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81、

 なるほど。私がここに連れてこられた目的は、建屋の起動関連で間違いがなさそう。


 でも、ソルバルド氏には息子(ヴェーリル)がいる。

 転生者であるヴェーリルがいればソースコードとやらが反応して建屋も動かせそうだけど……。


「当初は世界樹<ポンプ>の地位を貶める論文を書いている変な女性という報告を受けていたので排除しようと思っていたが、まさか陛下の配偶者になるとはな。しかも転生者だと言うじゃないか。ここにあなたを連れてくることはもはや運命だったと言ってもいい」


「こっちはお呼びじゃないのよ。そんなことも分からないの」


 自分の言いたいことだけをつらつら話し続けるソルバルド氏に対し、私は不快感を露わにした。


「それに建屋を起動させたいのならばあなたの息子を使えばいいじゃない。彼だって私と同じ転生者なんでしょう」

「そう、それだ。我が息子ながら……いや、転生者でありながら不甲斐ないことだ」


 どういうことなの?

 ヴェーリルのほうを見やるが、彼は生気のない表情で父親を見ているだけだった。


「彼はニブルヘイム人の転生者だ。彼が世界樹<ポンプ>を起動させると、鉄の森の50人会議の審査を通ることができない。以前にも何度か挑戦させたが、悉く失敗した」

「あんな死の恐怖を何度も体験させたの!?」


 信じられない気持ちで叫ぶ。


 私が最初に虹の祭祀場で50人会議の場所に呼ばれたとき、『鉄の海に落とす』と宣言され、もう少しで死ぬところだったのだ。


 実際にはゲオルグに助けられた格好になったが、あのときの恐怖は今でも消えない。怖くて、気持ち悪くて、自分が自分でなくなっていくような感覚があった。


 それを自分の息子に何度も経験させるなんて。

 ヴェーリルの表情の理由がよく分かった。


「あなたそれでもヴェーリルの父親なの!?」

「この地に再び栄光を取り戻すためだ。崇高な夢の実現のためには息子の苦しみもささいなこと。むしろ鉄の森の役に立てないのなら価値がないとさえ言っていい」

「バッカじゃないの! あんたなんて親の風上にも置けないわ」


 私は吐き捨てた。


「それで息子じゃうまくいかなかったから今度は私ってわけ?」


「あなたはこの別荘の地下の建屋だけ起動してもらえればいい。もはや我々は帝国にはいられないだろうから今後は国外に遺った建屋を巡り起動していくことになるが、そのときにはあなたとヴェーリルの子供にその役目を担ってもらう」


「は、あ……!?」


「転生者と転生者の子供にその役目を担ってもらおうと言うのだ。ヴェーリルではダメなのならばあなたと交配させればいい。血を重んじる鉄の森であれば、きっと応じるはずだ」


 ソルバルド氏は半ば酔いしれるかのように自らの構想を話す。

 その目が怪しげな光を湛えるのを見て、私は言葉を失った。


 私とヴェーリルを結婚させ、子供ができたらその子に大陸各国の建屋を起動させる。

 そして世界樹<ポンプ>の力を利用して、ヤルンヴィット神興国を再びこの大陸に復活させる。


 ただその妄想を実現させるためだけに私と息子を結婚させて、駒としての孫を手に入れると?

 信じられない。ソルバルド氏の言っていることは、もはや狂信者の妄想だった。


「冗談じゃないわ! なんであなたの妄想に付き合わなきゃいけないの!?それに私はゲオルグと結婚しているのよ。今更ヴェーリルと結婚なんて」


「おお、我らが偉大なる皇帝陛下。陛下も愛しい皇妃に子どもができたらその存在をお認めになるだろう。それとも皇妃殿下の腹にはもう子どもが?」


「いるわけないでしょ! というか子どもは愛した結果に生まれてくるものであって、道具みたいに作るものじゃないのよ! そんなことも言わないと分からないわけ!?」


「無駄だよ、フリッカ」


 ヴェーリルが諦めたように首を振った。父親と対峙することをあきらめた息子の姿がそこにはあった。


「父には何を言っても無駄だ」


 彼が纏う雰囲気は重苦しく、長年の苦しみが垣間見える。

 気を取り直した様子のヴェーリルはソルバルド氏に向き直った。


「父上。建屋に赴くのは明日ですよね。今日はフリッカも疲れていると思うので、このまま起動作業に入ると失敗する可能性があります。彼女を部屋に連れて行って休ませようと思うのですがよろしいでしょうか」

「気が利くな。ぜひそうしてやってくれ。皇妃殿下はお前の妻となる方なのだから丁重にもてなすようにな。――それでは皇妃様、また明日に」


 心底不快になる笑い声を響かせて、ソルバルド氏は薄暗い廊下の奥へと消えていった。

 私とグナーはヴェーリルの先導で、洋館二階の突き当たりの部屋へと連れていかれた。


 それほど広くはない、こじんまりとした部屋だった。生活できる家具は一通り揃ってはいるが、公爵家の人間が長期滞在するには狭すぎる。

 この洋館が滞在用別荘としてではなく、建屋のためだけに造られた館なのだということがはっきりと分かった。


 部屋の窓には風が吹きつけ、ガタガタと音を立てていた。

 窓辺に近寄り地厚のカーテンを開けると、眼前に迫る断崖絶壁に目を奪われる。世界樹が沈んでいるとされる“堕ちた森”をこれほど間近で見たのは初めてだ。


 崖の下は真っ暗で何も見えなかった。確かにこれでは生きて帰れる心地はしない。


「すまない、フリッカ」


 入口に立つヴェーリルが再び謝罪をしてきた。私は小さく息を吐いてそちらに目をやる。相変わらずヴェーリルの顔色は悪かった。


「分かっただろう。私は父上に逆らうことができない。ニブルヘイム人の転生者として首根っこを掴まれているんだ。下手に逆らえば私の命がない」


「……あなた、生まれてからずっとあの父親の監視下で生きてきたのね」


「子供の頃、自分が他の兄弟と違う記憶を持っていることに気が付いたのが全ての始まりだった。それを父に話せば、父はエルム公爵家の居城にある古文書を持ち出して熱心に読み始めた。それは、かつてヤルンヴィットに仕えていたエルム公爵家先祖の日記だったんだ」


 先祖の日記に書かれていたヤルンヴィット時代の栄華と、ヴェーリルの記憶の共通性に気付き、そこからあの妄想が育まれていったのだと考えられた。


 ヴェーリルのした行いを許すわけではないけれど、こんな生き地獄のような状況下で今日まで生きてきた彼には同情を禁じ得ない。


「でも信じてほしい。最初から裏切ろうと思っていたわけじゃないんだ。ただ、君の旦那様が本気で懐古主義派を殲滅しようとするから父上も気がおかしくなっていった。もう一度この建屋の起動をしろと私に迫ってきたから……もうおしまいだと思って、ついに君が転生者であることを告げてしまった」


「そうだったのね……。本当は怒るべきところなんでしょうけど、もう怒れないわよ」


 ヴェーリルの事情を知ってしまった今ではね。


「怒らない代わりに、私たちを見逃してちょうだい。自分たちの力で逃げるから」


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― 新着の感想 ―
この父親……実際に溶けた鉄の中にでもぶち込んだらどうかね陛下(# ゜Д゜) つうか失敗した場合の事を何にも考えてないんだなさすが狂信者(呆れ
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