54、 監禁ハネムーン
二人がイチャイチャしてるだけのハネムーン編。全5話ほどの予定です。
私とゲオルグは無事に夫婦となった。
婚儀はだいぶ省略したものの順当に行われた。
ただし、虹の祭祀場での儀式は全部カット。世界樹<ポンプ>の影響で私に何かあったら困るのはもちろんだが、ゲオルグの強い意向もあった。
「あんな場所ですませるのは風情がない」
目が点になる。
「おじさんに風情とかあるんですか!?」
「失礼なことを言う。好きになった女性には紳士的に振る舞うだろうが」
私はその場に勢いよく倒れて天を仰いだ。
灼熱の時間が過ぎれば少しは冷静に考えられるようになった。きっとゲオルグは私に気を使ってくれたんだろう。
確かにまだ、覚悟はできていなかった。
婚儀が終わって数日。
私とゲオルグが皇宮の私室でお茶をしているときに、キノコカットの大家令――帝国の大臣である――フギン・ムギンが一礼をして入室した。
「今日の政務は全部済ませただろ」
キノコを見るなり、ゲオルグがうんざりした様子で確認する。
「御意。都市連邦バナヘイムのコロンナ国家最高顧問からのお手紙が届きましたのでお持ちいたしました」
「コロンナ先生から?」
「パパ?」
北方にある大陸最大の国家・都市連邦バナヘイムは前世の私が生まれ育った国だ。帝国よりも文化文明が発展し、議会政治が行われている。
かつてゲオルグはバナヘイムの大学に留学し、そこで私と知り合った。
前世のパパであるステファーノ・コロンナはもともとバナヘイム軍の大将だった。退役して趣味で学問を嗜んでいたのだが、15年の間にまた国に呼び戻されたようだ。
今は顧問として国政・軍事問わず助言を行っているらしい。
前世で我が家に通っていたゲオルグは“バナヘイムの英雄”と称されたパパに槍の稽古をつけてもらっていたため、今でもパパのことを「先生」と呼ぶ。
紅茶を飲み干したゲオルグはおもむろに手紙を手にした。文字に目を走らせていた彼が漏らしたのは「ほお」という驚嘆のため息。
「やはり先生は素晴らしい方だ」
「何? パパはなんて言ってきたの?」
ゲオルグは無言で手紙をよこした。私も急いで目を通す。
◆
改めて結婚おめでとう。
そして愛しい娘と再会させてくれた奇跡に今も感謝しています。
(大幅に中略)帝国の国政が恐ろしく未熟なのは君の手腕をもってしても一朝一夕には解決しないだろう。だからといって娘を悲しませたら承知しません。結婚したばかりなんだからせめてハネムーンくらいは行きなさい。
バナヘイムの役人を100人出向させますので使えない帝国役人の代わりにしてください。(大幅に省略)またフリッカに会いたいです。
◆
ものすごく傲慢な手紙だ。そういえばパパは笑顔で辛口を吐く人だった。
ゲオルグも肩をすくめている。
「フギン」
「すでにバナヘイムから早馬が届いています。明日にでも役人の群れが帝都に到着すると」
動きが早い。軍隊かな。
「ここは先生のお言葉に甘えさせてもらうとするか」
どういうことよ、と問い質そうとしたらキノコに先を越された。
「僭越ながらそれが良いかと存じます。バナヘイムの方が来られるのであれば行政の停滞も緩和されましょう。今陛下に辞められても困りますので、存分に夫婦仲を深めていただきたい」
キノコはまばたきひとつせず早口で言った。
「とはいえバナヘイムの長官はやり手だからな。帝国の情報が吸い取られないよう、役人たちも無難な部署に配置しなければならん」
「承知しております。それは良きように」
「ならばフリズスの城へ行くか。あそこならばゆっくりできる」
「ちょ、ちょっと待って。旅行へ行くの?」
私はゲオルグとキノコの会話に割り入った。
ハネムーンって新婚夫婦の旅行よね?
ってことはいろいろな場所に行けるってことでしょ。どこまで行くのかしら。
特に帝国東部や南部には未開拓の遺跡も多くて、ゲオルグと一緒ならすごく楽しい――決して古語の解読を手伝ってもらおうなんてやましい気持ちがあるわけではない――はず。
「旅行先はどちら?」
「南部にある皇族の静養地に行こうと思っている」
「素敵ね!」
「2代目皇帝ミッドガルド2世が建てた居城が放置されている。取り壊そうと思ったが、今回の目的地にはぴったりだ」
「そこを拠点にハネムーンを満喫するってわけね」
「ああ。ちなみに城のある村周辺に出るのはかろうじて許容範囲としても、どこかへ行くのは許さんからな」
「おっ?」
突然の展開にうろたえる私。頬杖をついた夫が、とっぷりといやらしい顔を向けてくる。
「城にこもるぞ。外出なんて許すものか。君はまた一人でどこかへ行こうとするだろうから」
「おー……?」
そりゃあ私もゲオルグと一緒の時間を過ごしたいけれど、なんだかそれって。
「ハネムーンっていうの?」
「どれだけ君に苦労させられたと思ってるんだ。少しばかり監禁したって構わないだろ」
「監禁」
言葉のチョイスが物騒ね。
ゲオルグの重たい感情に視線を彷徨わせていると、わざとらしい咳払いが聞こえてきた。キノコと目が合う。
「神妙にしろ。陛下のためだ」
こいつ……。ゲオルグを辞めさせないために私を生贄に差し出したな。
「城はいつから使えるんだ」
「手は入れてあるので、すぐにでも」
「分かった。連れて行く衛兵と使用人は最低限でいい。滞在中はゆっくりと過ごしたい」
「懐古主義派の動向も気になりますゆえ、近衛特兵はお連れください」
「できるだけ俺とフリッカの時間を邪魔されたくはないが……まあ仕方ない」
ゲオルグの意向を受けたキノコは一礼して皇帝の私室を去っていく。その足取りには喜びがあふれていた。
ゲオルグのご機嫌取りができて一安心ってところかしら。
二人になった私室で、席を立ったゲオルグが私の頬を両手で包み込んだ。
「ようやく君との時間を作ることができる。待たせたな」
「監禁って言うのが解せないけど、ゲオルグとのハネムーンは楽しみね」
彼の両手はそのままにさせた。
最近はこういうスキンシップにも慣れてきた。
前よりは倒れる頻度も減ったと思う。
「一緒に散歩したり、本を読んだり、ゆっくりご飯を食べたいわ」
「ああ、そうだな」
「論文の構想もね、聞いてほしいの」
「分かった」
「あとはあとは……」
「フリッカ」
耳元で囁かれるバリトンボイスに、ゾクリとなった。
彼を見返せば、視線がいつもよりも鋭いことに気付く。
その険しさは敵意ではなくて、もっと別のもの。
「楽しみにしている」
城に二人っきり。
結婚したばかりのゲオルグと二人。
――やっぱり私には覚悟が必要みたい。