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38、 ヴェーリル

 あの日、幅広の剣で私を殺そうとした男たち。

 彼らとともに姿を消したヴェーリルがどうして皇宮にいるの?


 ゲオルグは明言しなかったけど、エルム公爵家が過激派に(くみ)する可能性をほのめかしていた。となれば、人の好い笑顔を見せるこの公爵家三男が、私を殺害しに来た刺客かもしれない。


 あの夜の恐怖がよみがえる。私は息苦しさに見舞われ、知らず胸を抑えた。


「お嬢様。どうされました?」


 グナーが私の変化に気付いた。

 だが彼女はヴェーリルの顔を知らないから、目の前にいる貴族が異変の原因だとは分からない。


 一方のヴェーリル本人は、その気配を敏感に察知したようだった。

 私の様子を見た彼はすぐに明るい笑みを消し、居住まいをただす。


「私は言葉を間違えたな。……フリッカ嬢、あなたを怖がらせるつもりはなかった。申し訳ない」


 彼の表情には悔恨のようなものが見て取れた。


「今すぐにあなたの誤解を解くことは難しいかもしれないが、私はフリッカ嬢や陛下の敵ではないよ」


 そんなこと言われても。私はヴェーリルから距離を取る。


「じゃあ、どうしてあの日、庭園からいなくなったの?」


 ヴェーリルは唸った。そしてチラリと衛兵に視線を送る。


()()を追ったんだよ。我が領地にけしからん輩が潜んでいることは把握していたからね」


 けしからん輩、とはあの日私を襲った男たちのことだろう。

 表現をぼかしているのは衛兵の前だからかもしれない。


「エルム領は広大で、さまざまな立場の人間がいる。今日は()()に関する情報提供をするために、陛下主催の軍事府会議に呼ばれたんだ」


 ヴェーリルはいったん言葉を区切ると、衛兵と私の顔を交互に見た。


「フリッカ嬢は、地下に用事が?」

「あ、えっと……」


 どう答えようか。ヴェーリルが信用できる人物かどうかはまだ分からない。でも、この場を乗り切らないと部屋に連れ戻されてしまう。


 階段を守備していた衛兵が口を開く。


「ヴェーリル様、この者たちとお知り合いですか? 失礼ながら誰何(すいか)を行いたく」


 ヤバい。沈黙が続いたことで逆に不信感を抱かせてしまった。

 内心冷や汗をかく私。

 だが、腕を組んで考える仕草を見せていたヴェーリルが予想外の言葉を告げた。


「いや、私も地下に用事があったのを思い出した。彼女たちと同行するから問題ない」

「は?」

「え?」


 衛兵と私が同時に声を上げる。


 この人、ついてくる気?

 ヴェーリルの意図が分からなかった。


「先日も父上の代理で古美術品保管庫を訪れたばかりだ。私が地下に行くのは問題ないはずだが」

「も、もちろんです! が、あの、この者たちはどういった素性の方々で……?」

「私の知り合いだ。さ、行きましょう」


 公爵家の権力を目の当たりにした。強引にもほどがある。

 むしろ私が彼についていって大丈夫なのかしら……。


 こちらの迷いをよそに、ヴェーリルは私の手を握ってスタスタと階段を降りていった。



 ◇



「陛下が正妃を迎えるという話は聞いたよ。あの日は結局舞踏会には戻れなかったから、その相手がまさかフリッカ嬢だとは思わなかったけど」


 ヴェーリルは私の数歩前を歩いている。

 未だ警戒を解かない私に対して背中を見せるのは、彼なりの配慮だと感じていた。


「今上帝ってすごく気難しい方だよね。何度か話したことはあるけどいつも睨まれて終わりだよ。浮いた話もないし女性には興味がないんだと思ってた」


「……あなたは懐古主義派の人間ではないの?」


 延々と喋るヴェーリルの言葉を遮り、私は聞くべきことを聞いた。

 これを確かめない限り、彼が私にとって敵なのか味方なのかを判断することはできない。


「やっぱり気になる?」


 階段下からこちらを見上げる彼の口元には微笑の兆しがあった。


「私は――どちらでもないよ」


 ヴェーリルが語るところによれば、先帝時代のエルム家は純血主義に走り、革命後に処断された者が多く出たという。ただ、ヴェーリルの父である現当主の功績によってお家断絶を免れた経緯があった。


「思想に翻弄された私からすれば、逆に懐古主義や神話というものが興味深くてね。だからご令嬢が書いた論文に強い興味を抱いたんだ」

「ふうん。じゃあ、あの論文出版の約束も出まかせじゃなかったのね」

「信じていなかったの? 本気だよ。心から何かを欲しいと思うのも久しぶりだった。――まあでも、ご令嬢に執着していたのが陛下だというなら手を引いたほうが無難だな。私も命が惜しいからね」


 ヴェーリルの言葉を聞いて、私は目を瞬かせる。

 彼がそこまで私の論文を評価してくれていたとは思わなかった。


 軍事府会議を経て彼が“白”だと認定されたなら、彼に論文の査読を依頼したいと思った。意見をもらって、さらに論文内容をブラッシュアップできるはず。


「ふふふ。語れる人が増えるのは嬉しいことだわ」

「お嬢様」


 後ろを歩くグナーが耳元で囁く。


「お嬢様は婚前の身でございます。軽薄な男性の言葉を真に受けてはなりません」


 軽薄?


「論文の内容を褒めてもらっただけでしょ」


 グナーは残念そうな表情で穴が開くほど私を見つめてくる。

 何よ。


 次いで聞こえたのはヴェーリルの咳払いだ。


「私に非があるのは認めるところだけれど、これでも会議参加の予定を押して付き合っているんだから教えてほしいな。お2人はどうして地下に向かっているの?」


 私は朝に書いた論文と、さきほどグナーに話した内容をまとめてヴェーリルに説明する。ちょうど話し終えた頃に階段を降りきって、皇宮の地下にたどり着いた。


 ひんやりとした空気が肌に触れる。

 真っ黒な床と薄暗い灯りの中、暗記した『誰が作った? 皇宮 <ドラウプニル>』の地図を頼りに虹の祭祀場へと向かった。



「……?」



 途中でふと、小さな違和感に気付いた。

 頭がズキズキと痛み出している。


 ランプのせいかしら。でも他の2人には不調の傾向は見えない。


 そのときは単に、緊張とか寝不足とか、そういう単純な理由からくるものだと思っていた。


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― 新着の感想 ―
どこまでホントの事やら。 フリッカの今後が超心配よ。 でもってラスト……不穏(;゜Д゜)
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