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Key2 流転の門8

 何度も往復している丘での現象は、男だけではないのに気づいたのはすぐだった。差し込まれた恐怖に何度と無く、生唾を飲み込んでいた。視界にいくつかの人影が、同じように足元の地面に吸い込まれては、消える。


 人型の人々は表情がうかがい知れないものの方が多い。かろうじて女性のような柔らかな曲線を描いているもの。単純な人間の影型になってしまって、表情だけが顔に浮かんでいるもの。どれも笑っているように口元が歪んでおり、恐怖が晴れずに愛華はさわさわと吹く緑の風にも恐ろしさを覚えた。


「いや、いやいやいや。これ何?! 何なの何なのよ?! 」

 

 丘の上を自分の絶叫だけが通り過ぎていき、またあの男性の影が草に飲み込まれていくだけだった。

 その人々に触れないように走り出す。後ろを振り返りたくなくて、必死に走った。背後から誰も追いかけては来ないが、それも余計に怖い。


 散々走っているうちに目の前が緑になった。続くように顔に当たる柔らかい草の感触。走るのにばかり先走った足は自分が思うよりももつれていたらしい。転んだ目の前に広がる緑に更に絶叫した。


「やだ! やだあああ! 飲み込まないで」


「君はいい線は行くのに、どうして落ち着きが足りないかな」


 その声はまたもや、思いがけないところから聞こえた。半泣きになってまだぼやける視界で、愛華はここに一番詳しいであろう声の主を探していた。そしてまた、異様な形で知っている彼の姿を見ることとなった。


 緑の丘の続いているはずの場所に一箇所、やたら色彩豊かな瞳が開いている。驚いて尻餅をついた格好のまま後ずさり、坂になった部分から転がりかけて横腹を草の上にしたたかに打ちつけた。痛くは無いにしてもとてもみっともない格好だったのだろう。瞳が笑うほどだったのだから。


「はは。だから、もう少し落ち着きを持てと僕は言ってるんだ。まさか君が名前をつけた相手のことも忘れたのか? 」


 瞳から叉別のお茶の香りが自分の鼻に香る。馴染み深い緑茶の匂いで、愛華はすこし落ち着きをとり戻すと、瞳にむかってにじり寄った。無論、瞳の正体は、シュウラが開いてこちらをのぞいている窓のひとつだと分かったからだ。


「いきなり、そんな出方をされたってわからないもん。変な人っていうか変な幽霊見たいばっかりだし。こっち見ないんだよ、あの動いているの」


 瞳形をした窓の内側でシュウラの姿がはっきり見えると、彼がお茶を今度は深草色をし、寂びた湯のみで啜っているのが分かる。


 背景の春爛漫だった庭はあれから僅かしか立っていないはずなのに、別の庭に変わってしまったようだった。草花の絨毯で飾られていた大地は苔むした岩が置かれた焦げ茶色の大地に、瞳の隙間に見える池は葦が立ち並んでいたはずなのに、睡蓮がぷかりぷかりといくつも浮かんでいる。シュウラよりもその背景に気を取られていた注意を、茶を啜っている本人が自分へむけさせた。


「庭をそんなに気にしても仕方ないだろう。僕が気に入った形で庭を変えてるんだから定まった季節や、時期の花を揃える事は造作も無い。で、幽霊って言うのは、落伍者たちのことかな? 」


「ラクゴ者って? えと、それはクイズの間違えた人のことなのかしら」


「正解。だけど間違えたのはクイズじゃないがね」


 何を間違えたのかを言う前に、シュウラは懐かしむような目で消えては現れ、現れてはまた草地に消える昔は別人だったのであろう、彼らを見ている。シュウラを見ている愛華にも、疑問附とまた先ほど感じた得体の知れない恐怖がわいてきた。落伍者と、あっさりと言い切ったシュウラには感情が籠もっているようには見えなかったのだ。何を間違えたかを知ることの方が愛華は怖かった。


「何故ああなったか、知ったらもっと君が変わりそうだから言っておこうか? 」


「いい。言わなくていいわ。こわいもん。でも……」


 言わなくていいと言った端から、口ごもってしまう愛華をシュウラは笑いもせずに眺めている。愛華も、どうしても彼が話してくれるようには思わず、口ごもったが、聞かないでいるほうがもっと怖い目にあうという漠然とした予感で完全に否定しきれずにいた。


「聞きたくないというなら、もっと強い否定をしな。出ないと僕はとことん親切だから、君を助けるさまざまな答えを用意してしまう」


 まさかと思う言葉は、一番出るはずが無いと持っている人物の口からの発言から飛び出した。鍵の束を渡したときも、その後の水中探索でも手を出さなかった奴の発言とは思えない。


 窓がぱちりと瞬きをしたのも、その発言に比べれば小さい事だった。自分の柔らかい頬を軽くつまんだが、彼のお茶を飲む姿勢は変わらないのに、どうしてだか一足飛びでこちら側に足を踏み入れてきそうな目前に気配を感じる。


「何も言わないでもいいさ。だけど、君より深く僕は君を知っている。時間が関係ないことを分かっているとうれしいんだけどね」


 そういうと、シュウラは腰につけている鍵束をヒラと掴みあげると大きくふった。その動作が何を意味するか分からないが音がこちらに波打つ振動となってぶつかってくる。


 リィィィン 

 甲高い鈴振る様な音は耳を貫いて、丘の全土に響き渡っただろう。何が起こったのかはすぐに分かった。瞳の反対側が何かを映し出して始めていた。シュウラの反対側に、いや、窓に写る自分の姿のようにもう一人男が何かをしている絵が写りだしたのだ。


 後ろを振り返れば、ばっちりともうひとつの目が真後ろの空間に開いていた。瞳の中で、シュウラとは違う人間が何かをしている。


「さっきの男の人? 」


 只笑っているだけの幽霊だった男、いやもっと顔も輪郭もその存在が明瞭に映し出された壮年の男性。瞳の中で彼は森林浴を楽しんでいる。そばには美しい女性がついて、ゆっくりゆっくり彼の額をなでている。母親にしては年若い女性で、この絵でシュウラが何を言いたいのかが分からない。


「まだ、まだだよ。彼がまだ歩いている途中だからその絵になるんだよ。そろそろ、また消えるはずだ」


 愛華の疑問を汲んだシュウラの声は嬉々としており、何がそれほどうれしいのか分からない。画面には変わらずに睦まじくともに寝転んでいる男女の姿が映るばかりだ。


 愛華がそれに飽きて振り返ろうとしたときだった、画面に変化があった。女性の手が何故だろう、男の額を撫でていた手が止まったのだ。だんだんとそうして女性の髪がかの男性の頭を包んでいく。男は至福の表情を浮かべたまま気づいていない。女の髪が隙間無く彼を包み込んでからだった、男は突然消え去ってしまったのだ。

 手品でもなければ、何処かに落ちたわけでもない。彼は髪に包まれて忽然と姿を消したのだ。


「何が起こったかは、まだ君に体験してもらう順序が早いからあの状態にしてもらった。だけどね、彼はあの空間とこの空間を眠っている間ずっと行き来している。とだけ、言っておこうか」


「夢の中で、夢を見ているの? 」


「いいや、夢の中で夢が見られたらどんなにいいだろうね。アレを見るくらいならね。夢じゃない。あれは夢なんて代物じゃないんだよ。夢の中の眠り、『連眠』というかな」



「れんみんだと、それはどう書くんだ」


 不可解な単語に関野は思わず反応した。

 途中登場したシュウラの存在から、部屋がまたブルーに染まりだし、今や部屋はアクアリウムの色彩に変わりだした。水草のように時折揺れる緑の光がまた風に吹かれたようになびいて、自分の頬にも風が触れていく。


 半分踏み入れた状態がどういう状態なのか、考えたくもないが、おそらくは『夢うつつ』に近いものだと思われる。見えているものは今ある部屋と、愛華の夢のハザマだと言う空間の色なのだろう。病室が全体白で統一されているおかげで、色が表の空のようにどぎつい色になっていないのがありがたい。

 質問には前ならすぐに返答を返していた愛華だったが、れんみんという単語については、その単語が忌まわしいものであるかのように、吐き捨てるように言った。


「連なる眠り。漢字で書くとそうなると思う。思っているのよりももっとひどいわよ」


「そうは思えないけどな。ずーっと疲れて眠っていて、夢を見ない眠りはあるだろうが」


 夢なんて疲れすぎていれば見る暇なんてないくらい深くに落ちる事はできる。むしろ夢の無い眠りが多いに決まっているのだ。軽く言った関野だったが、愛華はこわばった表情でとても流して話せるような空気にはならなかった。


「いったでしょ、気分が悪くなる話だって。連眠はね、私にとってはとっても恐ろしい事よ」


 アクアリウムの青はそういった愛華に同調して、ゆっくりとスカイブルーに近い透明な青から海原に漕ぎ出す紺へと深く落ちていく。



 瞳の女性の髪にかくれた男が消えてからも、女性はあの体制を崩す事はなかった。そうしているうちに、また男はそこに忽然と現れ、また髪の毛が大きく動いて眠る男を瞳に晒した。


 何が起こっているのかわからないが、歩いている彼とそこで寝ている彼が何故同じなのだろうか?

疑問符が消えないままの愛華を、愛しげにシュウラは見ている。追っていた湯飲みが盆の上に置かれてからシュウラの説明は再開した。


「夢の中で夢を見るはずなのに、夢を見ていると本人は思ってはいない。夢の更に下、本来彼が見たい夢を見ることが出来ず、見ていると思えば、また別のところに移される。まるで無限に落下するようにね」


「覚えて、ないの? あの人ずっとあそこで眠っているわ。でも、あそこで歩いている人も眠っている人と同じなんでしょう? 」


「そうだ。でもね、この光景は本人には絶対目に入らない。なぜならその『のぞき窓』から見たように彼は眠っている。眠っている人間にとってはどこも闇と変わらない。意識がどこに落ちているのか僕は知らないし、興味も無いけどね。彼の夢はあの森のはずだった。だけど、彼は落伍した」


 落伍したという言葉が、それまで疑問符を浮かべていた愛華の胸元に、彼女が彼らを見て感じたときと同じナイフの腹の冷たさを感じさせた。半分気づいたのに、シュウラも気づくと、笑いながらつづけた。


「そう、君は何を言いたいのかを感じるのが本当に早いね。落伍。文字通り落伍者だ。ここは関門、試練は超える為に存在するが、それを超えられるかどうかは本人しだいだ。君だけじゃなく、僕に気づいた彼らは同じ道を行きたいという者もいた」


 シュウラの説明はだんだんと瞼の落ちていく、男の瞳の映像と同様に声音を落として言った。

瞼が落ちていく間も愛華は自分の目をそらせなかった。そう、もしも自分がこの関門を抜けられなければ、あそこか、はたまたどこかで彼女は自分が夢の中でずっと闇と夢以外のなにかを見続けることを約束されているからだ


夢語りの段になると筆の進みが一気に伸びる気がしますね;


書き易いというか、なんといいますか;リアルに存在してないからこそ描写するのがすっごく楽しいから力がはいるといいますか。

とかく、夢語りのときの筆すすみの具合はとっても早いです(笑

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