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79、 急転直下

「力ってのがよく分からないけど……ヴェーリルのお願いって何?」


 私が質問したのと同時に、出版室のドアが開いた。

 印刷所から帰ってきた今パパと領民たちとが、インキで顔を真っ黒にして出版室に足を踏み入れる。


「フリッカ~~! あとは開設式を待つだけだよ!パパはもう楽しみで楽しみで」


 私に抱きつこうと近づいてきたパパと、無言で立ち上がるヴェーリル。

 ここでようやくヴェーリルの違和感に気付いた私が彼の肩を掴むが、強い力で跳ねのけられてしまった。


 バルドルが踏み出すも、それに気付いたヴェーリルは「やめたほうがいいよ」と一言。

 ヴェーリルの手には、先日エテメン・二グルとの邂逅で初めて目撃した黒くて四角い物体――光線銃(デバイス)が握られていた。


 光線銃(デバイス)の前面がパパに向けられ、無音で光線が発せられる。顎からぎりぎり外れた襞えりの部分が丸く焼け焦げた。


「ひいいっ!」

「旦那様!」


 領民たちとともに悲鳴を上げたパパは、未知の文明の力にショックを受けたのか、そのまま腰を抜かしてしまった。

 パパの襟を掴み人質にした状態のヴェーリルが、つまらなそうに言う。


「私の願いは、世界樹を手に入れることだよ」


 それが私の質問への回答だった。

 壮大すぎて意味が分からないし、それを心底興味がなさそうに呟く彼もまた理解ができない。


 とにかく、この状況をなんとかしなければ。


 ヴェーリルがパパを人質に取り、出版室は緊張状態に包まれている。


 私もバルドルも、パパを人質に取られているのでは自由に動けない。それに、あの光線銃(デバイス)は引き金を引けば音もなくすぐに光が発射される。攻撃する前に構えが生じるバルドルの鉄球は不利だ。


 ヴェーリルの次の行動も予測がつかない。半ば途方にくれた私は口を開く。


「あなたやっぱり裏切っていたの?」

「フリッカ。外には100人以上の過激派がいる。いずれ皇宮の兵士たちも気付いて乱戦状態になるだろうが今は静かにしていてくれ」

「そんな……皇宮を戦場にするつもり!?」


 無音で発せられた光の直線が、顔の横を通り抜けた。

 ピンクの髪がはらりと揺れる。焦げた匂い。髪の毛の一部が焼き切れたのだ。


 ヴェーリルは苦しそうに付け加えた。


「危害は加えたくないんだ。本当に。だから静かにしてくれ」


 呻くヴェーリルの片腕に、にゅっと下から伸びた腕が絡まった。今パパだ。


「エルム公爵家だろうと、よく分からない武器を持っていようと」


 パパの声は震えていた。


「これ以上フリッカに怪我をさせたら私が許さないぞ……!」


 ヴェーリルは無表情で光線銃(デバイス)の引き金部分に指をかける。パパは光線銃(デバイス)を突きつけられても目を逸らさない。

 私は叫んだ。


「ヴェーリルやめて! あなたのいうことを聞くから、パパに危害を加えるのはやめてちょうだい」

「こっちに来るんだ、フリッカ」

「フリッカ……! だめだ、君は皇妃なんだから」


 パパがわめくのにも関わらず、ヴェーリルは冷静な声で私に呼びかける。光線銃(デバイス)を持つのとは反対の手を私に伸ばしてきた。


 すでに何度も光線銃(デバイス)を発射しているヴェーリルは本気モードだ。ここで私が決意を翻せばパパもバルドルも危うい。


 私はためらわずにヴェーリルの手を取った。

 ヴェーリルはパパを足蹴にすると、間髪入れずに私の体を抱き寄せた。


 後ろで身じろぎするバルドルを、私は無言で制する。

 ヴェーリルが耳元で囁いた。


「ありがとう。私に従ってくれれば君を危険にさらすような真似はしない」

「私を連れてどこへ行くの?」

「もちろん父のところさ」


 ソルバルド・フォン・エルム公爵家当主。

 彼が黒幕なのね。


「陛下が予想以上に有能だったんだ。懐古主義派は追い詰められている。父も本気にならざるを得なかった」

「いったい何をするつもりなの」


 私の質問には答えず、ヴェーリルは私を抱きしめたまま出版室を出る。


 光線銃(デバイス)は私のこめかみに当てられていたため、今パパもバルドルも身動きが取れなかった。


 どうか無事で。

 願いを視線に込めながら、パパを見やる。


 悲しそうなパパの表情が扉の向こうに消えていった。


 大階段や廊下のそこかしこには皇宮の兵士が倒れていた。過激派はいつの間にこんな内部にまで侵入していたのだろうと息を呑む。

 先ほどまで平和だった皇宮は、確かに今、戦場になっているのだと実感した。


 気付けば廊下を歩く私とヴェーリルは、エルム領兵士に前後を挟まれていた。


「お嬢様!」


 エントランスホールに向かう大階段手前。後ろを振り返ると、グナーが走り寄ってくるのが見えた。


「これは……敵襲!? ヴェーリル、貴様やはり」

「グナー……!気を付けてちょうだい」

「お嬢様をどこへ連れていく気ですか!?」


 グナーはヴェーリルを逃すつもりはないようだった。彼女の気性を考えれば当然だが、逆らうとグナーも撃たれてしまう。

 私は再び彼女を制するために声を上げようとしたが、ヴェーリルは予想外の一言を放った。


「君も来るかい、グナー」

「は……!?」

「フリッカの世話係が必要になる。君がいればフリッカも心強いだろう。私たちに逆らわないならば君にも危害は加えない。約束する」


 ヴェーリルは私をどこかに閉じ込めるつもりなんだろうか。

 より一層戸惑いは深くなる。グナーも同じ気持ちだったようで、その言葉に乗るかどうか迷っているようだった。


 私はグナーをじっと見つめた。

 ここでヴェーリルに逆らえばどちらも撃たれる可能性が高い。今は彼を刺激せず、かつ機を見るのが得策。


 きっとゲオルグが助けてくれるから。


 私の思いが通じたのか、グナーは「分かりました」と声を絞り出した。


「お嬢様についていきます」


 ヴェーリルが顎でエルム家兵士に指示すれば、グナーの身柄も彼らに囲まれた。

 そのまま皇宮エントランスまでたどり着く。


 そして気付いた。

 陰鬱な城に伸びる回廊のずっと上。吹き抜けの天井付近、玉座の階の柵の向こうに、皇帝服を纏った大好きな人の姿があることに。



「ゲオルグ……!」



 我慢ができなくて叫んでしまった。手を伸ばす。届くはずもないけれど。

 それでも彼に少しでも近づくように手のひらを、玉座のほうへと。


 ゲオルグも何かを叫んでいるようだった。聞こえなくても私の名前だと分かる。


 彼も、届かないはずの手を伸ばして。


 私の手を、ヴェーリルが無慈悲に掴んだ。


「行くよ」


 皇宮ドラウプニルのドアは閉められ、ゲオルグの姿は見えなくなった。


 皇宮の入口を出たところでは複数のエルム家兵士がヴェーリルに向かって敬礼をしている。私とヴェーリル、グナーはエルム家の馬車でソルバルド氏の元へと出発した。


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― 新着の感想 ―
ヴェーリル「私が天に立つ」 いやぁそこんところがシビれたなぁヴェーリル(存在しない記憶 それはそうとどうなるんだろうなこれ。 陛下がついに神々の世界に踏み込んだりするんだろうか。
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