をとり、水が喉に詰まる前に口元を愛華は押さえた。茶器の出した水に自らがおぼれる事になっても、余裕をたたえたままシュウラは立ち上がる動作をすると、張り付く足音を響かせて愛華の傍に歩み寄ってきた。

 

「やれ、君の空間はどうも乱暴だね。そんな作りの空間を作るような事を僕は教えたつもりはなかったんだけどな。ああ、それとも喋らない方がいいならこのまま空気じゃなくてこれを水としてもいいけど。君の意見が聞けないのは困るからね、空気にしてあげよう」

 

 幼い子供をあやす様な口ぶりでそういうと、ひとつシュウラは指を弾いた。その音で空間に満ちていた水音はさっと引いて、緩やかな静寂が訪れた。

 

 シュウラを見ていた愛華の口元から色のついた空気の泡が大きく泡音も無くこぼれると、愛華はきつく眦をあげたままシュウラに掴みかかろうとする。

 

 そんな動作を見ていてもシュウラはつかみかかろうとする愛華に任せるままそこで立っているばかりだった。動かないシュウラに愛華は殴るようにシャツをぐいと掴み、自分の顔近くに引き寄せる。争奪に負けただけではないその怒りが、最初の声を奪っていたが、息が整うと歯でかみ締めたような言葉がシュウラに向かって放たれる。

 

「いい、私はね、約束は守る。貴方が言った事を忘れたわけじゃないんだからね。でなきゃ私はこうして貴方と話してもいたくないのよ」

 

「分かっている。だから確認にきただけだし君に対して不安があるから来たわけではないさ。現界との接触は直接的には出来ない」

 

 引き寄せて掴んでいた手をシュウラは慣れた手つきで剥がすと、またペタペタと歩いて空間に腰掛けた。

 白に一新され直した空間で彼は新たにお辞儀をしなおすと、愛華へゆっくりと告げた。

 

「さぁ、どんな事に現界がなっているのか聞かせてくれるかな? 僕が思っているよりも面白い事になっているのならいいのだけれどね」

 

 怪しく微笑んだその面を白の空間で愛華は油断無く見つめていた。声も立てずに笑う彼が憎らしいが、これ以上突っかかっても自分が疲れるだけだ。本当は呼吸するのも嫌な空間だが、足元にかかっていた布団を引き上げ話をする体制になると、夢の空間でぽつぽつと彼らは話し出した。

 

 その間、数時間は現実の愛華は目覚める事は無かった。


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