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6 数馬の夢 (2)

 数日後、大垣藩小田道場・一刀斎の元に一通の手紙が届いていた、添えられた書状の表には”下”の字があった。

 手紙は江戸詰め主税君世話役・岡本伊織からのものである、内容は家老・渡瀬陣内の陰謀を阻止するべく、主税派勢力の結集を促すモノであった、書状の上意書は、機が熟し事を起こす時のお墨付きである。また、この手紙では江戸での数馬、五郎の働きも知らせていた。

「沙耶!沙耶!良い知らせじゃ、数馬が帰って来るぞ!」

 一刀斎の声に病気のはずの沙耶が小走りで駆けてきた。

「え!?  数馬が?父上、本当でございましょうか!?」

「うむ、まことじゃ、伊織の言葉に嘘は無いぞ」

「ああ、嬉しい、数馬に逢える……、お婆さま、感謝いたしまする!」


 時を少し戻す、数馬が又右エ門を討ったその日である。国元からの刺客は全員捕らえられ、家老の陰謀の証人とした、世話役岡本伊織は数馬と五郎を主税君に目通りさせ、褒美の言葉を頂戴した、その上で国元で最も信頼できる人物、一刀斎へ手紙をしたためたのである。

 そして、その翌日は誠心堂に数馬の姿があった。

「これを宗妙どのに、が又右エ門の最後の言葉でございました」

「ふう、良くは無いでしょうが、正に剣と共に生きたお方でしたなぁ」

「どこで道を誤ったのか、やはり刀に心を奪われたのでしょうか?」

「さて、刀が人の心を奪うとは到底思われませんが、兎角おサムライは難しゅうございます、いや、数馬さまの事ではございませんぞ?」

「いや、宗妙どのの申される通りじゃ、侍は難し過ぎる、江戸の町人の様になぜカラッと生きられんのか……」

「数馬さま、この孫六、確かにお預かりいたします、手前の方で砥ぎ清め、刀匠の元に還してみせましょう、それで又右エ門殿の供養と致しまする」

「うむ、よろしくお願い致す」

「はい、ところで数馬さま、肥前忠吉はもうご不要かと?」

「あいや、これはすまぬ!こちらからお返し申し出るところを……」

「いやいや、そのような剛剣はこの時代には不要なモノにございます、代わりにコレをお持ち下され」

 宗妙が取り出したのは以前又右エ門に見せた備前長船である。

「実は、この長船、お腰の小刀とは兄弟モノにございます、室町古刀、初代長船の名刀……ここに飾っておくよりあなた様にお持ち頂くのが良かろうかと」

「いや、いかん! そのようなモノ頂くわけにはいかん!」

「数馬さま、先程又右エ門は刀に心を奪われたと申しましたな?決してそのような事はございません、ただ、手前どもの様に長く商いをさせて頂きますと、どちら様がどういう刀をお持ちになったら良いかと言うのは何となく分かってくるものでございます」

「……」

「これは数馬さまがお持ちになり、小刀と合わせ家宝となさるのが宜しいかと」

「それでは余りにも恩が出来過ぎる」

「なにをおっしゃる、この誠心堂江戸一番の砥ぎ処、大名様の刀であっても砥ぎたくなければ断れるんですよ! なんでそんなものが恩なもんですかえ?」

 数馬は江戸と言う、気風きっぷが良くて恩義に厚く、懐の深い町に感銘を受けた、これからの天下発展を先導するのに相応しい活気あふれた町なのである。

 厚く礼を言い誠心堂を後にする。

 その夜、長屋に戻るとまた住人が奥の方で騒いでいる、五郎と共に何事かと尋ねてみると、早也の実家で母親が倒れたらしい、明日帰るんだと旅の準備をしているのである。

「早也どの、それはまことか?」

「あ、数馬さま、五郎さん、お帰りなさいませ、ええ、本当でございますの」

「母上のご様子は分かっているのですか」

「ええ、どうせ大したことでは無いと思います、心配は要りません」

「いや、知らせが来たと言うことはそう簡単ではあるまい、明日発つのじゃな?」

「はい明日、日の出の時刻には発つつもりでございます、ここでお世話になったお礼もロクに申し上げられず去ります事をお許し下さい」

「そのような事はどうでも良いが、私にしてやれることが無いのが、許されよ! 五郎を共にお付け申す、私も岡部までには追いつけると思うが……」

「そのような心配はご無用でございますよ、多分に母も大事はないかと」

「いや、私も訳あって国元へ帰る身、ただあと数日は所用があって留まらねばならぬゆえ、綾さんは五郎が背負う、女の身で大変ではあるが頑張りなさい」

 翌朝早く早也母娘と五郎が発った、綾は五郎の背中に背負い紐で括られていた、まだ半分寝ぼけ眼で、それでもハッキリと言った。

「かずまおにいちゃん、またあそぼ」

「うん、かならず、またあそぶぞ!」

 長屋の皆が見送る中を気丈に早也は歩いて行った。

「あぁ、まて、これを宿場の旅籠に掛けておいてくれ、追いついた時はそれを目印に訪ねようぞ!」

「だど、数馬さん、こりゃぁどこにでもある菅笠だんで?」

「ああそうだなぁ、これでは分からぬかもしれんな、ならば」

 数馬は墨で菅笠の三方に”さ・あ・か”と書き記した。

「あれ、”ご”がないだで?」

「? 五郎も江戸で大分口達者になったの? 心配するな、ごの字は隠れ語と言ってな、其々に入っているのだ、」

「???」

「読んでみよ」

「ござ、あご、かご、でいい?」

 背負われていた綾がハッキリ答えた。

「おおう、綾さん、でかした、でかしたぞ!」

「だど、ござてば、さとざとさがざだぎゃ……?」

 長屋の皆も大笑いの中、明るい出発となった。

「では、数馬さま、もし道中追いつけなかった時は、必ず高岡屋にお寄り下さい」

「うむ、今度は立ち寄る理由がある、お父上にも一言、いや一言ではすまされぬが礼を申さねば」

「きっと、きっとですよ? でないと五郎さんは返しませんから!」

 誰かが笑うとまた皆が大笑いになり、其々の励ましの中を去って行った、その後誰かが泣くと、またみんなもらい泣きになり、何ともおかしな?長屋である。


 大垣藩大垣城老中控えの間に小田一刀斎が呼ばれていた、老中の横には沙耶に縁談を望む甥の高木政虎も控えていた。

「織田どの、縁談の義、甥が三月も待てぬと言い出してのぉ~」

「されど、お約束なれば」

「ふむ、わしとお主とは約束はしたが、政虎は約束などした覚えはないと、困ったものよのぅ、どうする……」

 一刀斎が政虎の方に向きを変え語気を強く言った。

「政虎どの、それほど沙耶をご所望なら、命に替え生涯沙耶を守るとお誓いか?」

「おおう、守る、守るとも」

「沙耶との婚儀を邪魔する者は命に替えてとり除かれると?」

「ああそうじゃ、じゃま立てするヤツは断じて許さん!」

「では、この一刀斎と真剣にて勝負をお願い申す」

「??、ど、どう言うことじゃ」

「政虎どの、正にこの一刀斎が沙耶との婚儀をじゃまする者にございます、それだけ沙耶が欲しいのなら、一刀斎を倒して奪えと言っておるのじゃ!」

「お、叔父うえ!」

「ま、ま、小田どの落ち着きなされ、なに、今日にでも早耶どのを、とは言うておらぬ、のう、政虎も三月くらい待てるであろう?」

「ああ、わたくしも、三月を待てぬとは言っておりませぬ、誤解でござる……」

「小田どの、今日はとんだ時間の無駄使いであった、さ、退がられよ、さ、」

 一刀斎は覚悟を決めていたのである、この後どう言う形で反撃があるかも知れないが、怯むものでは無かった。


 数馬は主税が父である大垣藩城主戸田氏鉄に書状をしたためるのを待っていた、その間に、世話になった皆と別れを済ませ、一年足らずの江戸暮らしを懐かしんだのである、数馬が早也に追いつくことは出来なかった、箱根峠で四朗と会い、お婆の墓を弔った、川崎では権蔵一家に立ち寄れなかった五郎の事情を告げ、権王の様子も見たのである。

 そして数日後、岡部宿金物問屋高岡屋の前に隠れるように数馬が立っていた、黒幕が掛かっていたのである。 慌ただしく弔問客が出入りする向こうに、五郎の姿を見つけた、五郎も直ぐに気が付き、駆け足で寄って来た。

「数馬さま、ぶじきやんしたか、さやさんも、あやさんも、おらも待ってだで」

「うむ、やはり、ダメであったか、死目には間に合ったのか?」

「へい、おらたちが帰ったのが三日まえ、亡くなったのが昨日ですだよ」

「そうか、間に合えたのは良かったが」

「あ、さやさんよんできますで、そこの横で待っておくんなさい」

「いや、よい、この状態で寄るのは迷惑をかけることになる、五郎も行くぞ!」

「へえ、用意はいつでもできておりますで、荷物だけとってきますだ」

「うむ、そこで待つ、早也どのには何も言うな」

 屋敷横の狭地に身を移すと、そこに五郎より先に早也と綾が駆けて来た。

「数馬さま、五郎の姿が見えなくなりましたので、もしやと思い」

「早也どの、母君のことお悔やみ申し上げる、今ここにいてはいけませぬ、どうぞ母君のお側に!」

 早也が数馬にしがみつく、強い力で胴を抱くのである。

「イヤでございます! 貴方様は私にかまわず行かれてしまいます、今私がこの手を離すと、母と一緒、永遠に逢えぬ身に……」

「早也どの……」

「母に死なれ、数馬さまも行ってしまわれては、早也は生きる自信がございません、どうか今は行かないで下さいませ」

「わかった、わかった、早也どの、綾さんも見ている……」

「綾もこちらでお止めしなさい」

 早也が離すどころか、綾まで数馬にしがみついたのである、数馬もそれに応え何も言わず二人を優しく抱擁していた。

 間に入ろうとした五郎を引き留めたのは高岡屋主・吉左衛門であった。

 一時ほどして、弔問客が一段落した時、吉左衛門が早也に言った。

「早也、命の恩人に無理を言うでないぞ? 数馬さまと五郎さんは国元でも今すぐ居なくてはならないお方じゃ、それをお引き留めして良いものか?」

「でもわたくしは今一時ひとときお別れしたくはないのです、母上も数馬さまも私や綾を置いて行ってしまわれると……」

「だから数馬さまはお前たちに逢わずに行こうとなされたのじゃ、お前たちの事を一番に考えて下さっているのではないか?」

「母が亡くなったのは、わしにも責任がある、こんなに早う逝かせたくは無かった、だが、数馬さまは母とはちがうぞ? 足を引っ張てはならん!」

「イヤでございます、今一時でございます、今一時がなぜ悪いのでしょう」

「早也、よく聞け、数馬さまはお前の事を一番に考えて下さっているのじゃ、そのお前は数馬さまの事を一番には考えられないのか? お前の幸せは人を踏み台として扱うことなのか、自分のことを他人に頼るでないぞ?」

「吉左衛門どの、かたじけない、通り過ぎようとしたのはわたくしの浅はかな考えでございました、早也どのがこれほどわたくしを頼りにしている事、初めて知り申した、早也どのが立ち直れるまで私は残りましょう、ご迷惑でしょうがご了承をお願い致す」

 数馬は五郎だけを先に帰すこととして、玄関先で見送った、その時。

「五郎さん待ってください、早也のわがままを許して下さい」

「いいだで、さやさんもあやさんもさみしいだで、嘘はいけねえものな」

「いえ、待って頂くのは、数馬さまのお仕度の事です、早也は愚かです、お国のさやさまを見習いたいと思っていますが、叶わぬことでございます、父が言いました、数馬さまはお国で必要なお方、数馬さまもまたお国を必要とされています」

「早也どの、無理をされなくて良い、私はしばらく滞在させて頂く」

「いえ、なりません、先程お引き留めしたのは一時の感情、お恥ずかしいばかりでございます、わたくしもこれからは綾と強く生きなければなりません、いつまでも数馬さまの幻影に憧れていては強くなれませぬ、分かったのです」

「早也どの、今は辛いが、貴女はもっと強くなれる、綾さんの為にも強くならなければいかん、それと、素晴らしいお父様がついておられるので、私は安心して発つことが出来ます」

 綾を優しく抱き上げ、早耶に渡す。

「母上は綾さんの中、早耶どのの中にも生きておられるぞ!」

 深々と頭を下げる吉左衛門に礼を告げ、大垣へと向かう二人であった。




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