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疲れた時、ちょっと笑いたい時に読んでいただけたら嬉しい作品達

交通事故に巻き込まれたくて、交差点の一番前に佇み続けた結果、幸せになった

作者: はやはや

――もう死んでもいいかな

――トラックが突っ込んでこないかな

――それかタイヤが外れて直撃するか


 そう思いながら僕は交通量の多い交差点の一番前に立ち、信号が変わるのを待つ。もちろんトラックが突っ込んでくることも、タイヤが直撃してくることもなく信号は青に変わる。

「だめか……」

そう呟き信号を渡る。



 僕、青山航平あおやまこうへいは、真面目と責任感の強さだけが取り柄の男だ。見た目も体型も中の下、いや下に入るかもしれない。

 恋人がいるわけでもなく、仕事に生きがいを感じているわけでもない。年齢的には中年と言われる域だ。

 このまま、パッとしない人生を送っていくんだろうなと思った途端、生きるのが嫌になったのだ。

 悲劇に巻き込まれることを妄想するようになったのが、半年前。その時から交差点で信号待ちをする時は、一番前、歩道と車道の境目に立つようにしている。

 でも、今日も無事、会社に出勤し、仕事を終えて家に着いた。


 この春、僕は社内で異動した。偶然にも同期も異動してきた。梅野健太うめのけんただ。僕の同期は梅野を含め五人いて、その中で僕と梅野だけが結婚していない。

 他の三人が結婚休暇を取るのを、憎々しく思いながら、(梅野が憎々しく思っていたかは、わらかないが)

僕達二人はそれぞれの場所で、仕事を頑張っていたのだ。

 そんなこともあり、梅野のことを僕は同志だ、と思っていた。真面目で責任感がある奴なんだろうと。

 しかし、ちがった。梅野はずるい奴だった。


 僕は仕事の段取りをしっかりシュミレーションして、出勤する。そうしないと不安なのだ。できるだけ自分の仕事は手早く済ませ、周りのフォローも考える。

 梅野は一見、真面目なように見えるが、面倒なことは頑として自分からしようとしない。例えば、見積書の変更依頼を受けることや電話対応、顧客からの問い合わせやクレーム対応……あげれはきりがない。

 あれ? 何かいつも僕が動いていないか?

 そう気づいてから、何度か梅野が動くのを待ってみた。

 電話が鳴る。スリーコール以内に出るのが鉄則だ。

――プルルー 一回

――プルルー 二回

――プルルー 三回

 さぁ、ここからだ。

――プルルー 四回

――プルルー 五回

 七回まで粘った。

 駄目だ、これ以上相手を待たせてはいけない。

「お待たせいたしました」

 結局、僕が電話に出た。ちら、と梅野を見ると涼しい顔でパソコンに向かっている。殴ってやろうかと思った。

 そんなことが続き、仕事もやる気が出なくなった。


☆☆☆


 日曜日。昼を過ぎる頃には僕の気持ちは重くなる。明日からの日々を思うと辛ささえ感じる。コンビニの商品が入った袋を右手にぶら下げ、交差点の一番前に立っている。

 トラックが突っ込んでくる妄想をする。

 その時だった。後ろから悲鳴のような叫びが、ウェーブのように近づいてきた。

 何事かと振り返ると、後ろから自転車がすごい勢いで走ってくるのが見えた。この通りは緩やかな坂道になっていて、僕が今立っている交差点が坂道の一番下になる。

 よく見ると自転車に跨っているのは子どもだった。ヘルメットをかぶっていてよくわからないけれど、服装から判断すると男の子。自転車はキックバイクのタイプらしく、ペダルとブレーキがない。

 おそらく坂道だと気づかず道に出てしまい、止まれなくなったのだろう。かなりのスピードが出ている。

 途中で何人かの大人が止めようと試みるも、自転車のスピードが早すぎて、追いつけない。そして、あれよあれよという間に、僕の真正面まで迫ってきた。



 咄嗟に両手を広げ、体全体で自転車を受け止める。かなりの衝撃が体に走り、バランスを崩し車道にはみ出す。

――パパァッ!!

 けたたましい車のクラクションの音。危ない! と思わず男の子と自転車を抱きかかえるようにして、歩道に倒れ込む。

「おぉーっっ!」

 という歓声とともに、拍手が聞こえて顔を上げた。その場に居合わせた人が、安堵の表情を見せている。男の子の安全を確認すると観衆は去って行った。

 はっと気づいて抱きかかえた男の子に目をやる。思ったよりも幼い。真っ黒なぱっちりした目で、僕のことを見つめてくる。可愛らしいというか、品のある顔立ちをしていた。目の前に倒れている自転車も壊れた様子はない。

 その時だった。



「坊ちゃぁぁんっっ!!!」

 という叫び声が聞こえ、坂道の方に顔を向けると、年配の女性が一人、転がるような勢いでこちらに走ってきた。年の割には尋常じゃない速さで走ってくる。小公女に出てくるロッテンマイヤーさんみたいな格好をしていた。

 僕の腕から男の子を引き剥がすと

「お怪我はありませんか⁈」と慌てたように言い、どこも負傷していないとわかると

「さぞや、怖かったでしょう! ごめんなさいね」と、男の子を抱きながら涙を流した。

――何だコレ

 予想していなかった展開に僕はぽかんとし、その場を動けなかった。

 チェック柄が有名な子ども服ブランドの服を、全身に纏った男の子と、ロッテンマイヤーさんみたいな女性。どう見ても親子、いや祖母と孫という関係ではない。

 ひとしきり涙を流した後、ロッテンさん(勝手にこう呼ぶことにした)は、僕の存在に気づいたようだった。

「あなたが、坊ちゃんを助けて下さったんですね!」


☆☆☆


 そして今、天井がうんと高い広間で、僕は真っ赤なベルベット地のふかふかなソファーに座っている。目の前にある猫足の白いテーブルの上には、高級そうなカップが置かれ、中には飴色の紅茶が注がれている。

 カップの隣にはこれまた、繊細なデザインの淡いブルーのお皿があり、その上にはマドレーヌやパウンドケーキといった焼き菓子が、たっぷり乗せてある。

――何でこんなところにいるんだっけな……

 そう思いながら頭の中を整理する。



 男の子の九死に一生に貢献した後、帰ろうとしたらロッテンさんに止められたのだ。

「このまま、帰って頂くわけにはいきません! ご主人にこの一件を報告しなくてはいけないのです。一緒に来ていただきます」

 その命令口調にイラッとした。

「この件を報告すれば、私はクビになるかもしれません。しかし、そうなったとしても、あなたが坊っちゃんの命を助けて下さったことは、どうしても、ご主人にお伝えしたいのです!」

 ご主人とか坊ちゃんとか、僕とは関係のない世界だ。面倒なことになりたくないと思ったけれど、ロッテンさんの行動力は長けていた。

「さぁ、参りましょう!」僕の腕を、ぐいと掴み坂道を登り始めた。男の子は懲りたのか、自転車には跨らず押して歩いている。

「こちらです」

 辿り着いたのは、坂道の一番上の高級住宅街にある、一軒のお屋敷だった。

 三メートルはあろうかという高さの門をくぐると、奥には芝生が延々と広がっていた。芝生の横には、屋敷へと続く石畳の道がある。

 白い瀟洒しょうしゃな建物。玄関ドアは両開きで、それを開けると目の前にはホールのようなスペースがあり、その奥には二階へと続く階段があった。

「こちらで少々お待ちください」ロッテンさんはそう言い残すと、奥の間へと消えた。僕の傍らには、坊ちゃんこと男の子がいる。

 この家の子どもなのだろう。資産家の息子だろうか。毎日フレンチを食べるのだろうか。

 そんなことを考えていた時、太い声がホールに響き渡った。


☆☆☆


「君かね」

 その声に驚いて顔を上げた。目の前に大柄な男性が立っていた。〝男爵〟を絵にしたような人だった。シルクハットを被り、馬車に乗れば完璧だ。

「田中さんから聞いたよ。ルノアの命の恩人だと」

――田中さん……あ、ロッテンさんのことか。普通の名前だな

――ルノア……あ、男の子の名前か。キラキラネームだな

 一人で納得する。

「せっかくだから、君の勇気ある行動の話を聞かせてくれないか」

 男爵はそう言って僕の肩を抱き、広間に連れて行った。

「ルノアは遊んでいなさい」

 そう言われると彼は頷きもせず、二階へと続く階段を駆け上がって行った。命を助けてから、今まで何一つ喋らない。資産家の息子とはいえ、愛想ってものがないな、と鼻白む。

 通された広間は、天井に届くほど高い窓が庭に面していて、目が痛くなるほど明るかった。

 今まで座ったことがない高級ソファーに腰を下ろし、ひとまず先程の出来事を話す。その途中で、ロッテンさんこと田中さんが、ティーポットとカップ、焼き菓子山盛りの皿を運んできたのだった。

「いやはや話を伺う限り、あなたがその交差点に立っていなければ、今頃ルノアの命は亡くなっていたかもしれません」

 男爵はそう言って深々と頭を下げる。息子より愛想がいい。

「あの子は特別な子でね」

 親バカ話が始まるのかと思ったが、男爵が話したのは、とんでもない話だった。



「国の特別機関で育てられているんだよ」

「は?」

 間の抜けた声が出た。

「いわゆる天才というか神童でね」

 男爵の話をかいつまむと、ルノアは三歳。英才教育をしたわけではないのに、現在六カ国語を操る。年々話せる言語が、勝手に増えるという。そんな、馬鹿な。英語すら身につかない人間がほとんどなのに。

 そんな彼の存在を、とある自治体が発見し国に報告。公にはされていないが、国の特別機関での教育を受けることになった。

 そこにはルノアの他にも、初めて触った楽器をその場で完璧に弾きこなす子どもや、新しい斬新な数式をいくつも発見している子どもがいるという。

 そんな秘密裏な機関が存在するとは。四十年以上生きていても知らないことがあるものだ。

 天才を発掘し、特別機関で研究しながら教育を受けさせることで、将来的に国を支えるブレインに育てるのだという。

 ルノアは言語面の才能が秀でているため、将来は海外の要人に関わったり、機密文書の翻訳に携わることが期待されているようだ。

――そんな天才を助けたなんて、すごい確率じゃないか?


☆☆☆


「君は国の将来をも救ってくれたんだよ!!」

 男爵はそう言って握手を求めてきた。「はぁ」と情けない声で答えながら握手をする。

「そんな偉大な君に、私は当然すべきことがある」

 この辺りまでくると、いろいろ考えるのが面倒になった。何で言え……と、投げやりな気持ちで思う。

「この屋敷の離れをお礼として受けとってくれ」

――⁈

「そしてルノアの友達になってやってくれないか。勿論、給与を支給させてもらう!! 頼む!!」

 男爵はまた深々と頭を下げる。



 そんなやりとりをしたのが半年前。

「航平おにいちゃーん!!」

 ルノアが芝生の上を走ってくる。僕の膝の辺りに飛び込んでくる彼を抱きしめる。

「ねぇ、後でチェスしよう」

――もう少し年齢に合ったもので遊べよ……

 と心で毒づくも、ルノアの笑顔を見ると全てが許されるのだった。僕、という友達ができてから、ルノアは明るくなった。よく喋り、よく笑う。


 僕は男爵と話した翌日には、この屋敷に引っ越し会社も辞めた。マンションの解約は簡単だった。僕が住んでいたのは男爵が所有する物件だったのだ。

「荷物は急いでまとめなくていいからな」と言われ、のんびりと片付けることができた。

 そして、今は離れに住み、ルノアの友達という仕事をしている。

 ちなみに、田中さんは正直に報告した誠実さが認められ、クビにならなかった。

「坊ちゃぁぁん! 航平さぁぁん! ティータイムですよぉ!」

 広間の窓を開け放ち、田中さんが叫んでいる。

「じゃあティータイムの後でチェスしよう」

「うん」

 僕たちは並んで、広間に向かって走り始めた。

読んでいただきありがとうございました!

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