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千年呪妃  作者: 黒崎リク
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(3)


  ***


 麗城(れいじょう)市は、河南省の中央部にある都市だ。首都からは高速電車で三時間半の距離で、鉄道路線が多く、幹線道路も複数ある。

 洛陽や開封に次ぐ古都として知られており、かつては王朝の都が置かれたこともある。歴史ある街並みが広がる一方で、交通の利便性から都市開発が進み、近未来を思わせる高層ビルやモダンなマンションが次々に建設されていた。

 近頃では、郊外の旧地区の古い建物をリノベーションして、カフェや雑貨屋などを開く若者も増えているようだ。


 晩霞が麗城市に引っ越すことになったのは、ひとえに就職先がそこにあるだからだ。

 元々は首都での就職を希望して就職活動をしていたが、これも因果かと思うほどことごとく落ちた。大学卒業を目前にしてフリーターになるしかないと諦めていたところで、研究室の先生から紹介され、一度の面接であっさりと決まった先は名の知れた大企業。

 まさに「天下掉下馅饼来(棚からぼたもち)」である。


 突然決まった就職と引っ越しに家族は心配していたが、晩霞は新生活の準備で忙しく、不安になる暇もなかった。

 住居は社員用マンションの一室を格安で借りられるし、近くにコンビニや商店街、公園もあって住環境も良い。初めての一人暮らしも何とかなりそうだ。


 晩霞はまだ慣れない道を歩いて駅まで行き、朝の通勤で混む電車に乗り込んだ。ドアの近くで手摺に寄りかかり、他の乗客と同じようにスマホを取り出して眺める。

 暇つぶしに開くのは、無料の電子コミックアプリだ。親指でスクロールさせながら、昨日の続きを読み始める。

 ここ数年変わらぬ人気を誇るジャンルは『転生転移無双もの』や『悪役やり直し系』である。現実世界で死んだり召還されたりした主人公が、異世界でチート能力や現代知識で無双したり、悪役主人公が過去に巻き戻る、あるいは悪役に転生した主人公が上手く立ち回ることで惨劇を回避して、人生をやり直したり……というものだ。

 皆似たような設定ながら、バリエーションは豊富で展開が凝っているものもあり、人気なのが頷ける。


(それにしても……転生か)


 晩霞はスマホ画面を通り越して遠い目をしてしまう。


 転生経験者としては、転生はもうこりごりだ。

 死んですぐに人間に転生できた漫画の主人公達が心底羨ましい。しかも周囲の者達に愛され、優れた能力や知識を使って順風満帆な人生を送れるなんて。

 晩霞が体験してきたのは、幾度も繰り返される地獄よりも恐ろしい日々。もう転生したくないと何度願ったことか。……これも前世の業で自業自得なのかもしれないが、今の人生が終わった後に再びあれが繰り返されるのは本当にやめてほしい。

 晩霞が望むのは、今の人生を平穏に過ごすこと。

 そして、万が一の次の転生に備えて、今生では人に恨まれぬようできるだけ善行を積み、少しでも穏やかな来世を迎えられるようにすることである。


 そして転生以上に、過去へ戻ってのやり直しはごめんだ。

 漫画の中では、主人公達は皆うまく立ち回って、自分を貶めた者達に復讐、もしくは和解してスカッと爽快、大団円な展開になる。

 だが、自分には到底やり直せる気がしなかった。


 王を諫めて正道へ導くようにすればよかった?

 他の者と協力して王を倒せばよかった?

 あるいは、裏切る相手を先に殺して横道(おうどう)を貫けばよかったか?


 例え『呪妃』と呼ばれ恐れられていても、結局はただの一人の人間だ。神のような強大な力があるわけでも、己の言葉一つで国を動かせるわけでも、皆を味方にできるほどの賢さや人望があるわけでもなかった。

己の末路を知った状態で過去に戻ったところで、漫画のように好転できるとは到底思えない。せいぜい、反乱が起きた時点で潔く自害して、牢獄生活を回避するくらいか。

 そもそも呪術を使うために自分は王宮にいた。王の命令を拒めば、その場で呪妃としての存在意義は無くなり処刑されたことだろう。そこで自分が生き延びるために、ただただ破滅の一途をたどっただけだ。


 ……『呪妃』なんて、二度となってたまるか。


 止まった指の下で、暗くなったスマホの画面が晩霞の顔を写す。

 黒い水面のような液晶に映るのは、己の険しい顔だ。

 今朝見た夢のせいで、久しぶりに前世のことを考えてしまっている。


(……あー、やめやめ。無駄なことは考えない!)


 気を取り直してスマホのロックを解除した矢先、目的の駅に着いてしまった。

 結局続きを読むことはできず、コミックアプリを閉じた晩霞は、今度は地図のアプリを立ち上げたのだった。


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