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千年呪妃  作者: 黒崎リク
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(6)


 ――すごい。


 それしか言葉が出ないくらい、四海奇貨館はすごかった。


 古代中国に造られた、神話上の怪物を図案化した複雑な文様で飾られた青銅器。

 唐代から宋代に作られた、青磁や白磁といった陶磁器。

 明代の鮮やかで複雑な機織りや刺繍の技術を駆使した織物。

 清代に作られた美しい玉の工芸品に、高級木材の彫刻や植物の種を用いた果核彫刻。

 多くの高名な画家が生まれた宋代の山水画や花鳥画……。


 今までに訪れた博物館の中で、これほど一級の文物が揃って展示された所はあっただろうか。

 歴代の皇帝が所有していたものもあるそうで、それぞれの文物の価値もさながら、皆、保存状態が素晴らしく良い。まるでその時代から時を止めて持ってきたかのように美しく、圧倒される。


 四海奇貨館はどうなっているんだ。いや、さすが四海グループというべきなのか。


 二時間ほどじっくり見学したが、結局一階の展示室を回るだけで終わってしまった。

 興奮冷めやらぬまま、放心の態でロビーのソファに腰かける晩霞に、周館長は悪戯が成功したような笑みを見せてくる。


「どうです、すごいでしょう」

「ええ、本当に……あの、私で大丈夫でしょうか。こんなに、高価というか、歴史的にも芸術的にも価値のあるものばかりで……」


 国立博物館にあってもおかしくないレベルの文物が揃えられた、四海奇貨館。

 大学を出たばかりの――しかもことごとく就活に失敗してきた――晩霞が勤めるのは、明らかに力量不足ではないか。


 『私設』だからとどこか少し軽い気持ちでいた晩霞は、今さらながら身の竦む思いをする。どれか一つでも破損させてしまったらと考えるだけで恐ろしい。

 不安げに顔を曇らせる晩霞に、周館長はにこりと笑みを見せる。


「もちろんです。だからあなたを選んだんですよ、朱晩霞さん」


 眼鏡の奥の目が、柔らかく晩霞を見やる。


「誰だって、最初からすべてできる者はいません。失敗を重ね、過去の自分を反省することで人は成長するものでしょう? 最初から自信満々でいる方が怖いことです。今のあなたのようにこの仕事へ恐れを持っている方が、よほど信用できるというものだ。力も自信も、これからつけていけばいいんですから」

「……はい」

「それにですね、ここだけの話ですが、収蔵品には高額の保険が掛けられていますから。万が一壊したとしても大丈夫……ではありますが、こんなに貴重で美しく素晴らしいもの達を壊すのはとてもとても忍びない。十分に気を付けて下さいね」


 冗談交じりに、しかしきっちりと周館長は釘を刺す。晩霞も気を引き締めて、真剣に頷き返した。


「それにしても、本当に保存状態が良いものばかりですね」

「ええ、そうでしょう? 展示室には出していませんが、保管室には国宝レベルの、まだどこにも公開されていない書物がたくさんあるんですよ。研究のしがいもあります。ここで初めて見ることができたものも多くて……」


 王教授の後輩だけあって、歴史の話となると周館長は目をきらきらと輝かせる。

 しばらく周館長と歓談していれば、視界の端でちらちらと動くものが気になった。視線をやると、天井に設置された黒い監視カメラが動いている。


「ああ、人の動きに反応して動くようになっているんです」


 周館長が軽く手を振ると、確かにカメラが呼応するように動いた。そういえば晩霞が建物の敷地に入る際にも、門の監視カメラが反応していた。

 ロビーの天井には、見える範囲でも四個のカメラが付いている。同じように、展示室や保管室にも付いているようだ。


四海奇貨館ここは見た通り、価値の高い収蔵品が多いので、セキュリティには力を入れてあります。四海グループにはセキュリティ部門があって、オフィスの警備やマンションの防犯システム、情報セキュリティシステムも独自に開発しているんですよ。

 四海グループから派遣された警備員がここに常駐しているだけでなく、周囲の柵や林の中にも監視システムがあります。異常があれば五分以内に他の警備員も駆け付けるようになっているんです」

「なるほど……」


 警備は厳重のようだが、それならこんな人気のない場所ではなく、もっと警備しやすい場所――それこそ四海グループのオフィスビルの中など、人目が多い所に作ればよかっただろうに。

 晩霞が頭の片隅で思っていると、周が思い出したように手を打った。


「ああ、そうだ。警備の関係もあって、建物に入るにはパスカードと生体認証が必要です。今日は私が解除しましたが、朱さんの登録もしないといけませんね。まずは生体認証……掌紋と顔を登録してもらいます。パスカードは後日、スタッフカードと一緒に渡しますので、しばらくは予備のものを使って下さい。こちらは絶対に無くさないようにして下さいね」

「わかりました」


 晩霞は周館長に連れられ、受付の方へと向かう。

 その後ろ姿を、カメラの黒いレンズが小さな駆動音を立てて捉えていた。




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