68、
全て話した。
ヴェーリルに提案されたこと。
今日、過激派に襲撃されたときに外套の男とした会話。
衛兵も引き払って、皇帝の私室に2人きり。
私が話をしている間、ゲオルグは一切口を挟まなかった。
話し終わった後の沈黙が重い。
でも、全ては襲撃の隙を作ってしまった自分の不始末の結果だ。
私は意を決して顔を上げた。
「あの、私は」
「別に気にしていない」
私とゲオルグが口火を切ったのは同時。そしてゲオルグの口調は予想以上にあっけなかった。
「へ」
「この血のことはずっと言われ続けてきたことだ。そしてこの先も言われ続けるだろう。それは大して気にはしていない」
「そうなの」
「逆にフリッカに気兼ねさせたことのほうが俺には問題だ」
ゲオルグはテーブルに肘をついた。
衛兵がいないからだろうか、普段よりも態度が悪い。むしろこのほうが彼らしいとも言えた。
「俺の血を使って世界樹<ポンプ>を起動させる、か。面白そうだな」
「えっ」
「前にも言ったが、懐古主義派との膠着状態はそろそろ何とかしたい。相手の出方を待って軍の警備を厚くするのは他に兵力を割けない要因にもなっている。世界樹<ポンプ>の起動が打開策になるのならばやってみる価値はある」
「それでニブルヘイムが攻め込んできたらどうするの」
「それはないだろう」
なぜかゲオルグは自信満々に断言した。
「奴らが帝国を見張っていたのならば、もっとも国が弱体化していた革命直後を含めて、いくらでも攻め込むチャンスはあった。それをしなかったのはメリットがないからだ。俺がいなければ懐古主義派が帝国を乗っ取ってしまうことも分かっているはず」
ヤルンヴィットの生き残りでありながらも、ゲオルグはミッドガルド一族の養子となり、ミドガルズ帝国の流れを継いでいる。
そして、先帝時代にはびこっていた懐古主義派を徹底的に処罰した。ニブルヘイムにとっては味方側とも言えるのだ。
「大陸の安寧を考えているのならば、俺を殺すことはない。そうは思わないか」
「まあ、確かに」
でも、万が一ゲオルグに何かあったらどうしよう。
私はそんな不安を拭いきれない。
「君が俺のことを心配するように、俺は君のことが心配なんだ」
私の考えはゲオルグに筒抜けだった。
「俺が君にずっと付き添っていることができない以上、それが懐古主義派だろうとニブルヘイムだろうと、また隙を突かれるだろう。どちらを潰すとしてもまずはひとつずつ。そろそろこちらも打って出なければ」
帝国軍を動かすには政治的なきっかけが必要だ。
だからこそ、ゲオルグはそのきっかけを作ろうとしているのだろう。
「俺が祭祀場に向かうタイミングで、エッシェンバッハ率いる軍の精鋭5000をアースガルズに集結させる。もしもニブルヘイムが何か仕掛けてくるのであればこいつらに対応させる」
「総司令官自ら5000騎!?」
大事になってきた。
帝都を守る常駐騎士団はおよそ1万。その半分がさらに呼び出されるというのだから戦争でも起こすのかと勘違いされそうだ。
「そうだ。その勘違いも俺の狙いだ」
ゲオルグは悪役めいた笑みを見せる。
「ここ数日で懐古主義派が荷物を運び集めているアジトが見つかった。その状況から察するに近々行動を起こすことは明白。帝国軍の動きを見せつけて、逆に奴らをあぶり出すんだ」
「……ちなみにアジトの場所は」
「エルム領だ」
ちょうど今、ヴェーリルが帰国の途についている。
彼は大丈夫なのだろうか。
「ヴェーリルだけでは心配だからな。フライアも潜入させている」
「相変わらず狡猾ね。全て準備済みってわけ」
「皇帝というのもなかなか忙しいんだ」
気分を紛らわせるための憎まれ口だったが、ゲオルグは調子良く乗ってくれた。
これも彼の優しさだ。
虹の祭祀場。
またあそこに行くことになるのね。
全てが鉄でできた灰色の国の幻影。古語に触れたときに見たあの光景を思い出すたびに気持ちが悪くなった。
今回はゲオルグが隣にいてくれるんだもの。大丈夫だとは思うけど……。
「それにしても世界樹<ポンプ>が起動すると何が起きるのかしら。ヴェーリルに聞いておけばよかった」
「いや、それは俺たちで確認しよう。実際に起動するかどうかも含めて、ヴェーリルがどこまで真実を把握しているのかも気になる」
「それはそうね。そもそもヴェーリルはニブルヘイム人の転生者なんだから鉄の森についてはそれほど詳しくないはずだし」
その後も私とゲオルグは情報交換を続けた。
久しぶりに彼と話し込んだ私は時間を忘れて夢中になったが、途中でふらりとする場面もあった。
「襲撃に遭ったばかりで傷も治っていない。そろそろ寝ろ」
窓を見ればまだ日は明るい。
ただ、彼に言われた通り体は限界を迎えていた。
会食と襲撃と、怪我と、これからの相談と。
自分が疲れていたのだと、今になって思い知る。
ゲオルグに伴われ、私室に隣接する寝室に向かう。天蓋のレースをそっとずらして、整えられた寝具の中に体を滑り込ませた。
「虹の祭祀場にはいつ行くの?」
「近隣の領地に騎士団の収集をかけなければいけないから、早くて1週間後かな」
そのときに、世界樹<ポンプ>が動く。
歴史的な瞬間が思いのほか近いことに、私の胸は高鳴った。
どうか私の大切な人に、何もありませんように。
神さまを信じていない私には似合わないことかもしれないけれど、今日だけはゲオルグのために祈りを捧げたい気持ちだった。