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82、

「それはできないよ。明日には建屋の起動をさせる計画なんだ」


「ゲオルグたちが向かっているはずよ。このままだとあなたたちだって国家反逆罪で殺されるかもしれないわ」


「だから起動は明日なんだ。ここを起動させたら、ひとまずはグルヴェイグで逃げる予定だ。その後グルヴェイグに存在している建屋を起動させる。それができたら、さらに北へ」


「そんな逃亡劇がうまくいくはずがないのは分かるでしょう?」


「私だってそう思うけど、今の父の狂い方は異常だ。もしかしたら実現してしまうかもしれない。……君と私の結婚だって」


「ふざけないで。私が結婚するのはゲオルグだけよ」


 ヴェーリルは肩をすくめただけだった。


「とにかく、今日はここで疲れを癒してくれ。後で食事も持ってくる」


 ドアのほうへ踵を返す彼はそれから、と付け加えた。


「館の中には私兵が張りついているし、ここは見ての通り“堕ちた森”に面していて逃げ場がない。変な気を起こさないようにね」



 ◇



 ヴェーリルの言う通り状況は絶望的。けれど、そう言われたところで大人しくしている私たちではない。


 ヴェーリルが去った後、ひとまず私とグナーで部屋の中を物色してみる。

 が、あるのは家具だけで抜け道があったり武器があったりすることもない。


「どうグナー? どこか逃げ出せそうな隙はある?」

「難しいです、お嬢様。ドアの外にもエルム家の兵士が立っておりますし、廊下にも巡回の兵士がおります。私とお嬢様の2人ではとうてい太刀打ちできません」


 見ての通り窓の外は断崖絶壁。窓から抜け出すというのは選択肢から外したほうがよさそうだ。


 一番理想的なのはゲオルグ率いる帝国軍がこの洋館にたどり着き、明日の建屋起動までに助けに来てくれることだ。


 だが、帝都から片道でも3日かかるこの洋館に、スピード救出を夢見るのは厳しいと言っていいだろう。そもそも洋館の場所をゲオルグは知らない。行軍ともなればさらに時間がかかる。


 私とグナーで様々な脱走案を考えたがどれも望み薄。さすがに暗い空気が漂ってきたところでドアがノックされた。


「皇妃殿下。お食事の用意ができました」


 私はため息を吐いてドアの外の兵士に声をかけた。


「いらないわ。食欲がないの」

「ヴェーリル様から必ず食べさせるようにと仰せつかっております」

「知らないわよ。じゃあこの洋館から出してくれたら食べるって言っておいてくれる?」


 嫌味でも言わないとやっていられないっての。

 伝えたところ、部屋の外がシーンとなった。駄々をこねる皇妃に困っているのかもしれない。


 どうでもいいかと思って再びグナーとの話を再開しようと思っていたところに、ひと際高いトーンの声が聞こえてきた。


「皇妃殿下。エルム公爵家の侍女でございます。お食事の気が進まないようでしたらお茶だけでもいかがでしょうか。とっておきの紅茶と茶菓子をご用意しております」


 先ほどまでの偉そうな兵士の声から打って変わって、甲高い女性の声になった。


 ドアの外からは「悪いな」「私がやっておきますから大丈夫です」などとやりとりする兵士と侍女の会話まで聞こえてくる。兵士は立ち去ったようだ。


 雇い主からの命令だしどうしても私に食べさせたがるんだろうけれど、担当者をとっかえひっかえしても無駄よ。


「食べたくもないし飲みたくもないわ。帰ってちょうだい」


「何もお口にされないとお体にも良くありません。ヴェーリル様からも『召し上がってもらうように』と強く仰せつかっておりますので」


「しつこいわね……」


「……お嬢様。紅茶だけならばいいのではありませんか?」


「グナー?」


 よりにもよってグナーが根負けしたのかと思ったが、彼女は何かを伝えたがっている様子だった。ドアに歩み寄り、ドアの外を指さしながら言う。私に向かって視線を寄越し、何度も頷いている。

 私はもう一度耳をそばだてた。


「美味しい紅茶を飲めば、少しはお気持ちもリラックスすると思います。どうかこのドアを開けてくださいませ、皇妃殿下」


 おや。

 この侍女のゆったりとした上品な口ぶり。聞き惚れるような声。なんとなく覚えがある。


「……グナーがそこまで言うのなら」


 私はドアのほうに歩み寄った。

 乱暴にドアノブに手をかけ、自ら開ける。


「紅茶、飲む……」


 わ、の語尾が消えた。

 驚きで声を上げそうになるのを必死でこらえる。


 そこにいたのは、メイドに変装したフライアだった。


 目を凝らしたが間違いない。髪の毛を金色には染めているがまさしく彼女だった。


 久しぶりのフライアとまさかこんなところで出会うとは思わず、私は面食う。

 そういえばゲオルグが「フライアをエルム領に潜入させた」と言っていたのを思い出した。


「失礼しまーす」


 こちらの返事も聞かずに、ガラガラとシルバーワゴンを押して入室してきたフライアは後ろに回した手でドアを器用に閉める。


 そしてササッと近づいてくると、私とグナーの目の前で跪いた。


「お迎えが遅れてしまい申し訳ございません、フリッカ様」

「あなた、やっぱりフライアなのね」

「陛下のご命令により、1ヶ月以上前からエルム家に潜入しておりました。フリッカ様がかどわかされていると聞き、ソルバルド公爵の付き従いを希望いたしまして昨日からこちらの居城におります」


 1ヶ月でエルム家の中枢に潜入し、そこまでの情報を得られるようになるとは、どのような手練手管を使ったのだろうか。フライアの実力を思い知る。


 フライアによると、懐古主義派の親玉はソルバルド氏で間違いがないとのこと。当主就任時からその妄執に取りつかれており、願望の強さも相当のものだという。


 話を聴いている限り、彼の「鉄の森復興計画」は冗談ではなく、明日の建屋起動も本気だと考えられた。


「現在、オストベルク砦に帝国軍が駐留しています。ここから馬で駆ければ1日ちょっとで到着できます。裏口の傍に厩がありますので、私とグナー殿で皇妃殿下を砦までお連れいたしましょう」


 あまり時間がないことはフライアも知っているはずで、その口調には焦りが感じられた。


 私とグナーは顔を見て頷き合う。

 フライアの言う通り、ここで逃げ出さなければ明日はない。


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