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60、

 あらかた片付き、私とヴェーリルの執務机が置かれた出版室。

 部屋の片隅では、行政府から出向した役人がバナヘイムの出版物に目を通している。


 一方の私はと言えば、目の前にいるパパとヴェーリルを前に、軽く弁舌を披露していた。


「どうしてフリッカは論文を出版したいんだい?」


 ヴェーリルが腕を組んで質問する。

 私は頭の中で言葉を整え、はっきりとした口調で彼の問いに答えた。


「世界の真実を多くの人々に伝えたいから」

「世界の真実って?」

「『世界樹が人間を産んだ』という創世神話が嘘だってことよ」


 創世神話とは、この大陸に住む全ての人が幼い頃から聞かされ親しんできたお話。

 内容は、以下の通りだ。



 ◆



 ずっとずっと古い時代。

 世界には陸も海もなく、たった1本の大木――“世界樹”のみがあった。


 世界樹の上で生まれた生き物は、世界樹の実りを食べて成長した。


 しかし、増え続けた生き物によって過剰な栄養を吸い取られた世界樹は枯れてしまう。



 世界樹が朽ち、実を得られなくなった生き物たちも次々に死んでいった。

 この生き物たちの(からだ)が大陸をつくり、生き物たちの血が海をつくった。



 朽ちた世界樹は深い深い底へと沈んでいった。

 これが、大陸中央に開いた巨大な穴――“堕ちた森”である。


 枯れる前の世界樹が最後に生み出したのが人間だった。

 人間は長い年月をかけ、堕ちた森の周囲に国家を作った。



 ◆



 神話が語る通り、この大陸の真ん中には海よりも低く陥没した大穴が開いている。

 その巨大な穴を巡る形で各国が配置されており、大陸と“堕ちた森”の間には途方もない断崖が続く。


 “堕ちた森”の底には枯れた世界樹の残骸とともに、人が生きられない闇の世界が広がっているとされていて、これまでも落ちた人間が戻ってくることはなかった。


 だが、前世の私が大陸にわずかに残る文献や石碑、伝承をかき集め推測したところによれば、穴の下に広がっているのは闇の世界ではなく原初の大陸であり1枚目の地盤。

 通称“超大陸”と、真紅に染まった鉄の海が広がっているのだ。


 今私たちが立っているのは、10枚目の大陸と考えられている。


 そして、10枚もの大陸を作り出してきた原動力が、世界樹に模された熱動力移送吸引機器<ポンプ>が引っ張り上げてきた熱動力である。



「超大陸やポンプの是非はいったん置いておくとして」


 ここまでを簡単に語り終えた私に、ヴェーリルが口を開く。


「その見解を世間に突きつけるのは、人々を混乱に陥れることにつながらないかな? 私の見る限り、大陸の人々は世界樹の真実なんて知らなくてもそれなりに暮らしていると思うけどね」


 ヴェーリルが強烈な皮肉をはなってきた。

 その役回りはパパだけだと思っていたのに、強力な2人目の攻撃役の登場にたじろぐ。


 私は口元に手を当てて、しばし考えた。

 ここで目的を明確にしておくことが良い論文を生むのだというのは、前世の執筆活動でも理解している。


「二つの事実を知った上で、人々が私の意見を否定するなら構わないわ。一方の情報だけが伝えられているのはフェアじゃないってだけよ。誰かの意図の上に成り立っている状況なら、特にね」

「フリッカらしいね」

「埋もれていた情報を公にして、社会に供するのが学者の役目だと思うの」

「なるほど。じゃあ私の知っている真実もぜひ論文に取り入れてもらいたいね。まず、熱動力移送吸引機器<ポンプ>については―――」

「ヴェーリル、待ってちょうだい」


 意気揚々と語り出した彼を、私は制した。


「仮にあなたがニブルヘイム人の転生者だとしたなら、あなたは仮説の答えを知っているわけよね?」

「そうだね。信じてくれるかはともかくとして、君の問い全てに答えることはできる」

「やめて」


 ぶんぶんと首を振る。


「私はあくまでも自分で証拠を集めて答えを探したいのよ。ヴェーリルには私が明らかに間違った論を展開したときや、証拠が不足した状態で結論を急いだときに指摘をしてほしい」


 誰かの意図で導かれた答えには価値がない。

 それは論文とは言えないと思う。

 だからヴェーリルにはあくまでも一歩引いた状態でアドバイスをしてもらいたかった。


「ふうん。私は答え合わせ要員というわけか」


 ヴェーリルが興味深そうに笑う。スタイルの良い彼は、足を組み替えるだけでもさまになるのが癪だった。


「いいよ。そのほうが私も好都合だ。私がどこまで真実を知っているのか、誰に聞かれているとも知れないからね」


 そういって彼は室内を見渡した。

 ヴェーリルが転生者であることが知れれば、その記憶を悪用されるのを恐れたニブルヘイムに排除される可能性はある。


 まあ、その危険は私にも当てはまるのだけどね。


「じゃあ、論文の内容については僕が代わりに聞こうかな」


 待ってましたと言わんばかりにニコニコ顔のパパが手を上げた。


「フリッカの言う真実とやらを隠していたのは誰なの?」

「当然、ニブルヘイムよ」


 パパは無言で頷く。続きを促しているのだ。


「もともと世界樹<ポンプ>を生み出したのが、高度に発展した技術を持つニブルヘイム人だった」


 彼らの技術がどれだけすごいのか。

 私たちがその全てを把握することは困難だけど、その末端を垣間見ることができるのが、諸島国家の船乗り・エフトリ氏の証言だ。


「ニブルヘイムは自分たちの技術の一部だといって回転羽根(タービン)で動力を生み出す軍艦を提供した。さらに、未来予測ができるほどの知恵を祭司(ドルイド)に渡している」

「まるで神さまみたいな人たちだね」

「私もそう思う。その神さまたちからポンプの主導権を奪ったのが、ミドガルズ帝国の前身であるヤルンヴィット神興国だった」


 ヤルンヴィット神興国。

 通称・鉄の森。


 1000年前に存在したその国家はニブルヘイムと同様、超文明を持ち、街も人も兵器も、そして大気でさえ鉄でできていたとされる。


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