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6 数馬の夢 (1)

 梅の盛りは過ぎ、桜の季節を迎えようとしていた、江戸の町ではお釈迦さまの誕生日を祝う花祭りの準備が行われていた。 もっとも、江戸時代では花祭りとは言わず灌仏会かんぶつえと言われていた、考えると、祭りと言うのは神事であり、仏教では祭りは無いのである。

 ならどうして花祭りと呼ぶようになったか?それはまた一編の小説となり得るので省略とするが、お釈迦さまが生まれたのが花園であることで花祭り、生まれたとき香水で身体を洗ったことから甘茶をかける、と言うことらしい。


 入り組んだ路地を入り、少し開けたところの一軒家に大勢の侍が詰めていた、大垣藩家老側近・近森刑部がお世継ぎ戸田主税君の暗殺に送り込んだ者達である。

「それは間違いのない事であろうのぅ」

「この期に及んで疑いは持ちなされるな、我らとて退路は無いのでござる」

「疑うてはおらぬが、失敗するとご家老の計画も危うくなると言うもの」

「だから、極秘の確かな情報を手に入れたと申しておる」

 極秘の情報とは、主税が明後日二町外れたところにある寺に一昨年前に亡くなったある人物の墓参りに行くというもの、花祭りで賑やかな街中を避けて早朝に江戸屋敷を出るとの事、極秘のことゆえ供回りも少なく襲撃にはもってこいとのことであった。

「では、場所と配置を決めようぞ」


 二日後、町の辻々で花祭りの開始を知らせる太鼓が鳴る。檀家の人々が各町に祀られた釈迦像やお寺のお参りに繰り出しかけた頃、大垣藩江戸屋敷大門から一挺のかごが静かに出て行った、お供は侍が二人と荷役のやっこが一人、なぜか、この奴は黒鉄の六角棒に荷物を引っ掛けていた。

 籠は人の居ない道を選びながら小走りに進む、花祭りの為今日だけは人気のない神社境内の小路に入ったところで、前方から声がかかった。

「その籠待った!」

声をかけたのは大垣から応援にかけ付けた一人である。正面には三人いた、直ぐに後ろに三人が現れ、横にも左右二人ずつ、計十人が相手である。いや、もう一人、神社の脇に控えているのが上甲又右エ門である。

「うぬ、なに奴! 戸田家の籠と知っての狼藉か!」

「ふふふ、狙いは籠のお人のみ、貴公らは見逃す、去れ!」

 籠担きの奴は逃げてしまった、地べたに置かれた籠の脇に二人の供侍と荷役の奴がいるだけだ。

「何を申すか、何事かわかっておるのか!?」

「何もかも分かった上じゃ、ご家老の命での、うぬらも死んでもらうぞ、やれ!」

 籠を取り囲んだ者たちが一斉に刀を抜き籠に迫って来た、その時奴(五郎)が荷役の棒を振り回したのである、迫ってきた刀が三本折れた、だが、一本の刀が籠を突き刺していた、五郎は慌てた。

「わかさま!」

 すると籠の扉が跳ね上がり、すくっと数馬が立ち上がったのである。

「五郎、冗談はよせ、若さまとは主税君しかおらぬぞ!」

 刺客の皆が目を見合わせた、間違いではあっても、もはや退路は無いのである、ただ神社の横で見守っていた又右エ門が静かに近寄って来た。

「数馬、生きておったのか、なら、健吾もお主が?」

「如何にも健吾は……又右エ門、少しは人らしく生きよ、と言っても無駄か」

「よい、わしは主税などどうでも良かった、お主が相手なら話は別じゃ、近頃ちと夢見が悪い時もあってのう、今日それが断ち切れる、礼を言うぞ?」

 数馬の前で愛刀の関の孫六を静かに抜き、正眼に構える。

「五郎、残りを頼むぞ、ただ、殺してはいかん、急所には当てるな」

「がってんだ、こいつは人殺しの道具じゃねえんでぃ!」

 五郎対十人はあっと言う間に片が付いた、最初の棒の一振りで刀を三本折ったことから五郎に対して戦意は消失していたのである、五郎の繰り出す棒を刀で受ける度刀は折れてゆく、鉄棒で膝を突かれた途端に這いつくばされるのであった。

 逃げていた奴が戻り、供の二侍も五郎の働きを口を開けて見とれていた。

 数馬と又右エ門は神社裏まで移動していた、小さな小競り合いの度、場所が入れ替わり、流れの中で有利な位置取りに持ってゆくのである。

「数馬よ、思い出すのう、小田道場をよ」

「よい思い出はないであろう」

「ほおぅ、言うのうお主も、わしに思い出はなくとも、お主にあると言っておるのじゃ、沙耶はどうしておる?」

「……」

「ふふふ、死目に美しい思い出を思い出させてやったのじゃ、礼を言え!」

 鋭い突き上げが顔面を逆撫でた、一瞬の右膝の擦りを見落としたのである、又右エ門は天性の剣客である、言葉数は多いがそれさえも技量の内であると言える。

 数馬は正眼の構えを崩さず、又右エ門も八相から正眼に構えこれを崩さない、小野派一刀流の基本での勝負と決めたようだ。


 遠くで笛や太鼓の御囃子が聞こえる、花祭りの念仏踊りが始まったのだ、一年に一度の楽しみの日だ、若い男女がこの日に将来の約束を交わし生きてきたことを喜ぶ日でもあるのだ。 その笛太鼓の音が次第に近付いてくる中、こちらは命の遣り取りをしている、大垣藩戸田家家老の目論見は失敗に終わっているが、又右エ門にとってはこちらの勝負の方が自分が望むものであった。

 (剣豪とはこう言うものか)数馬は又右エ門の剣が生き生きしていると感じていた、死ぬかも知れない時間を楽しんでいる様なのである……。

 剣先を払い、次の一手を探る、動きが止まった一瞬、数馬は相手の切っ先が複数に見えた、”妖剣”正眼同士の勝負ではこちらが不利と思った、その瞬間又右エ門の右膝が振れたのである。

”きえぇーい!”

 この世のモノと思えぬ鋭い気合いだった、又右エ門からすると、数馬の刀の切っ先が次第に大きくなり、自分はただ刺されるのを待つだけの身と感じた、悪夢で見る、心臓を突きさす数馬の剣が頭をよぎったのである。

 又右エ門の孫六は数馬の頬をかすめていた、数馬は忠吉を右手で引き、左手の小刀備前長船で又右エ門の胸を刺していた。

「見事じゃ、数馬、小野派の極意は……そこにあったか……」

「急所は外している、手当すれば助かるぞ」

「なにを今更、何故外した、わしは仇じゃ……とどめを刺せ」

「おぬしを討っても過去は変わらん、これからを良いモノとすれば良い」

「ごほっ! 甘いのぅ数馬…… だが、良いモノ…変わればよいのぅ… ごほっ!」

「又右エ門、しっかりせい!」

「……わしは生きたくも無い、頼みがある、こ、これを誠心堂・宗妙に……」

 声は次第にか細くなり、最後は固く握りしめた孫六に目を落とすのが精一杯だった、少しの間見つめ微笑んだかとおもうと、孫六をそっと離し、がくりと首をうなだれてしまった。

 剣豪の死に様に仇の恨みは消えていた、阿弥陀如来を一瞬想像したのである。

「又右エ門! 又右エ門!」

 体に力が戻ることは無かった、元禄の時代では珍しい剣に生きた男である。

 念仏踊りの御囃子が賑やかに生垣の向こうを通り過ぎて行った。


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