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Key3 紐鎖の岐路2

 旅館から持ってきた現地観光地図を片手に車を走らせて数分、日が沈んだのもあってか道は空いていて思っていたよりも早く千ヶ原のいう『加の路』バス停まではすぐだった。観光地からずれたところにあるここいらから更に外れたところであるこのバス停は作りはもちろんのこと、停留所の看板までが木製で古びた観を呈している。

 車の明かりで虫たちが飛び交い、傍の川原からは蛙達の合唱が響いていた。幾らか鍵を探して時間を食ったとはいえ、そんなに遅くならないはずなので、停留所付近まで車を寄せてやると、奥まった椅子のところから千ヶ原が手を振り回しながら出てきた。

車が止まるのを待ちかねたように鍵の掛かったままのドアを引っ張って窓ガラスを叩き、関野があわててドアを開けてやると数秒でドアの開閉をしつつ自分の体を乗り込ませてきた。表のライトですこし顔が見えたが、どうやら川原の虫共が餌に狂喜乱舞していたところだったらしい。

頬に二箇所、首の辺りに一箇所と赤く膨れて、刺された痕が痒そうだ。


「たすかったぁ。思ったより早かったから少なくてすんだよ。サンキュ、関野。ついでで悪いけど痒み止め無いか? (ぶよ)にもやられたらしくて」


 腕の出る服を着ていた千ヶ原はずいと刺された箇所を見せると、確かに、二センチ以上は腫れてるいであろう膨らみがあった。


「場所が悪かったな。そこのダッシュボードの中見てくれ。多分キンカンか、クルヒ辺りが入っていたはずだぞ」


 関野がそういうと大急ぎでダッシュボードを千ヶ原は開けて中を物色しだした。紙と煙草が散らかして、何処だ何処だと千ヶ原は必死に探している。

関野はそんな千ヶ原を横目に、自分も刺されてはかなわないと、虫除けを首と耳の辺りにぬり、残った分で軽く顔をこすった。


「おい、お前なんで虫除けつけてるんだよ。俺が出かける時はそんなの渡してくれなかっただろうが。出る前に掛けてくれる優しさはないのか」


「聞かれないのに吹きつける無礼はしたくなかったからだよ。貸して欲しかったら言えばいい。聞かずに取材に行ったお前に届けに行くほど俺も暇じゃあ無かったしな」


「お、その発言、なんか進展が関野の方でもあったってか。じゃ、俺がナビするから定食と飲み屋両方やっている店があるからそこで聞かしてくれよ」


「いいよ。道が暗いから間違えないようにしたいもんだ」


 お互いが虫除けや痒み止めを塗り終わると、止めていた車を発進させ加の路にあるという居酒屋へと向かった。道中は虫が何匹かやっぱり入っていたので、運転中の関野の隣で千ヶ原が何度も手拍子を打つ音と、あまり入ってこないラジオとがBGMという騒がしい車が道を走っていった。

 夜の道は都会の喧騒から離れた町並みが街頭の明かりで幾らか輝いている以外は、旅館の明かりや遠くに輝く高速の電灯が白く光っているだけだ。車は滑らかに走っていき、途中道をひとつ間違えはしたが、古ぼけた赤提灯が揺れる居酒屋に到着する事ができた。

砂利ばかりの駐車場に車を置いてから店に入る頃には、とっぷりと日は暮れてしまっており、蛙の鳴き声もいっそう高鳴って響いているようだ。手ごたえのあるガラス戸を引いて扉の中に入ると香ばしい匂いと煙草、そしてすこし埃っぽい空気と店の中で机を拭いていたエプロンをつけた女性が元気よく迎えてくれた。

「はーいいらっしゃいましー。お二人ですね。こちらへー」


「あ、はい。リュウタさんの紹介できたんですけど、定食頼めますかね? 」


 店の店員が案内してくれる前に千ヶ原がそう付け加えると、店員はにっこり笑って座敷のほうへと関野たちを通した後、大声で薦め定食二つの注文をつけていた。

 店の中は普通の日だけれども、常連客場ばかりだったがテレビの野球中継にそれぞれ夢中になっており酒も入っているこの場は賑やかだ。周りから少し離れているここは、情報を話し合うにはその喧騒もちょうどいいくらいだろう。

 注文はすでにつけられたので、渡されたお絞りで手を吹いている関野に千ヶ原は早速情報について聞いた。


「で、どんな情報が入ったんだよ。ここに来てまた同じ情報だったら佐原、いや愛華って言うんだったな。そいつに馬鹿にされるぞ」


「だったらいいけどな。情報については旅館の人間から出たんだが、正直これが使えるのかどうかも分からん。愛華が露天で誰かと話していたっていうことらしいんだが、これじゃ彼女が事故に会う前から精神疾患の片鱗が出始めていた事の証拠にしかならない」


 愛華の情報に関してはその庭師の老人からだけなのだ、他は千ヶ原から聞いた情報や、テレビ報道で出された雑多な事柄ばかり。水を一口飲んで溜息をつく関野に千ヶ原もなんとも言えず水入りのコップを置いたまま回している。


「はぁ、はぁ。で、それはどんなのよ。精神疾患説を促す説って言うのなら露天でおかしなことがあったのか」


「そうだな、おかしいというか庭師の老人から聞いた話なんだ。なんでも、旅館を立つ日に彼女が露天で話していたんだ。詳しく聞こうにもうろ覚えらしくてな。なんでもそんな気が無いとかもういやだといったことらしい。で、話しているということなんだが、相手が男で男湯には誰もいないはずだった。だから相手がいないはずなのに話しているって言う不可解な状態だったということぐらいだ」


 千ヶ原はそれを聞くと、眉を片方上げて手で遊んでいたコップを止めると軽く舌打ちをして考え込むような姿勢のまま関野に言った。


「やっぱり怪奇事件だな、それを聞くとよ。で、お前さんも爺さんに捕まったかぁ。その爺さん事件記事で唯事の連中が引っ張ってきた爺様かもしれないな」


「唯事が? じゃあ事件の鍵になる人間だったって言う事か」


 千ヶ原はそういう関野に手と首を大きく振って自分も水を飲むと続けた。


「いや、唯事関係だからわかるだろ。鍵にも何もならない、彼女は疾患を抱えているって言うのを確定させるのに使われたネタだよ。お前が言ったみたいにな。庭師の爺様の話は俺も聞いたことあるぜ。ただ年が年だから耄碌しているとか、そんな話も出たのは知っているが、男湯に人がいなかったという裏は取れてるんだ。確かに」


 今度は関野が加えていた煙草を下ろす番だった。また嫌なところで話は事実を見せるつもりらしい。おろした煙草をみながら千ヶ原は更に続ける。


「そ、唯事の奴らが探りまわって確かに愛華が入っていたであろう時間に男湯に誰もいないことを確認しているんだなー、これが。話の内容までは聞かなかったが、それだけじゃ膨らませるに微妙だ。おそらくそれで向こうが切ったんだろ」


「考えるところの多い言葉だとは思うんだけどな、俺もその言葉が何故彼女から出てきたかはわからない。精神疾患だというのも正直疑いたいところだ」


 関野がそう言い切ると、香ばしいタレの匂いが急に近くなった。


「おまたせしましたー。お勧め定食地鶏の照り焼きと山芋天ぷら定食二つどうぞ」


店員がサンダルを脱いで頼んでいた定食をちょうど運んできてくれたところらしい。隣に置かれたお盆の上にはまだ揚げたての天ぷらが音を出して、サラダと一緒に出されている地鶏が焦げ目も魅力的にてらてらと輝いていた。


「あ、ついでに俺だけ生中ひとつ追加で! こいつは運転あるから無しでいいっすよ」


 関野が定食に目を奪われている隙に千ヶ原は勝手にそう付け加えた。そういった千ヶ原に理不尽だと言おうと振り向けば、早速出された天ぷらに手をつけて頬張っているではないか。


「おまえ、これで酒が無いとか無いだろ。すいません、ここいらで代行ありますか? 」


「代行ですか。お客さん生憎ですねぇ。この前やってはいたんですけれど、不況のあおりでなくなっちゃいまして。地元の人だと車じゃなくて徒歩なんで皆さん必要ないんですよ」


「あ、いやいや、知らなかったんで気にしなくて結構ですから。じゃあ……俺はウーロン茶で」


 これだけ旨そうなのに酒がお預けになるとはと、早速運ばれてきた生ビールに口をつけて飲み下す千ヶ原を恨めしげに関野は見つめつつ、味がいいからこそもったいなさ過ぎる定食に箸をつけて話を続けた。


遅ればせながら、二話目の投稿とさせていただきます。

体調はまだ本調子ではないですが、徐々に量を増やしていく予定です。

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