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63、 最低最悪の助言

 パパたちとのディナーが終わり、私はグナーや皇宮の侍女を連れて寝室に向かっていた。

 ゲオルグはまだ公務が残っており、後から戻るそうだ。


 出版室のスタートは課題山積だったが、やりがいもあるし、何より論文出版を実現できると思えば苦にはならない。

 初日の嬉しさを噛みしめながらグナーと談笑をしていたのだが、そんな私の背中に声をかける人がいた。


「フリッカ、ちょっといいかな」


 食堂から追いかけてきたヴェーリルが廊下を走ってくる。


「論文の件でどうしても今日、話がしたくて」


 ヴェーリルは明日、いったん領地に戻るとのこと。


 急遽行き先を変更し、皇妃の私室に彼を招き入れた。


 部屋の中に男性を入れることはゲオルグに禁止されているが、グナーもいるし、ヴェーリルなら大丈夫だろう。


「で、話って何?」


 私は身を乗り出す。


「コロンナ氏が言っていた3つの条件について、私なりに思うところがあってさ」

「あれね。なかなか難しいわよね」

「いや。それが簡単にクリアできるんだ。たったひとつ、あることをすればね」


 ヴェーリルがすまし顔で言うものだから、逆に私は変な顔になった。


「からかうのはやめてよ」

「本気だよ」

「あなたの本気って冗談と区別がつかないのよ」

「失礼なことを言うね」


 と本人は言うが、気分を害された雰囲気は皆無だ。

 そんな美味い話があるわけがないと思いながらも、ヴェーリルの言葉を待つ自分がいる。



「話は単純だ。ニブルヘイムにスポンサーになってもらえばいい」



 全く単純ではなかった。


「いや……何言ってるの? 殺されるわよ」

「可能性はあると思うよ。君が転生者だと知られなければね」


 正面から彼の目を見つめる。嘘を言っているようには見えなかった。


「今の大陸に食物学や言語学があるように、かつての大陸には科学というものがあった。彼らは純粋に大陸の安寧を考えている科学者の集団なんだ」

「カガクって聞いたことがないわ。何それ、どんな学問なの」


 思わずテーブルを叩いた。

 石碑上でも伝承でも、そんな言葉は聞いたことがない。


「話が脱線するから科学の説明は省略するよ。とにかく、いろいろあって過去の大陸が使えなくなってしまったから、ニブルヘイムの学者たちは人類が生存できる土台を作り続けてきたんだ」


 話が脱線、で終わらせないでほしい。

 過去の大陸が使えなくなった? 土台を作り続けてきた?

 一体どういうこと!?


 全部が全部、未知の話題。どうしようもなく興奮してしまう。


 そわそわしながら立ち上がり、彼に向かっていっそう身を乗り出れば、ヴェーリルが「やめてくれないか」と気まずそうな顔をした。


「顔が近いよ。皇宮で君とキスをしたら命がない」


 恥ずかしくなって椅子に戻る私。


「話を戻すよ。彼らは、人々が安全に暮らす土台を運営することを第一に考える。つまり、その目的を阻害しなければ君は敵とはみなされない」

「分かりやすい説明をありがとう。確かに、これまで聞いてきた話とも一致するわね」


 ヴェーリルの発言で腑に落ちる点は多い。


 帝国建国やヤルンヴィット神興国への7日間侵攻といった一連の行動は、「大陸の安寧」という行動原理に当てはまる。

 一方、島国の船乗りに対する親切は、少し浮世離れしている。


 学者って純粋というか、学問に没頭しすぎて感情をどこかへ置き忘れてきた人が多いのよね。

 今日、初めてニブルヘイムの人々に少しだけ親近感が湧いた。


「彼らにとって、君の論文が有益だとみなされればスポンサーになってくれるだろう」


「どう説明したら有益って判断されるのよ。無理筋じゃない?」


「未だ世界樹<ポンプ>は動いているとはいえ、堕ちた森に沈んでしまった。これからの地盤の問題もある。彼らは彼らで新たな安寧を考える局面に来ているはずだ」


「やはり世界樹<ポンプ>は故障しているのね。おそらくヤルンヴィットが乱暴な使い方をしたからだろうけど、現状の世界樹<ポンプ>はどんな状態……いや……それはヴェーリルに聞いてはいけないんだったわね……」


 自分自身で課した制約のせいでドツボにはまり、くねくねと身を捻じる。

 質問したいが、出版室の同僚である彼には第三者でいて欲しい。


 ヴェーリルは目を細めている。


「新たな大陸の安寧に人類自身が一歩踏み出す。その一助になると説得できれば、ヒアリングも可能になると思うよ。ニブルヘイムから命を狙われる心配はなくなるし、対価も得られるはず」

「なるほど、新たな安寧の形を提案するのね。それはありかも」


 逆転の発想だわ。

 それならばパパの条件を全てクリアすることができそう。


「でも、説得するにせよどうやって彼らに会えばいいのかしら。ニブルヘイムは鎖国状態。いつどこで会えるのかなんて誰にも分からないわ」


 東端にある山と崖に囲まれた国にたどり着く方法は皆無と言われている。


 諸島国家の船に乗せてもらって海上から見張るとか?

 何年かかるんだろう。


「……それもまた、ひとつだけ確実な策があるんだけどね」

「あなたって魔法使いなの?」


 もしくは詐欺師かしら。

 だって同じ転生者とはいえ、彼がここまで親身になってくれるとは思っていなかったんだもの。


「でも、これを提案したらフリッカに嫌われるかもしれない」

「提案だけならタダよ。言ってちょうだい」

「怒らないかい」

「怒らないわ」

「君にとって一番大切な人を(おとり)にするんだよ」


 大切な人。


「……ゲオルグ?」


 囮にするってどういうこと?


「祭祀場に書かれた文字の意味は旦那様に聞いたんだろう?」


 皇宮地下にある虹の祭祀場。

 私がヤルンヴィット古語に触れて倒れた、あの部屋だ。


「あの部屋に陛下を連れていけば、皇宮地下の機器が作動する。そうしたらニブルヘイムに即座に伝わるはずだ。世界樹<ポンプ>が動いたってね」


「……ゲオルグを使ってニブルヘイムの連中をおびき寄せるということ?」


「そうだよ。そしてそれはヤルンヴィットの生き残りである君の旦那様にしかできないことだ」



 衝撃的な新事実と、最低最悪の提案がいっぺんに飛び込んできた。


 ゲオルグが世界樹<ポンプ>を動かせるという事実。


 そして、ヤルンヴィットの動きを監視しているニブルヘイムを、ヤルンヴィットの血を囮にしておびき寄せるという危険極まりない方法。


 ゲオルグの血筋と論文の出版条件が、こんなところで関係してくるなんて思わなかった。



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