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5 さやの夢 (2)

「や!和尚、坊主の役目を投げ出しおって!」

「宗妙どの、教えて下され」

「うむ、わたくしがお伝え出来るのは刀のことだけでございますが、忠吉はまだ数馬さまがお持ちするのが必然かと思いまする」

「だが」

「数馬さま、又右エ門を見捨ててお国へ帰りますか? 国元でも大変な陰謀があるよし、わたくしの耳にまでも届いておりまするぞ?」

「どうしてそれを……」

「言ったハズでございます、ここは日本橋ですぞ? その陰謀が又右エ門と繋がっているようでございます、何れ大事の時がまいります、数馬さまがそのような弱気であられるなら、お父上や皆様が浮かばれませぬ!と申し上げましょう」

「……宗妙どの、有難うございまする、よくぞ言っていただきました、今の言葉は父上、兄上、何よりも師のお言葉、身に染みてございます」

「ははは、偉そうなことを申し上げましたが、数馬様のことは数馬様がお決め下され、ただこの忠吉、一点の曇りもござらん、お返し頂く時ではござりませぬ」                                

 数馬が誠心堂を後にするとき、腰にはきちんと二本の刀が差されていた。


 数日後、夕刻数馬が長屋に戻ると、早也親子が長屋の入り口で待っていた、しばらく会っていなかった綾は随分と明るく見えた。

「数馬さま、今日はうちで食事をしてくださいませ」

「いや、それはならん」

 綾が数馬の着物の裾を掴んで引っ張る

「……あやさん?行っても良いのかな?」

 綾がうれしそうに微笑んだ、早也も嬉しそうだった。

「さ、参りましょ!」

 長屋の各家も何かしら穏やかそうに感じた。

「数馬さま、無理にお呼び立てして申し訳ありません、実は実家の方から届け物があったものですから、ぜひご一緒にとお誘いした訳でございます」

 綾は数馬の横にちょこんと座っている。

「早也どの、綾さんは随分明るくなったのではないですか?」

「はい、お医者さまと、長屋の皆さんのおかげです」

「長屋の?そうか、ここには綾さんと同じ年頃の子が沢山いますからね」

「そうなのでございます、皆さんのおかげなのです」

「そうかぁ、良かったぁ~ いや、私だけが助けになっておらぬではないか!」

「そうでございます!数馬様はいつも長屋にいらっしゃらない! 冗談です」

 二人は笑ったが綾はやり取りが分からず、数馬の膝を抱えていた。

「さあ、若さま召し上がって下さいな?」

「早也どの、その呼び方だけはよしてくれ」

「あら?長屋の皆さんは良いのにわたくしだけダメなのですか?」

 また大笑いである、いつの間にか綾は膝に乗っていた。

 実家から届いた鯛の干物と早也の手料理、酒も進み、数馬は眠くなってしまった、うたた寝のつもりで少し横になると直ぐに早也が上掛けをかけてくれた、そこに綾も潜り込んでしまったのである。

 早也は食事の片付けと洗い物で土間に立つ、と、布団の中で綾が喋った。

「か、ず、ま、……」

 誰にも聞こえなかったが何度も何度も繰り返したのである、数馬はこのとき夢の中で沙耶に呼ばれていた、苦しい声の様に聞こえた、どうして苦しいのか分からなかったが、呼ばれるさやどのと無意識に答えていた、しかし、その喉から必死に掻き出す苦しい声が誰のものかハッキリ聞こえた。

「さやどの!」                                

 流し場で茶碗が割れた、肩が震え、早也が泣いていた、数馬がとび起きる。

「早也どの、今のは!」

「はい、分かっております、わたくしをお呼びになったのではないことを」

「いや、違う!」

「違いませぬ」

「違うのだ、綾が喋ったのだ!」

「え!? 本当ですか?」

「間違いない、綾!綾!もう一度言ってごらん!」

 綾が何度も口を開くが言葉は無かった、数馬の慌て様に驚いたのかも知れない。

「あや、ごめんね、ゆっくり喋ってごらん」

 綾が泣き顔になり口をつぐんでしまった。

「……許せ、早也どの、夢の中で確かに聞こえたかと……」

「数馬さま、いいのです。早也は嬉しゅうございました、こう言う家庭が持てる夢を見させて頂きました」

「ちがうのだ、早也どの?」

「悪い女でございました、お許し下さい。数馬様にはお国元にさやさまといわれるお方がいる事も知っていたのでございます、わたくしは自分のことばかりを思うておりました、今夜の様な家庭が持てるといいな……と」

「早也どの、もうよい私が悪いのだ」

「いえ、数馬様は悪うございませぬ、沙耶さまは強く、数馬様が想うにふさわしい方と存じ上げます、わたくしは弱いがゆえここにこうしておりまするが、お国元でじっとあなた様の帰りをお待ち出来る沙耶さまが羨ましく思うのです」

 涙をぬぐいながら続ける

「大丈夫ですよ!数馬様、わたくしと綾はここに来たおかげで希望が湧いて来たのでございます、今宵楽しく過ごせたのも私たちが強くなった証し、綾が良くなって実家に戻っても、今後の人生を強く歩む自信があります、それを、一度も会ったこともない沙耶さまから学んだのです」

「早也どの……」

「か、ず、ま、か、ず、…」

”えっ!?”

 早也が綾に駆け寄った、数馬も綾を抱きしめた、二人が綾を間に抱き合う格好になったのである。「い、た、い、た、」あわてて離れる。

「早也どの、本当であったろう!本当であったろう!」

「数馬さま、ありがとうございます!ありがとうございます……」

 二人が手を取りながら泣くのを綾が心配そうに見ている。                                

「よし、綾!今日は数馬と寝るとするか? 早也どの、よいであろう?」

 また違った涙が出た、早也は時間が止まって欲しかったのである。


 大垣藩、大垣城の一角に城代家老・渡瀬陣内が小田一刀斎を呼び出していた

「小田どの、沙耶さんの具合はどうじゃな?」

「は、今一つ体調が優れぬよし、家内にで安静にしておりまする」

「むむぅ、それはいかんのう、政虎が早う返事をと催促しておる」

「しかしその義は、何分にも沙耶はややの出来ぬ体質……」

「ほぉぅ、先日の旅行たびゆきが、その事じゃと言うたが、帰りは供と一緒では無かったと言うではないか?」

「はは、かの地で体質を調べた後、供は何処へ去ったやら行方不明、手塩にかけて面倒をみた男ではありましたが、江戸への憧れの方が強かったものと……」

「小田よ、嘘はつくまいぞ?すぐにバレることじゃ」

「滅相もございませぬ、なんでこの一刀斎が戯言など」

「はははは…、まぁ良い、ただ、三月じゃ、三月の養生でたとえ元気にならずとも、娘は政虎に嫁がせよ、やつはそれ程好いておるようなのじゃ」

不束ふつつかながら、沙耶にはややが産まれませぬぞ」

「よい、本当にややが出来ぬ身ならば離縁するまでじゃ」

 一刀斎は困り果てていた、沙耶の縁談がよりによって家老の甥御。出来が悪く、女癖も悪いと評判の男であるのだ、沙耶にこの話を知らせず、数馬の元へ発たせたのだが、思惑通りにならず、帰って来たのである。

 叔父(家老)を使って縁談を迫る相手に、苦しい言い訳だった、一つには子供が産めぬこと、二つには今病で寝込んでいること、と断りのの理由を言うが、もはや、逃げられぬ所まで追い込まれてしまったのである。

「はは、分かりましてございます、ただ、三月、その三月ばかりは政虎様に於かれましても、どうかお静かにお願い申し上げまする」

「よし分かった小田どの、約束じゃぞ!」

 一刀斎が屋敷に戻り、沙耶に正直に打ち明けた、そして。

「沙耶よ、この件はわしが腹を切れば済むことじゃ、そなたに何の関係も無い、ただ、残された者が不憫じゃ、それを思うと決意が怯む、母はどこぞの寺で出家が出来ればよいと思う、問題はそなたじゃ、数馬を追うてくれたらのう……」

「父上は、死ねば終わり、目の前に絶望しかなくても死ぬな、と言われましたな」

「沙耶、これは避けられぬもの、わしもお前を数馬以外に嫁がせる気は無い」

「沙耶はわたくしの幸せの為に戻って来たのです、なのにそれが父上を母上

を……みんなを不幸にするのでしょうか」

「沙耶、違う、沙耶の考えは正しい。今、わしたちは大きな流れに飲み込まれようとしているだけじゃ、正しい行い、美しい心まで一切を飲み込む汚い流れ……」

 一刀斎は政虎と家老を斬ろうとも考えたが、それをすると一族の命も無くなるのは必定である。

「沙耶、案じるでない、わが一族に迫る難儀はこの一刀斎が引き受けるものじゃ」

「父上、沙耶は逃げたりはしません、父上に腹も切らせません、生きていればこそ!でしょう、最後までここで数馬を待ちします」

 誰もいない道場神棚の前には数馬と五郎の稽古着がかかっていた。


 川崎は権蔵一家の裏庭である、五郎が鉄棒を振る

”ヒュ-ン、ピユーン”

「こりゃ凄えや、こんなモノは見たことがねえや」

「親分、あの鉄棒ですけどねぇ、あっしゃ持ち上げる事も出来ませんでしたぜ」

「おう、わしも持たせてもらったが、持てねえ持てねえ、で、権王(馬)は?」

「へぇ、権王は散歩の時、五郎さんの後ろを歩きますぜ、親分の時は前ですが…」

「笑うんじゃねえ!だから散歩は五郎さんに任せているんだよ」

 そこへ子分から数馬の居場所が分かったと知らせが入った、川崎やくざは江戸のやくざとは仲が悪く、中でも土地柄品川の長五郎一家とは犬猿であった、ところが数馬の話で五郎の経緯を話すと、急に協力的になったのである。

「親分、数馬って侍もそらぁ強いらしいですぜ、五郎とどうなんでしょうねぇ?」

「そらぁ五郎が上だろう、大体親分は子分たちが守るもんじゃねえか! 子分と言うのは頭は弱ええが腕っぷしが強いって言うのが相場よ、うちはどっちも弱ええのが揃っていやがるがよぉ?」

「親分もあっしらには強ええがおかみさんにはだらしねえでごぜえますよ…」 

 棒のブン回しが百回、前後の突きが百回、鍛錬を終えた五郎がやって来た。

「ああ、いい汗をかかしてもらっただす、親分さんもやりなすっぺか?」

「あ~おりゃぁ、いいんでい!おらぁまた後で。 ところで五郎さん、数馬さんとおめえさんはどっちが強いんでぃ?」

「そりゃもう、数馬さまだっぺ、おらなんか足元にも及ばねっぺさ」

「ひぇ~、たまげた、数馬さんってそんな強ええ方だったのかえ」

「剣をとっては一番だで、だどおらは数馬さまを助けなばならねっす、そのために生かせてもろとんがですで」

「ああ五郎さん、分かった、ようわかった、それでおまえさん、数馬さんの居所が分かりやんしたぜ!」

「わかった?分かりあんしたか、ではおらぁさっそく発ちます」

「待ってくれ五郎さん、行くのはいいさ、行くのはいいが一つだけ約束してくれ、江戸の用事が終わったら、また大垣に帰るんだろ?その時ぁきっと寄ってくれ」

「ああ、寄るよ、四朗のとこも寄るし、こっちの道とおるだ?」

「よし、待ってるぜ、約束破ったら、権王つぶして食っちまうからなぁ」

 急いで支度を整え、数馬の元へ急いだのである。



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