58、
フリズスキャルブ城での滞在期間が終わる。
ついに明日は、皇宮へ帰る日となった。
私とゲオルグは、寝室で最後の夜を迎えていた。
天蓋付きベッドで2人で横たわり、大きな布の下、顔を寄せ合って会話を楽しんでいる。
「楽しかったね」
「ああ」
「ハーブのソース、美味しかったな」
「皇宮の料理人に作ってもらえればいい」
「そうね。サニーベリーを多めにしてもらおう」
「皇宮に戻っても、またフライアに嫉妬するなよ」
「しないわよ!」
「ヴェーリルとの距離も考えろ」
「彼にやましい感情はないわよ。出版室の件も快く応じてくれたし、頼りになる同僚だわ」
「君がそれを本気で言っているんだから油断ならないんだよな」
「どういう意味?」
「気にするな。不埒な言動があれば処罰の対象にするだけさ」
「怖いわよ」
「寝台で別の男の話をするのも不快だから、あいつの話はここまで」
「だから、どういう意味?」
「そうだ。すでに内々に話を通してはいるのだが、出版室にはバナヘイム大の講師を招聘しようと思っている」
「とてもいい考えだわ」
「帝国の言論はあまりにも未成熟だからな。ここは先達の力を借りよう」
「ねえ、ゲオルグは『ネルトゥスのことば』っていう童話を知っている?」
「知らんな」
「ハートマー聖王国時代に処刑されてしまった魔女の話なの」
「ハートマーというと、800年くらい前の話か。エインヘリヤルのあたりに存在した王国だな」
「そう。そのネルトゥスが転生者なんじゃないかって思ってて。伝えられている言葉の内容が明らかに世界樹<ポンプ>を指しているのよ」
「ほう」
「私ね、各地の童話や伝承の中で転生者の発言と思われるものを集めた、新しい一節を作りたくて」
「フリッカ」
「転生者が存在したということは、世界樹<ポンプ>が記憶保持タイプの人型兵器を作り出していた仮説を強めることに」
「フリッカ。あまり範囲を広げすぎるな」
「ゲオルグ?」
「君の論文は現時点でそれなりに刺激的な内容になっているんだ。まずは『世界樹は創世神話通りの“樹”ではなく、人間が作り出した装置だった』ことを立証するだけで十分だろう」
「確かに」
「論文は一回出して終わりじゃない。内容が不足したり仮説が変わったりしたら、また書けばいい。そのあたりもバナヘイムの講師に相談したらいい」
「ふふふ」
「どうした」
「ゲオルグは変わらないなあって思って。大学時代も、そうやって私が行き詰ったときにアドバイスしてくれたよね」
「そうだったか?」
「翌日までに仕上げないといけない論文があって、私が徹夜で調べものをしていたとき、ゲオルグがうちに泊まって一緒に調べてくれたのを覚えてるわよ」
「懐かしいな」
「懐かしいね」
「あのころが一番幸せだったな」
「今だって楽しいじゃない」
「そうだな」
「ゲオルグはさ、長生きしたいんでしょ。だったら将来の夢を持つといいんじゃないかしら」
「夢か」
「そう。退位したらやりたいこととか」
「まさかこの年齢になって夢を持てと言われるとは思わなかった」
「やりたいことがあったほうが張り合いが出るでしょ」
「学問かな」
「あら、奇遇ね。私と一緒」
「俺も、君やコロンナ先生のように学問に携わりたい。本を読んで、学んで、執筆して」
「じゃあ私とゲオルグは、夫婦でもあり同じ夢を持つ仲間でもあるわけね」
ゲオルグが、顔を近づけてきた。2人の額がくっつく。
「やはり君は、俺の人生に色彩を与えてくれる人だ」
「大仰ね」
「俺が未来を望むなんて、自分でも、思わなかったんだ」
私は皇宮に来た当初、そうしたように、ゲオルグを胸いっぱいに抱きしめる。
今度は視線も泳がない。
だってもう夫婦だから。
「これからの長い時間、一緒に生きましょう」
「ああ」
「それと、」
「何だ?」
「覚悟が、できまして」
「覚悟? 何の話だ」
「包囲戦用大型弩砲を受け止める勇気っていうか」
「弩砲……? 」
「つまりね」
私は掛け布の中でもぞもぞしながら、言った。
「今日の夜の時間を、あなたに」
これにて『監禁ハネムーン編』は終了です。
次から最終章の『出版立志編』となります。残った謎や2人の関係、いろいろとクライマックス展開を迎えるのでこちらも読んでいただけると嬉しいです。
ちなみにクソデカバリスタの結末というか……おまけです。
監禁ハネムーン編・夜の部(リンク先は大人向けなのでご注意ください)
https://novel18.syosetu.com/n3252js/




