53、 トラブル終わりにサプライズ
帝都アースガルズの大通りを、帝国軍騎馬楽隊がさまざまな楽器を鳴らしながらパレードしている。
騎馬隊に先導された祝賀用の馬車の上に、私とゲオルグが立っている。
私はゲオルグの腕に掴まり、もう片方の手で観衆に手を振った。トネリコの花があしらわれた花嫁衣裳の裾を持っているのは、涙で濡れた笑顔を見せているグナーだった。
途中、市街に設置された来賓用のスペースにいる両親と目が合った。私が思い切って手を振ると、パパもママも泣き出した。
「フリッカ! どうか幸せになってね」
今は言葉を返すことができない。代わりに私は力強く頷いた。
パパ、ママ、ありがとう。
今まで育ててくれて感謝しています。
純白のドレスにを身を包んだ私を見下ろすゲオルグは、テューリンゲン公爵邸の舞踏会と同じ白の宮廷服を着ていた。そして、トレードマークになった丸眼鏡。
彼いわく「これがないと落ち着かない」とのこと。これからはずっとかけ続けるそうだ。レンズの厚さ、合っているのかしら。
「綺麗だ」
いつもは報告を上げる官僚たちを険しく見つめる皇帝の目元は緩んでいる。
「昔も綺麗だったが今も綺麗だ。特に今日は最高だ」
“昔”とは前世のことを言っているのだろう。
ベタ褒めに頬が熱くなるが、私も胸を張って言い返してやる。
「私の旦那さまだって最高に格好いいわ」
癖のある笑い方、ちょっとだけ悪い目つき。そこらへんにいる同年代の男性にはない知性と色気。とにかくゲオルグは格好いい。
あんまり言うと調子に乗りそうだから、普段は控えているけど。
「ふん。君も物好きな奴だな。――さあ、もう少しだ」
差し出された手を取り、私は微笑んだ。再び観衆に向かって手を振る。
このパレードが終わったら、私とゲオルグは正式に夫婦となる。
◇
結局、ゲオルグは退位しなかった。
本人は退位する気満々だったのだが、フギン大家令の必死の慰留によって「あとちょっとだけ」皇帝を続けることになったそうだ。
とはいえ帝国の内政は安定せず、今投げ出せば人々が困るのは必定。ゲオルグもそれなりに考えての決断だったのだろう。
帝都を一周したパレードの馬車が皇宮ドラウプニルに到着する。
これから来賓とのパーティーが控えているため、私とゲオルグはお色直しをしなければならない。
控室に向かう途中の廊下。ゲオルグは控えめな声で告げた。
「そういえば、エルム家三男は釈放したぞ」
「本当!? よかった」
ヴェーリルの無事を聞いて、私は胸をなでおろした。
「ヴェーリルには反間(※)になってもらう。今後彼がどう立ち回るかで彼とエルム家の未来も変わってくるだろう」
結局泳がせるのね……。
でも、今回ばかりはゲオルグの判断に賛成だった。ニブルヘイム人の転生者である彼がどういう選択を行うのか、私も見届けたい。
「そして俺としては大変に不本意だが、彼を行政府の外局に置く新たな部署“出版室”に付けることにした。監視の意味も込めてな」
「出版室」
初めて聞くが、なんとも胸が躍る部署名だ。
「帝国における言論・書物出版に関する政務を司る部署だ。……君も、そこに配属する」
「私も?」
「皇妃が職務に就くなど前代未聞だが、こうでもしないと君はおとなしくしないだろうから」
私は飛び上がってゲオルグの頬にキスをした。髭がチクッとしたけど、嬉しすぎて気にならない。
「ありがとう! ゲオルグ、大好き!」
「まあ、その前に君には夫婦生活でいろいろと頑張ってもらわないといけないからな」
「ん? 頑張るって、何を………?」
カツン。
杖の音がした。
キノコかと思ったけど違う。
皇宮の廊下を歩く私とゲオルグの前に、他国の来賓が姿を見せたのだ。
来賓の肩にかかる外套に描かれているのは、3つの都市を象徴する3分割の円と、その上にシンボライズされた本とペン、剣のマーク。
大陸最大の国家・都市連邦バナヘイムの国章だ。
私は慌ててドレスの裾をつまみ、頭を下げた。
来賓の男性からおっとりとした挨拶が届く。
「ミドガルズ大帝国第11代皇帝陛下。このたびはお招きいただきありがとうございます」
ゲオルグが返す。
「こちらこそ、遠路はるばるお越しいただきありがとうございます。コロンナ国家顧問」
――コロンナ、国家顧問?
私が失礼と承知しながら顔を上げるのと、ゲオルグが言葉を続けるのは同時だった。
「……お久しぶりです。先生」
立っていたのは、杖をつく中高年の男性だった。
ただ、杖にはほとんど意味がない。背はまっすぐに伸び、細いながらも体幹はしっかりしている。瞳も惑うことなくゲオルグを見据えていた。
礼服を着たステファーノ・コロンナは、私の記憶と寸分たがわぬ笑顔を見せた。
『おいでフリッカ。本を読んであげよう』
私は感極まって何も言えない。
前世のパパは何も変わっていなかった。
確かに顔を見れば年を取ったなとは思うけど――おそらく今も槍の訓練を続けているのだろう――長い年月の隔たりを感じさせなかった。
「久しぶりに連絡を寄越したと思ったら、まさか結婚だなんてね。手紙を見て腰を抜かしたよ」
「俺自身も驚いていますよ」
「ゲオルグと結婚する物好きはうちの娘くらいだろうと思っていたけど……。ずいぶんと可愛らしい皇妃様だね」
パパと目が合った。髪の色と同じ赤みがかったブラウンの瞳が細められる。
対して、泣くのをこらえる私は顔が歪む。
「お名前は、フリッカと言うそうだね」
ドレスの裾を掴む拳に力が入ってブルブルと震えた。そんな私の肩に、ゲオルグが手を乗せる。
「フリッカ、済まない。俺の独断で先生には全て伝えてあるんだ」
「全てって……何のこと」
思考力が落ちた今の私にとって、精一杯の疑問だった。
「論文も、読んでもらった」
論文には“転生”のメカニズムが記してある。
この世界に転生者と呼ばれる人が生まれる理由も。
つまり。
その意味を理解した私は、目を見開いてゲオルグを見る。彼も泣きそうな顔をしていた。私は意を決して北方の国家から訪れた来賓に視線を戻した。
パパが、目元の皺をくしゃりとゆがめる。
さっきまでは若々しかったはずなのに、そのときだけ15年の年月を感じさせるしゃがれ声になった。
「結婚おめでとう、フリッカ。ずっと君にこの言葉を贈りたかった」
反間(※)……敵陣営に入り込むスパイ
「結婚トラブル編」はこれにて完結です。お読みいただきありがとうございました。
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次は「監禁ハネムーン編」になります。ひたすらフリッカとゲオルグしか出てこないアレな話です。もしよければこちらもお付き合いください。