5 さやの夢 (3)
江戸、神田川にある兼四朗(又右エ門)の隠れ家で二人が密談をしていた。
「どうする兼四朗、我ら二人でやれるか?こうなったら応援をもらおうぞ」
「うむ、悪智慧の働く健吾がいればのう」
「さあ、それじゃ、健吾のヤツ、わしらは傷を見ておらぬが、殺ったヤツは凄腕らしい、本当に数馬が生きているのじゃなかろうのう」
「確かに健吾は数馬を求めて日本橋に行ったが、まさか数馬がいるとは思えん、江戸は大垣とは違う、数馬よりも侮れん相手がいると言うことだろう」
兼四朗らの相談は、この春に大垣藩城主次男、丈太郎君の元服儀式に出席するため帰国する、江戸詰めの長男(世継ぎ)主税君を途中で亡きものとする計画が崩れようとしているのである。
兼四朗に入った知らせは、主税の帰国が急きょ中止となった為、江戸にて暗殺せよ、との事である。
「兼四朗、江戸で狙うは難題であるぞ?わしが応援の文を書く」
「……」
又右エ門ら三人は主税が江戸を離れ、警備の手が薄くなったところを襲う予定であった健吾の案で、東海道、中山道でも襲撃の場所は決まっていたのである。
「江戸城、花見の会……これを狙おう」
「まて兼四朗、それは将軍家直々の酒宴、いくらなんでも恐れ多いのではないか?上手く行くとも思えぬ」
「……」
「まあ、刑部様が応援の文を読めば、手の者になにか策を授けるはずじゃ、それを待とうではないか」
数馬は江戸小石川にある大垣藩下屋敷の様子を時々長次に探らせた、長次はそういう仕事はもってこいの男で、近くの商売人たちともすぐ仲良くなり、色々な情報を届けてくれる、だがその中に又右エ門の情報は無かった、江戸に来て半年になる、来月主税君の帰国時が最大の山場になることも分かっていて又右エ門の情報と合せて江戸屋敷の動きも掴んでおきたかったのである。、
数馬は内心あせっていたのだ。
今夜は数馬が小石川に来ていたが、得られる情報は無かった、情報が無いと言うことは平穏で良い事かもし.れない、情報が無くてもここに通うことは必要な事だった、数多くここにいることで何かしら異変がある時、いつもと違う空気感を肌で感じることが出来るのである。
今日も無事に終わりそうだと思った時である。
「数馬どの」
闇の中で声がした、心当たりのない声だった。
「数馬どの、藤堂伝四郎でござる……お忘れか?」
「……」
「大垣藩、小田道場にて立ち合いをさせてもらった」
「ああ、思い出してござる、確か又右エ門を……」
「さよう、あのおりのそなたの太刀筋はよく覚えておりますぞ」
「して、あなたは何者、公儀御庭番とみているが……」
「ふふふ、流石は数馬どの、お見通しでござる。ただ、今は公儀ではなく大垣藩戸田家お世継ぎ、主税様の為にて働いてございます」
「なに?しかし、お主は柳生ではないのか?」
「ははは、そこを話せば長くなるので、先ずは本題から……」
公儀御庭番=隠密は、当初大垣藩にて禁制の抜け荷で隠し蓄財の実態を調査していた、辿って行くと家老・渡瀬陣内のお家乗っ取りの陰謀に行きついたのである、幕府としては戸田家とり潰しの絶好の機会であるが、その後の大垣藩を誰に任せるかを検討したところ、これと言った人材がいない。それよりも世継ぎにお家騒動を鎮静させ、幕府として恩を売った方が得策と判断したのである。
それにて伝四郎は陰ながら主税を守り、国元家老の陰謀を防ぐ役目を負わされたのである。主税の帰国申請に許可を与えなかったのも伝四郎の計らいである。
「又右エ門はここ江戸で主税様を襲ってくると?」
「うむ、間違いない、あの家老が後へは引くまい」
「又右エ門の居場所は?」
「いや、それは知らん、で、餌を撒いたのじゃ」
「エサ、とは?」
「そこをおぬしに説明する、まず、こちらへ来ていただこう」
藤堂伝四郎、もちろん偽名である、裏柳生に生まれると隠密として生きるため正式な名前は持たない、派遣された地方でよそ者と見られない為にである。
瓦屋根の土塀伝いに行くと、大垣藩江戸屋敷の裏木戸に突き当たった、伝四郎はそこを断りも無く潜って行く、数馬も後に続く、中庭に出たところで。 「数馬どの、そこの離れにて主税君世話役、岡本伊織さまがお待ちじゃ、それがしの案内はここまで、その橋を通って行かれるが良い」
中庭の池の向こうにある離れ家はぼんやりと明かりが灯っていた。
「……」
数馬は頷いただけだった、橋を渡り離れに上がる階段に足をかけたとき、鋭い殺気を感じた、この障子戸を開けた瞬間、槍の一突きが襲ってくる気配だ。
「何故の戯れ事!」
殺気がスッと引くと、中から落ち着いた声がかかった。
「大丈夫でござる、さ、数馬どの、お上がりを」
そっと障子を開くと、初老の侍が長押に槍を納めていた。
「申し訳ござらん、お手前の技量疑う余地もなし、わしは一刀斎とは旧知の友じゃ、今は主税様の世話役として長く江戸詰めの為、久しく会うては無いがの」
「……」
「先ずはお父上君のご無念、心よりお悔やみ申し上げる」
「ありがたきお言葉、されどわが身は藩に背き……」
「あいや、今の国元では正義は通り申さぬ、殿も家老一派に良い様にされ、その事はご公儀にも知れているよし」
その夜は長かった、大垣藩に対する幕府の思い、賢君の覚え高き主税君への期待、それを亡き者にしようとする家老の企み、又右エ門の存在……、夜が更け、さらに夜が明けても二人の話は続いていた。
数馬の長屋に五郎が来ていた、相手をしているのは長次である。
「五郎さんとやら、魯智深ってのを知ってるかい?」
「なんですかい?その…ろちん?」
「ろちん? まぁ何でもいいんだけどよ、そりゃ唐の水滸伝にある暴れ坊主よ、六十二斤の禅杖が得物でよう、そりゃもう、強え~のなんのって」
「……」
「その棒よ、それかなり重いじゃねーか、何貫目あるんでい」
「こらぁ八貫目だで、おらの先生があまり振り回せねぇよう、扱い難く作ってくれたんだっぺ」
「へぇ~、おめぇ言葉さえまともなら、江戸の女が放っときゃしねえんだがなぁ」
そこへ数馬が帰って来た、久しぶりの五郎との再会を喜び、これまでの事を語り合った、新しい問題を背負わされた数馬だが、今日は兄弟の様に心許せる相手と笑ったり泣いたり、感情を抑える必要は無かった。
一晩を語り明かした、沙耶が箱根まで来ていた事、お婆が亡くなった事、一刀斎に棒術を教えてもらったことも誇らしげに語った。
朝げの支度は早也がしてくれた、綾もすぐに五郎に懐いたので四人で食事をしたのである。その後早也と綾は発声の訓練に出かけた。
「五郎、棒を振って見せろ」
「はい、肩慣らししますだ」
”ピュン、ピュン!”
それは凄い迫力である、数馬でさえその旋回の間合いを測りかねたのである。
「先生はそなたの棒について何といわれた?」
「棒は武器ではのうて、生活の道具だぎゃなと言われただ」
「そうじゃ、そうではあるが……」
「先生は武器としては使い難いようにとわざと重く作って下さっただ、棒に使えば三人分の仕事ができるんだぎゃ」
「ふう、そうではあるが……」
そうではあるが、どう見ても恐ろしい威力を秘めた立派な武器である、何を思ったか、数馬はゆっくり刀を抜いて五郎と対峙した。
「な、なにをなさるだ!」
「止めるでない、続けよ五郎! 刀の先を見ておれ」
「あぶねえでだ、あぶねえでだよ!」
五郎は静止している数馬の剣が、今にも近づいてきて刺される恐怖を覚えた。
「払え!」
数馬の声で押さえていたモノから解放され、思いっきり剣を払いにいった、ところがあれほど大きく見えていた刀の切っ先が一瞬に消え、気が付けば目の前で止まっていた。
「ひえェー」
鉄棒は数馬の体の外にあり、五郎の目の前の切っ先は忠吉ではなく長船の方であった、数馬は飛び込む際に大刀を引き、小刀にて刺しに行ったのである。
「五郎、すまぬ!だが、実戦とはこういうものだ、互いに恐怖心の中で勝負が決する、勝って気分の良いものでは無いのだ」
「……」
「だが、五郎、お前の力は存分に使わせてもらうぞ?」
「はい、おらぁそのためにここに居るだ、旦那さまとの約束なんだべや」
五郎が気を取り直し一段と気合の入った黒鉄の棒を振ったのである。




