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66、 過激派の襲撃

 閑静な貴族邸宅街に、場違いな集団が現れた。


 男たちの数は10人ほど。全員が灰色の外套を羽織っている。

 前世のときよりも、そしてテューリンゲン公爵邸の舞踏会で出会ったときよりもずっと人数が多い。


 それだけ私が人気者になったってことかしら。

 やんなっちゃう。


 中央の男がガチャリと音を立てながら幅広の剣を構えなおした。


「皇妃だな」


 これまで通り外套で隠れて顔は見えない。

 だが、声からして壮年の男性。体は甲冑で覆われている。


「賊に名乗る名前はないわ」

「目と髪の色。そして小生意気な言動。間違いない。今上帝の皇妃だ」


 外套の男たちがじりじりと馬車を囲む距離を詰めてくる。


「皇妃を捕らえろ」


 おや、と思った。

「殺せ」じゃないの?


 前世ではすぐに殺された。

 舞踏会では殺されそうになったが、その直前に説得された。


 今回は「捕らえろ」?


 段々と態度が軟化している気がする。

 それとも、ここではないどこか別の場所に連れていかれて殺されるのだろうか。

 それも嫌だけど。


「あなたたち、どこの貴族に雇われたの?」


 時間稼ぎも兼ねて聞いてみる。


「答えられない」

「じゃあやっぱり汚らわしい賊ね。そんな奴らとなんて行きたくないわ」

「賊と一緒にするな! 俺たちが願うのは帝国の栄光のみ」


 なるほど、帝国の懐古主義派ね。


 そして彼らは、私のことをすぐに殺すつもりはない。


 となるとやはり前世で私を殺したのは―――。



 ギンコ伯爵家の邸宅に目をやる。

 怯えた伯爵夫人を支えるギンコ伯爵と目が合った気がした。だが、次の瞬間に伯爵家当主はあからさまな声を上げて邸内へと消えていった。


「お、おい!賊だ、衛兵! 衛兵はおらんか―――」


 下手な芝居を見せられて辟易(へきえき)するしかない。

 ここまで堂々と私を無視するなんて……。


 もしかしたら伯爵は、ここに外套の男たちが現れるのを知っていた可能性さえある。


 さてと。孤立無援の状況をどうするか。


 私は御者と馬車横に立つ衛兵から少しでも離れようと、ギンコ伯爵邸とは真逆の方向へと走り出した。御者たちを巻き込みたくはなかったのだ。


 それに、騒ぎになれば憲兵やどこかの貴族が助けてくれるかもしれないとの一縷(いちる)の望みも抱いていた。


 スカートの裾をたくしあげて全力で走る。

 ヒールの靴と石畳は相性が悪い。

 それでも無心で走っていれば、大きな屋敷が見えてきた。


 あれは確か、革命時にゲオルグを助けてくれた辺境伯の邸宅。あそこまでたどり着ければ何とかなる……!



 というところで、転んだ。



「んぶぅっ!」


 前のめり、額を全力で打った。

 鼻筋を血が伝う。


 そして、後ろから近付いてきた外套の男に服の背を思いっきり引っ張り上げられた。


「じゃじゃ馬が、手間をかけさせおって」


 別の外套の男たちも次々に集まってくる。


「殺さず連れていけばいいんだろう? 足を切り落とすか」

「なんでこんな娘を捕まえる必要があるんだか」

「今上帝を呼び寄せるためだろう。あれは()()()()だから―――」


 聞こえてくる内容からして、男たちが誰かに雇われた下っ端だというのは間違いがない。

 もうちょっと情報収集したい気持ちもあったけど、我慢の限界だった。


 渾身の力で振り返る。

 ビリと服が破れる音がした。それでもかまわない。


 今の私は、猛烈に怒っている!


「うるさい!」


 さっきまで私を引っ張り上げていた男に、振りかぶってから頭突きをくらわせた。



「ゲオルグのこと生き残りって呼ばないで!」



 頭頂部が男の顎部にめり込む感触。額に滲んでいた血がさらに広がり、流血で片目が見えなくなった。

 そしてもう片方の目で捉えたのは、貴族街の坂下から全速力で走ってくる巨漢。


 バルドルだ。


「母上から離れろ、下賤の者ども」


 彼がそう言い、背負った鉄球を放つ。

 外套の男3人が吹き飛んだ。


 横から近づいてきた男が幅広の剣を繰り出すが、一回転したバルドルが遠心力で鉄球を剣身に当て、弾き飛ばす。そこから深く一歩を踏み込んで、柄の部分で男の下腹部に強烈な一撃を加えた。


 戸惑っていた2人をさらに鉄球で地面に潰したところで、残りの数名が逃げ出した。私は慌てて「追ってちょうだい」と頼んだのだが、バルドルは穏やかな目で首を振った。


「私の役目は母上を守ることです。今のあなたから離れることはいたしません」


 バルドルを追いかけるようにして帝都の憲兵が現れた。

 バルドルが「あの男たちを追え」と指示すれば、憲兵たちは坂の上へと消えていく。


 私は安堵の息を漏らした。と同時に、額の痛みが戻ってくる。


「いった……」


 バルドルが私の前にしゃがみこんだ。

 目線を合わせ、彫刻のような顔を歪ませる。


「申し訳ございません。母上をこんな目に遭わせるなど、私の怠慢です」


 彼は何を思ったのか、自分の白いローブの裾をブチリとちぎった。


「じっとしていてください」


 バルドルが裾の布地を私の額にあてがう。

 伝う血が、白い布地に吸収されていった。


「本当は舐めて差し上げたいのですが、陛下の怒りを買いそうなので」

「やめて。舐めるのは絶対にやめてね」

「今は応急処置しかできず。不甲斐ない私をお許しください」

「いいのよ。だって私のことを守ってくれたじゃない」


 バルドルはかつて――ゲオルグに命令されたとは言え――フライアに危害を加えた男だ。


 それもあって若干警戒をしていたけど、倍以上ある体格の彼が縮こまって必死に血を拭っている様子に、私はなんだかおかしくなってしまった。


 肩の力が抜けた私は、バルドルの支えで立ち上がり、馬車へと向かう。


「ギンコ伯爵は今回の襲撃に関わっているのかしら」

「私はそのように思いますが、証拠を見つけるのは難しいでしょう」

「そうよね。知っていたのか、それとも知らずに利用されただけなのか。なんとも判断が難しいところだわ」


 襲撃した過激派はどこの誰に雇われたのか。私のことをどこへ連れていこうとしたのか。

 憲兵が掴まえてくれたらそれらも聞き出せるのかもしれないけど、今頃はうまく逃げおおせているだろう。



「母上。こんなことになった後でお渡しするのは恥ずかしい限りですが」


 バルドルの差添えで馬車に乗り込んだ私に、義理の息子が突然、花の髪飾りを差し出した。


「これは?」

「今回、お助けするのが遅れたのはこれを街で購入していたからです。……母上が私の母上になってくれた記念にプレゼントをしたかったのです」


 伯爵夫人を送り届けたことがこんな結果を招いてしまって、どこか落ち込んでいた私をなぐさめてくれたのは、綺麗な銀細工の存在だった。


「……あなたもゲオルグも、本当に不器用ね」


 ズキズキとした頭を抑えながら、苦笑いせざるを得ない。

 筋骨隆々の息子は、義父同様に感情の取り扱いが拙いようだった。


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