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Key2 流転の門1

「兎に角だ! 今後もお前がし通せる限り聞きつくして来い。これ以上言い合う必要もないだろう。さっさと戻れ! この記事を仕上げ終わるまでは元の部署に戻す気はないからな! ボーナスが多少出るだけありがたいだろう」


 実真東新聞支社某所、昼前にもならない時間は慌しくデスク周りが動き、人の行き来も激しい。今から取材にとんでいくものや、構わずに耳に鉛筆を載せ、唸る形で眼の縁に隈を色濃く残しているものもいる。


 そんな中、編集長室から響いた叱責かはたまた叱咤か、どちらにも取れるよう声に近くにいたものは耳をそばだてていた。渦中の人物である関野はげんなりとした顔でその大声を受けている。


 あの出会いから一週間。頭が冷えてくるごとに後悔の二文字ばかりが浮かんでくる。


 あの日の戻った次の日から、自分の本分に戻るべくデスクワークの残っていた記事に手をつけて、加筆修正とをこなしながら編集長から見つからぬように逃げ回っていた。もう自分がかかわりたくない半分、見つからずに済んでしまえばあの事件から離れられるのではないかという、僅かな願いだった。


 しかし自宅ならまだしも、秘密裏に進められる作業にも限りがある。仮眠室の一部や資料室などを移動して進めていたが、とうとう廊下で編集長に見つかり、件の病室に入れたか否かを根掘り葉掘り聞かれ先ほどの顛末につながるのが今だった。


 無論、あの記憶に残っている不思議体験を話せるわけもない。部屋に入れてもらい、今後の記事について話を受けられると聞いただけであの喜びようだ。仕舞いには、


「お前の声が気に入ったのか?! ああ! 顔かも知れんな! 無精髭そって精悍になったほうが良いから今後は剃っていった方が良いかもしれん」


とまで言われる羽目になり、編集長が持っていた新品の剃刀まで渡された。あの時その場でそれを捨てなかった自分の我慢を褒めたい。


「これをまとめたら、戻す。その約束は守る。ささ、いってこいよー。必要な事あったら俺にも通せ」


「わかりました。まとめときたい資料もありますので、そちらも一緒に持って被害者の方へ午後言ってきます」


「おう!! たのんだぞ」


 背中を叩かれながら部屋を後にすると、部屋から出てきた自分の顔を見ている連中がさっと目線をそらした。見たくもないが、中には仕切り板に貼り付けた付箋紙を何度も確認するように、こちらをちらちらと伺う奴もいる。


 視線も痛いし、鬱陶しいのですぐさま部屋を出て行き、この時間すいているはずの喫煙者用の休憩室に向かった。


 予想通りに人はあまりいない。パイプ椅子を乱暴に引っ張るとどっかりと腰を掛け、机の上に突っ伏した。


「どうした? 関野」


 朝の出勤と副編集長の報告を終えたばかりのそんな関野に背後から話しかける人懐っこい声があった。声をかけた人物は、そういうと後ろを通り過ぎて彼の前にある椅子を引くと腰掛けた。


 机に軽い振動があり、すこし目をあげるとコーヒーの匂いと、白い紙コップ。皺の少しよった青い縞柄のワイシャツが目に付いた。聞き覚えのある声に、関野がさらに目線をあげると、自分よりもはっきりと開いた明るい落ち葉色の目とすこし小さめの鼻をもつ同期がいた。


 垂れ目な所は人が良さそうで、左頬にある黒子と軽くてボリュームのある髪を持っていた。髪の毛は短く切ってあるせいで、色々な方向に跳ねている。

 同じ記者をやっている千ヶ原だった。彼が話しかけても反応は鈍く、寝ているわけでもないのにいつにも増して気だるいまま、関野は返した。


「ああ……。千ヶ原か、別に。副編集長の面を拝みついでに給料のボーナスちっとばかし上げてもらって、ついでに激励の言葉をもらって継続する取材の命を受けただけだ」


 ひょうと、軽く口笛を鳴らした千ヶ原 誠司というこの男、関野より二つ年下の同期なのだが、入社時、空気が似ているからということをいきなり関野に言い渡し、「仲良くなれそうだな」と無理やり握手をしたなんともまっすぐで飾るところの無い男だった。


 千ヶ原の一方的な気に入り宣言を受けた後も、関野は会社で変わらずに過ごしてはいたが、部署の違いあっても気軽に話しかける彼に気をいつしか許していた。今でも、休みがあうなら呑みに行く同僚だった。


「なんだよ、別にいいじゃないか。給料はいったのなら、いくらでも今後は俺におごれるな」


 彼も、関野を探していた一人だった。数日ほどあいた出社をいぶかしんで彼を探し回ったがやはり見つからず、心配していたところに編集長のところから戻ってきたらしいという話を聞いて、ここに来たのだった。


 なんだなんだと、肩を叩きながら特別手当(ボーナス)と聞いて、これ幸いと飲みに誘おうとした千ヶ原を、関野はやはり気だるそうに見ている。ふうっと息をつくと、伏したまま彼の重いくぐもった返答があった。


「おごってもいいが、俺の愚痴を聞いてもらう事になるぞ、飛び切り女々しい愚痴だ」


「?何だ、本当になにかあったのか? 」


 関野の疲れた様子に肩をたたいていた手を千ヶ原は止めた。顔を覗き込むが、関野は思わず目をそらす。それもまた変だった。


「なぁ?関野。いったいどういう取材受けてんだ。政治の裏金受け渡し、面会を記事に仕立て上げるとか散々危険な事をやってきたお前にはみえないぞ。」


「…………。なぁ、お前もいったのか?」


「あ?何の事だ」


 曇天の瞳で関野は千ヶ原に質問をした。

あれから一週間はたつというのに冴え冴えと記憶に残っている愛華との出来事を、熱に浮かされた、正気じゃなかったという言葉で片付けたかった。タバコはうまいと感じるようになったし、酒も酔えるようにはなった。


 だが、釈然としない気持ちも残っている。どうして、自分なのかと。


「その、三ヶ月前にあった高速での事故。ほら、十一台もの玉突き衝突事故を起こしたって言う『来地颪(きじおろし)街道の惨事』知っているよな」


 聞いたときは訝る様だったが、胸のボールペンをいじりながら千ヶ原は目を瞑ると、ああ、とうなずいた。


「知ってはいる。で、それがどう?ん?まてまてまて、まさかおまえ、あの生き残りの取材まだ行かされてなかったのか?! そうか、それで納得いったよ」


「そういうことだ。……、で、どこがどう納得いったんだ。」


「そりゃ、その。うまい具合に少しでも話が出来たから、そこから記事を膨らませたとか。いや、悪い意味じゃなくて、ちっとは話せたんだろ?一時期は『扉の君』とまで言わせた女の子とさ」


「扉の君だぁ? 」


 思わず関野は半身を起こした。愛華の事を調べる気にもならなかったので、別の記事に専念していたが、どうやら、自分が興味をそそられなかった分野ごとで裏があるらしい。千ヶ原が机に置いていたコーヒーを奪って飲み下して目をきっちり開きなおす。


「おい、起きたら起きたでひどいな。俺のちょうどいい温度に冷ました一品飲みやがって」


「悪い、コロンビアぐらい入れなおすし、後で飲み放題につれてってやるから。その扉の君について話を聞かせてくれ」


 コーヒーを奪われたときは少しばかり腹も立ったが、千ヶ原も関野がそこまで聞いてくるならばと、椅子に座りなおし少しばかり前のめりになったまま、小声で関野と話し始めた。


「なんだ?知らないのか。まぁ、分野も違うし、俺もそっち方面は担当したの数回だから微妙だったけどもなぁ。関野がそこまで怪奇事件の一つに首突っ込むなんざめずらしいな」


「怪奇事件だと? 扉の君の話じゃなかったのか? 」


 声が大きかったのだろう、言った途端にきょろきょろと辺りを見回すと、すぐに千ヶ原が口元に手をやるのを見て、関野も前のめりになって改めて小声にして話しを次いだ。こちらも言い知れぬ雰囲気だったが、愛華の時に比べればまだ現実に近い分だけ、非現実に溺れはしない安心感がある。


「だから、その名前がたったのは事件のあと、誰一人として扉を通さずに追っ払ったっていうので扉の君と呼ばれたときいている、けど、問題はそこじゃない」


 何かを千ヶ原も思い出しているのだろう。顔が少し赤くなり、思い出すのも忌々しそうに見えた。おそらく、彼も扉の前での問答で何かあったのだろうか?頭を二度三度振って「違う違う」といってから、彼は話し出した。


「あー……。あの時は本当に奇怪な事件だったんだよ。その玉突き、重軽傷者合わせて十二名、死者は七名に及ぶ大惨事だった。雨天という悪環境がもたらした偶然の中ではかなりの大事故で、スリップによる対向車からの衝突、らしき事が原因」


 関野は曖昧な千ヶ原の物言いに、さらに身を乗り出して聞き入る体制をとった。


「その奇怪な事についていえばな、亡くなった運転手に聞いたとしてもわからん事ばかりだ。その事故、負傷者がない事自体がおかしい理由は知っているよな? 」


「ああ、それぐらいなら知っている。前方から突っ込んだ車両は大破。相手はタンクにガソリン満タンの給油トラック。ついで火花による引火で車両に火が移った。で、爆発」


「そうだ。本来なら助かるはずだった人間まで巻き込んで死傷者が膨れ上がったのはそれが原因だ。ところが、たった一人無傷とまではいかないが、骨折だけでやけどを負いもしなかった被害者がいる。それが、お前さんが担当する事になった人間だ」


 千ヶ原自身も曖昧な中で思い出した記憶にあまり自信がない物言いだったが、そのまま関野が彼を見ているので続けた。


「あの事故は本当にひどかった。現場の車の半数が引火した車の火を受けて、衝突によって起こったガソリンの被害から二次、三次と災害が広がった。そして、ここが一つ目の奇怪な出来事。

そのトラック運転手は、爆発に巻き込まれて真っ先に死んだのだが、おかしいことに目を見開いて死んでいた。燃え盛る火炎の中で、だ。」


 千ヶ原の言葉が起きた事故の凄絶さを語るより、関野は事実にぞっとする。半分まで開けた残りのコーヒーも飲みきって、考えたくないという言葉を喉の奥に流し込む。想像してはいたが、それ以上に自分が余り興味を持ちたくない部類の事件だった。


 しかし、彼女の裏に迫るには事件のことも調べねばその仔細がわからないだろう。

 飲み干した紙杯に力を込めて潰すと、背後のゴミ箱に見もせずに放って、関野は叉腕を組みなおした。


「目を見開いたまま? 何でそんなこと分かるんだ?その……、いいたくはないが目玉なんて柔らかい物が熱で残っているのがありえないだろ。破裂して蒸発してそうな」

 

「話しを聞いとけよ。ガソリンの爆発もろに食らって本来なら燃えているはずの場所まで吹き飛んでいるのが普通なのだがな、そこは。偶然だろうって思いたくはないが、塩化なんちゃら? 運転手が常備していたアイスパッドが弾けたんだと、事故の衝撃でな」


「化学物質ってことか?その、塩化とか何とかっていうのは」


 あまり思い出してはいないようだが、彼が悩んでいるところから見てそんな物質だろう。それに千ヶ原もうなずきながら返す。


「そうだ、でな、あ――。訊く所によるとそいつが持っていたかき氷も一緒にぶちまけられたそうだ。で、それが原因で一部が低温の状態を引き起こしたらしい。で、足首や背面は炭化していたり肉が見れないほどの状態になっていたらしいが、頭部に引っかぶったせいだろうな。目玉は茹で玉になっていたが無事だったそうだ」


「ほんっとうに想像したくはない現場だな」


 関野も、事故現場の取材に行ったことがないわけではない。だが、ここまでひどい現場とは遭遇した事はなかった。あの日の天候は雨天、それでもなお燃え盛る火炎はその舌で命をもぎ取って言ったに違いない。千ヶ原も、事故について思い出して身震いしていた。


「お前なんかまだ良いじゃないか。俺はその頃他に空いている奴がいないからって言う理由で、現場から回ってきた写真見ちまったんだぜ。う~~あ。思い出したくも無いが、この話にはあの写真もつき物だからなぁ」


「どんな写真だよ?」


「見たら丸一日は飯が食えなくなる奴」


 千ヶ原の言葉に、また自分の体温が下がった気がした。

第二章は関野さんの職場から開始。

千ヶ原はちなみに部署が落ち着くまえは事件ごとを担当したりと色々なところを回ってました。

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