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17、 久しいな

「ねえ、気分転換に庭を散歩しない?」


 窓の外には月が浮かんでいるが、まだそれほど暗い時間でもない。

 学校内は警備兵もいるし、少しくらい散歩をしても問題はなさそうだと判断した。


 久しぶりにざわついている心を落ち着けたかった。

 グナーは静かに立ち上がって「お供いたします」と告げた。



 外の風は少しばかり冷たかったのでマントを羽織る。


 でも、わずかに肌を刺すその心地が今の私にはちょうどよかった。


 帝都の賑わいは静まり返った校庭の中にまで聞こえてきた。

 ただ、見えない壁に遮られてでもいるかのように外界の喧騒とは距離を感じる。


「まったく……不器用な侍女さんね。私があなたをクビになんかするわけないのに」


 ぼそっと呟くと、後ろから付いてくるグナーがかすかに笑った気がした。


「ねえ、もしも……もしもよ」


 いつも寄り添っている侍女に質問をするだけなのに、自分がわずかに緊張をしているのが分かる。


 それだけ、この質問の意味は異質なのだ。


「もしも私があなたと待ち合わせをしていて、私がその待ち合わせ場所に来る途中で……例えば盗人、に……殺されてしまったら、あなたは後悔する?」


 グナーは黙った。


 答えてもらえないのかと思ったが、しばらくして返事が聞こえた。


「後悔します。おそらく一生、私は自分を許すことができないでしょう」


「……それがあなたのせいじゃないとしても?」


「フリッカ様。たとえそうだと頭では分かっていても、人の感情は割り切れないものです。守りたい人を守れないことほど辛いことはありません」


 グナーの痛々しい笑顔は、私の心にも波紋を呼んだ。


 転生なんて突拍子もないことが自分の身に起きて、不満や怒りをやる気に変えてなんとかここまで走ってきた。


 史上初の大発見とされるあの論文を出版するために。

 ゲオルグに会うために。


 走っている間は余裕がなかったのもあって、あえて残された人たちの気持ちは考えてこなかった。


 パパはいつも私が無鉄砲すぎることを心配していた。

 ゲオルグが槍を習ったのだって――彼ははっきりと言葉にはしなかったけれど――、おそらく私を守りたかったからだ。


 私が論文を世に出したいのは、人の暮らしを良くするため。

 神話によって隠されていた本当の歴史を知ることで後世に生かしてもらうためだ。


 でも、そんな私の行動が、もっとも身近な人を縛って苦しめていたのだとしたら―――。



 私は何のためにここにいるんだろう?



「お嬢様」


 グナーが私を呼ぶ。


「ドレスのことはどうなさいますか?」


 その声色や表情から察するに、私が良くない思考に沈んでいくのを止めてくれたに違いなかった。


 ありがとう。

 今はその優しさに甘えることにするね。


「うーん……どうしようかな」


 本音を言えば、再び安い布を探しに行って手持ちの金だけで仕立てたい。


 だけどさっきのグナーの様子だと服飾通りの奥には行かせてもらえそうにない。


 じゃあパパに頼む? ……やっぱりそれは嫌。


 前世では研究を進めるついでに論文を書いて、それを専門誌に載せることでお小遣い稼ぎをしていた。

 今世でもお金が稼げたらいいけど、子爵家令嬢を働かせてくれる場所ってあるのかしら。


「はああああああああ……」


 詰みそう。

 天を仰ぎながら息を吐き出したところに、足音が響く。


 見回りの先生かな、と思って横を見ると、先ほど別れたヘイムダルだった。


 グナーが私の姿を相手から隠すようにして立ちふさがった。


「あっ!? あなた……ヘイムダル」

「夜分に申し訳ありません」

「いや突然現れないでよ、びっくりするじゃない! ……て、えっ、なんで校内に立ち入りしてるの? 警備の人いるわよね」

「……諸事情あって入れていただきました。僕たちは怪しい者ではありませんから」


 だったら堂々と出て来い。

 登場の仕方が怪しさ満点なのよ。


 グナーが懐から短剣を取り出す。


「お嬢様のお知り合いですか」

「んーー……まあ一応」


「彼は今『僕たち』と発言しました。他にも誰かいますね? 気配がします」


 他にも誰か?


「はい。今回は僕ではなく、僕の上官がフリッカ様に用があると申しています」

「上官? あなたはどこかの組織に属しているのね? 危ないところだったら嫌よ。今すぐ警備の人呼ぶから」

「帝国軍です」


 そうだとは思っていたけど、改めて言われると驚く。


 このベビーフェイスで軍人か……。

 一瞬でも子どもだと思ってごめんね。


 でも、


「だったらますます怪しいわ。帝国軍がああいう槍の扱いを指南するとは思えない。あなたの槍術は歩兵を中心とした集団陣形が柔軟に変形できるように考案された型の一種よ」


 騎士の国である帝国が歩兵に特化した稀有な槍術を兵士に教えているとは考えにくい。


 昼間の追及を再開したことで私の闘争心に火がつく。


 いや、つきそうだった。





 それをぶち壊したのは、ありったけの皮肉がこもった一言。






「たかが15歳の子爵家令嬢が、バナヘイム軍槍部隊の陣形を知っているとは妙な話だ」




 私は固まった。



 ヘイムダルは無言で跪く。


 グナーは短剣を構えた。



 ヘイムダルが軍関係者だというのはなんとなく想像がついていた。


 だから“上官”というのは部隊長のことだと思っていたのに。




 なんであなたはいつも、私の予想外のタイミングで登場するの……?




「久しいな、フェンサリル家の小娘」



 というかどうしてここに!?



 本来いるはずがない絶対的権力者がそこにいて。


 私を見下ろしながら笑っていた。



「こ、」

「うん?」

「こうてい、へいか……」


「なんだ、つまらんな」


 第11代ミドガルズ大帝国皇帝は鼻を鳴らした。



「7年前みたいに呼んではくれないのか? ゲオルグ、と」



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― 新着の感想 ―
過去を知るのは大切な事。 だけどそのせいで余計な火種――部族間の憎しみとかまで掘り起こさないためにも、情報の選別はしてね? というか……ヘイルダムにゲオルグ。 常識ってのは常に壊れては生まれ続ける物…
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