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Key2 流転の門10

 いきなり現れたかとおもうと、いきなり消える。そして新たな謎だけがまた残されていった。取り残された心情をより強く表すように風がいっそう激しくなり、髪はあおられて絡まりながらなびく。


 望むものが何なのか彼の期待が何なのか、期待にこたえるよりも、ここから出る望みが愛華に残された光だった。


 丘を渡るどこにも扉は見えない。男の夢を写した瞳の窓が消えた向こうで、永い夢を見続ける人々は壊れたテープのように何度も何度も、人生が擦り切れるまでその夢にとらわれるのだろう。

 その丘の向こう側で繰り返される落伍者達に、自分を重ねる事を無意識にしていたのかもしれない。


 さっと(きびす)を返すと、愛華は立ち上がっていた。そうしてまた丘に向かって歩き出したのだ。


「私は、ここから出てやる」


 独り言だとしても、宣言は丘を越えてきた緑の風に立ち向かった彼女の心を表した。

 切り替えが早いだろうがなんだろうが、シュウラのくれた言葉が確かなら進むしかない。足元で踏まれた草が巻き上げる風で鼻腔に新鮮な香りをもたらしていく。


 見た目はたとえ果てが無いくらい広がり続ける丘だとしても、進むことが出来る。そう思いながら歩みを止めず彼女は二つ目の丘を登りだしていた。


「シュウラは進むを強く言っていた? 進む事がどう考えるのかによって変わるのは、何が変わるのかしら」

 

 そう、シュウラは『進む』という言葉をやけに語気を強めていっていた。それがどうしたといわれればそれまでだが、彼が進むという言葉をどう解釈するかによって変わるということが、最大の謎のヒントなのだろう。歩きながら考えて、進むべきところがここに存在するのか、という疑問が大きくなる。


 風は心地よいけれど、あの映像を見てからではまやかしで、まがまがしい存在にしか感じられない。

 再度別の丘の上まで上りきって立ち止まった。前方のどの丘も緑一色で、風が吹くたびに揺られて緑の海原の波が大きくうねる以外は何処も変わりが無いようにしか見えない。


 強いて言えば、丘の傾斜が少しずつ上へ上へ傾いている気がする。くるりと後ろを振り返ると、やはり、胡麻粒くらいの大きさになって点のように見える人々が右往左往している姿しかない。その大きさが胡麻から芥子粒の大きさに変わったくらいの差異しかないなかった。


 この場で座りたくは無いが、進むべき目標が無いのに進めという言葉が分からない。


 仕方なしに、丘の頂上で風に吹かれながらじっと考えてみた。進むのは、単純に丘を何処までも歩いていけというものとはまた違うだろう。最初の関門も似たり寄ったりだったが、あれはあの骨の山に突き当たる事を前提に言われたのではないかと思う。だが、今回の進めはシュウラが第一関門で言った進めと大きく違う。


 辺りを見回して、そしてあの水の空間と同じに突き当たるかもしれない場所を探すことが違う気がする。ここは何より、あの人々がいるところから自分の夢とはかなり違うところのはずだからだ。




「ここで質問しないの? 」


 メモを取る関野に愛華からの質問が掛かった。書いていれば多少はおかしい事は分かるが、それが愛華の話ではおかしい話に聞こえてこない。いや、あまりにも突拍子が無いので何処がおかしいかの線引きがしづらいのだ。


「どこに質問する要素があったよ。お前が考えているところ以外でどう質問するべきだって言うのでもあったのか」


「質問して欲しいときに質問できない記者はどうなのよ。あなたね、今私が話していたというか、空間の話でおかしいと思わなかったの」


「どこが。全部おかしくてわけがわからんよ説明してもらえるなら説明してくれ、俺の固い頭でも分かるように翻訳してだ」


 そんな態度に、愛華は心底呆れた。新聞記者の癖にと色々となじってもよかったのだが、わざと大きく咳払いをして、気持ちを落ち着けて再度説明を始めた。


「私が、このとき気づいたのは夢のはずなのに他人がどうして入っていられるのかってところよ。私もあの異常状態が当然だと思っていたけどね、私の夢じゃない別の空間にしても、どうしてそこに私以外の人物がいるのよ」


「あ、なるほどな。そりゃ確かにそうだな。お前さんの夢から別の夢にいったはずなのに他人がいるっていうのがおかしいな。夢なら別の人の夢に紛れ込む事もできないはずだ」


 やっと気づいたか。とばかりに愛華は大きく頷いた。


「で、それについての答えを私がといたところの話に移るわよ」


「あ? 説明なしなのかよ」


「貴方を見ていると、あの当時の私みたいでね。分からないから聞こうとするけど、肝心なところは聞かないのよ。だから話で聞いたほうが今日はいいと思うわよ」


 小馬鹿にしたような口ぶりになってしまったが、愛華はすこしばかり関野の困惑が分かっていた。過去にも自分に起こった突然の謎かけと、それを解かなければならない状況は今の彼の心境にも等しいところがあるだろう。記者としてきて、不本意ながら自分の相手をすることになり、そして今こうして私の話にはまってくれている。


「わからないのはね、よくもわるくも道があるわ」


「? 何のことかさっぱり分からん。頼むから説明をするなら分かりやすくしてくれよ。現在進行で今ありえない状態に身を置いている俺の身にもなってくれ」


 愛華の呟きは話に出てくるシュウラのように謎含みで、夢の話をするたびにその彼に近くなった彼女を見ている錯覚が起こりそうだった。


 関野は煙草の箱を先ほどから出し入れしてはいるが吸えないのが余計にもどかしかった。そんな状態でも彼女の話と謎は続いていく、そして、それを自分は許していた。




 夢がつながっている。彼女はそう感じたそうだ。

 

 芥子粒大の彼らを、そして今ここにいる自分を、何かが繋げている。おそらくはシュウラなのだろう。門を作ることのできた人間があそこで落伍者としているならばという仮定でしかないが。


 それら全てを含む夢なのかそうでない場所なのか、曖昧は自分の内側から出来ているのだろうかとまた、未知と想像の手が自分に迫りつつある。


 想像だけで何も出来ていない自分を振り払う為に、愛華はまた新たに歩き出した。考える、歩く、その繰り返しがいつまでも続くかもしれない。その想像もしたし、いつか自分がここに取り込まれ落伍者になるのではないか、その恐ろしさから、止まっても休む事はできなかった。


 丘はいつしか登るほどに高さを増していく。徐々に登るそれを見ているはずなのに目には鮮やかな緑しか入らない、思考が自分の視界の前でちらつき、息苦しい。


 更に高くに登るころには酩酊したように緑の世界に酔っていた。心地よかった風は今や冷たい。のぼりに登ったせいで足の裏は草でところどころ切れて血がすこしにじんでいる。


 がくんと膝が折れたことで立ち止まらなければ、まだ更に上を目指していただろう。夢の中のはずの自分は、膝が折れて考えに夢中になっていた時間が切れると同時に、痛みに今に立ち返った。


「い、タイ。登るしかなくて、進むしかなく、あれ? どうして、登るの? 私は何でこんなに登っているの? いや、進めといわれたから」


 止まって痛みに今に戻っても、言葉がやまない。考えが止まらないというべきだろうか。息苦しくて、そして足がだるい。足裏に滲んだ血に草が入り込んで痛い。感情と思考の煮込み鍋の状態は、一気に自分の頭を沸騰させた。



「〝あああああああああああああああ――――」



 喉から漏れていた言葉を自分の大声が吹き飛ばした。口からほとばしる喉が割れるような絶叫。

 いつまでも続くかに思われた絶叫は息が続かなくて尻すぼみにかすれていった。それでも叫ぼうとして、自分の息をもう一度吸いなおして声を何処までも広がる丘へ木霊させた。


 幾度かの木霊がすんだ頃、自分の喉が枯れて声も出なくなった。声が出なくなってやっと、自分が寝転びながら声をあげていたことに気づく。草が口の中に入って青臭い味がひりついた喉に張り付いて痛みに咳き込んだ。



 怖さが、辛さが、憤りが、そして祈りが、愛華の中で入り混じりそして、絶叫のあとで消え去った。

 消え去った、いや、自分の感覚が戻ったからそれらがその感覚に追い越された、そんな状態だった。

 それは、初めて歩みだした一歩だったのかもしれない。歩いていたはずなのに歩いていなかった。草の痛み、自分の足の疲れ、それらが今はじめて感じられたのだ。

 いま、もう一度立ち上がったとき自分の足は疲れと痛みで支える事が辛いほどだった。それでも、立ち上がった痛みは今まで考えていた思考のどれよりも鮮明に自分をここに存在させた。

 

 新たに立ち上がってみた丘での冷たい風、そして丘に香おっていた郷愁のにおい、光だと思っていた何もかもが自分の認識を置き換えている。


 丘はまるでハーブのような爽やかさを含んだ夏の香りを放っていた。そして、風はやんでいた。呆気にとられるほど目の前の丘は別の世界に変わってしまっていたのだ。緑にたなびいていた海は薄い茶と深緑、そして青を混ぜて作られたような色合いの草たちが伸び放題に伸びている。


 丘のてっぺんで見下ろしていたあのいくつもあった果ての無い丘は、目前で大きく開けた草原地帯を開いていた。そうしてうっすらとした夜明けが自分へと光の束を投げかけてくれているのだ。

 世界が、開いた。言葉で表すならそうとしかいえない。枯れた喉は戻らないが、痛みはむしろ新鮮だった。


「は、これ、は  ぁに。夜があける? 」


(『進む』という事だ。君が、それをどう考えるかという事だ。)

シュウラの言葉が、どうしてか自分にまたささやいた気がした。考えすぎて吹き飛んでいた思考が、自分の中の進むという言葉を何かに変えていた。言葉を、答えを、自分は知らずに呟いていた。


「進む、私の『進む』は、世界を      開く。」


 明けきった世界は、産声を上げているように美しかった。そして、私自身の産声もそれに含まれているような気がした。


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