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Key2 流転の門11

 愛華が勢いのままに話した夢の話は、今の病室の海原を一新して青から夜明けの紫と紅の交じり合う白へ変えていた。でも、それはどうでもよかった。語り部、そういえばいいのだろうか、自分の世界へ彼女は目の前にいる関野を引きずりこんでいた。


 途中から無意識で煙草を加えていた、そう、関野が途中から色彩の変化に気づくことも無いほど集中した夢の話でもあった。余韻が残る最後の言葉の響きに、関野は重ねるように愛華へ問いかけていた。

 

「進む、世界を開くか。なら、進むことがまた世界を作る事になったのか、その進むという解釈なら」

 

 自分が発した言葉はなんとも間が抜けていた。分かってはいるのだが、声がまともじゃない。惚けたわけではないはずなのに、話にまたも引きずり込まれていた。その上、話に飲み込まれすぎたからなのか話しに聞き入るあまり、その情景を浮かべようとまでしていたのだ。関野は言ったあとで何度と無く唇を湿らせるように浅く噛んではその先の出ない言葉を続けようとした。

 

「少なくとも、私はそうじゃないと思うわ」

 

 惚けている関野よりも、愛華は話が架橋に入るほどに生気を取り戻したように顔色が元に戻っていた。いまは頬に紅を差したように薄赤く色づいている。世界のくだりでは周囲からエネルギーを吸い取るように勢いついていた。まだ残った熱のままに彼女は続ける。

 

「世界を開くというのは、私が見出した『進む』よ。もしかしたら人の数だけ別のルートがあるかもしれない。あとは、進むというのがなんなのか、貴方がそろそろ自分も気づいて欲しいところだわね。私は説明しているし」

 

「それは、世界が開いたって言う解釈が別にも存在するって言う事か? だが、それは……解釈が広すぎるのでは」

 

「まだ、わかってくれない? 私は話したって言ったわよ。そして文字通り話の中に世界が開いたという意味に通じるところがある。今度来るときのそれは宿題にでもしましょうかね。ふふ」

 

 関野は、教師を気取った言い方をした愛華にまだ何といって言いか分からない。物言いはたしかに嫌味が多かったり、見下している口調なのだが、語るべきところは出来るだけ彼女なりに話そうとしてくれているのだ。


 早朝の海原に変わった部屋で互いに、何かを掴み取ろうとしている二人は、お互いの思惑のすれ違いに気づいてはいない。まだ生ぬるい空気は表の音を遮断したまま、その一人と語り部の少女とを覆っていた。

 どちらともお互いが話の余韻が冷めないままで、話が進まないのを良しとしなかったのは朝日の中で目をつぶった愛華のほうだった。

 

「そのあと、どう第二関門が終わったかを話して無かったわね。まぁ、どう出られたかだけだから単純な話よ」

 

 そういうと、現実世界かそれとも夢の狭間から流れ込む風にか、大きく風鈴が揺られて澄んだ音を立てた。

 

 感動している、心が震えるというって言うのが例えではなく本当に感じたのがそのときだった。


 自分が見た世界が開いた事に、愛華は立ち尽くすばかりだった。高鳴る内側にある血流が、噴出すように地についた足にまで駆け巡る。声を出してから数十秒はそのまま固まっていた。

 すると、開かれた世界は己に呼応して大きく旋風を吹きつけ、自分全てを包み込む。まだ足元で滲んだ痛みと掠れるほど叫んだ喉とが、残る中で受け取る旋風は熱を帯びた太陽からの息吹のようだ。

 

「ほあ   息がしづらい。足も痛いし、でも来られた。ここに来られた」

 

 口から息が忙しなく行き来しているのも心地よい。あの丘ばかりの空間には感じられなかった、全てがめぐり駆けぬけて行き去る感覚が愛華の内でより深い変化を起こし始めていた。

 

 この世界に来る前に刻んだ腕の草の文様がまた新たに伸びた。蔓ばかりだったそれに、蕾みがつく文様が現れたのだ。圧倒されていた愛華がそれに気づいたのは、自分の腕が熱くなるからだとは正反対に少しずつ熱を失い、風を食むような手ごたえの無い流れが起こっていたからだ。


 気づいた蕾は腕の内側の蔦に絡まると、そこで大きく膨らみ蔦模様を取り込みながらそこで新しく花を咲かせる準備を始めたように見えた。絡み合いながらその花は固いつぼみをしっかりと支える台座が出来ると、腕の中で鍵が鳴くのとは違う、土鈴を鳴らすような暖かな音を立てて腕の中央に収まった。

 

「私の腕の中で、何がまた始まったの。この草模様も嫌いじゃないけど、まるで腕に落書きがいっぱいされたみたいじゃない」

 

 新しく作られた文様に目を奪われたが動きが収まってみると腕にある模様が陳腐に見えてきてしまい、消せないか試しにこすってみる。腕に蛍光色の刺青を施したかに見えるその文様を消す事は、もちろん出来なかった。


 何度もこすりながら消えないのがわかると、またあの朝日に見入ってしまっていた。終わりの無い丘もここほどではないが、変わってしまった今だから言えることもある。あれは、卵の殻のようなものだったのかもしれない。きっかけがなければいつまでもいつまでも変わらない。内側に押し入るためのきっかけが何だったのかは、丘から抜け出した今の愛華にはわからなかった。


 抜け出た感動は今の状態をもっともっと欲しがり、草がさざめく音と風が吹き渡る音ばかりが響くこの光景をずっと見ていたかった。

 

 と、風の音が急に乱れた気がした。耳に聞こえた風音は吹くばかりで大きく延びる音だったが、それに混じって甲高い音が聞こえた気がする。


 浸りきっていた感傷から周囲の異変に身構えた。体がこわばりながら、周りの状態を探ろうと気配を周囲にめぐらせていく。

 終わりになったかどうか、幾ら突発続きだとは言えどもそれが確かじゃないうちは気を許してはいけないという事ぐらい、いい加減覚えるものだ。吹きつける風に目が乾いて涙が浮かんでくるが、多少滲んだ視界の目をこすって涙をぬぐい、音の正体を知った。

 

 自分が登っている丘の裾野あたり、草の中にまぎれるように焦げ茶色と青緑の装飾を施された胴の取っ手のついた扉が立っている。

 

「出口でいいのよね。出口、じゃないと困るもん」

 

 あれだけ感動していた心地が扉の存在に気づいただけですこし薄められた気がする。足の裏がまだ痛いのに注意しながら、ゆっくりとその扉へと歩きよっていった。

 裾野まで来ると、その扉が大人の身長よりも高い作りをしているのに、開けるのかどうかという不安がよぎった。頭よりも上の位置にある取っ手をつかめそうに無いのも余計に不安になる。

 

「何より、シュウラが出てこない事が怖いわ」

 

 そう、前回だったら終わったときにはシュウラがあの喫茶店に引きずり出してくれたが、今回はそれが無い。腕の文様が変わったときにも、実は変わったことに驚いた裏で彼が引っ張り出すのではないかという期待があった。けれどシュウラはこないし、変容は終わってしまい何をするでもない、更に進まなければならないかとも思っていた。

 

 古びた木のにおいと杉と腐葉土のような甘い香りがする扉は愛華の前で反対側から開きもしなければ、誰かが呼ぶ気配も無い。

 

「うあー、正しいの? これが正しいのかしら。鍵で開く扉だといいけど」

 

 そういうと、愛華は自分の変容した腕の手を戸惑いながら、そっと手をつけようとしたときだった。

 手の平が鈴を鳴らしたのだ。


 鈴の正体はもちろん手の中に吸い込まれた鍵。手の内側から鍵の頭がのぞき、扉に触れると鍵の触れた場所で取っ手の鍵穴部分が下に向かって大きくずり落ちた。木の上を乾いた音が響きながら滑り落ちた鍵穴は、鍵の頭が触れたところで止まると、言われるまでもないように、大きく指し口を開いた。

 

「便利、というか何ですべっておとすのか、鍵穴が私の位置に元からついているって言う事ってないのかしら」

 

 これくらいのおかしい事に慣れた自分にも何か言いたくなったが、鍵穴が出来たことを考えるとそれに構うより鍵をここに差し入れることのほうが必要だろう。どちらでもなく頭だけしか出ていない鍵の状態が嫌だった愛華は、手の平から出た鍵を右手で思い切り引っ張った。

 

「でるなら、全部でなさいよっ」

 

 自分の中に埋まった鍵にそう言いながら引っ張り出すと、鍵はすこし抵抗しながら自分の腕の長さよりすこし長いところまで引っ張ってやっと抜き出された。

 引き出された鍵は第一関門の前に見たときよりもすこし育っていた。腕に支えられた玉がすこしだけ丘の色を取り込んでビー玉のようにきらめく。


 引き出された鍵を右手で掴みなおして、大きく開かれた鍵穴に向かって差し入れると、回転するまでもなく鍵穴からガチンと錠が外れる音が響き、扉は関門に入った時の扉と同じく蔦の模様が巻きついていき、全てがそれに覆われたときゆっくりと目の前で開いていったのだった。


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