(12)
いつの間に来ていたのだろう。傍らには天華が立っており、手には茶器の乗ったお盆を持っていた。
柔らかく微笑みながら、晩霞を窺うように見てくる。
「小朱、少し休憩にしませんか?」
『呪妃さま、お茶をお持ちしました』
「……」
脳裏に小華の顔が過ぎったのは、呪妃が休もうと思った時にいつもタイミング良く彼が茶を持ってきたからだ。
緊張するよりも懐かしさが先立ち、晩霞はぼうっと天華を眺めてしまう。
「小朱?」
「……あ、はいっ。休憩しましょう!」
慌てて返事したせいか、声が大きくなってしまった。晩霞の声に林主任もようやく顔を上げて、天華に気づくと慌てて立ち上がる。
「オーナー! すみません、気づかずに……」
「いいえ、お気になさらず。二人とも根を詰めているようでしたし。林主任もよかったら休憩にしませんか?」
昼食後に二人が保管室に行ったきりで戻ってこないので、休憩がてら様子を見に来たと天華は言う。
さっそく、パーテーションで仕切られた休憩スペースに皆で移動する。ちなみに今いるのは保管室の前室にあたる場所であり、所蔵品はその奥、温度と湿度が調整できる収蔵庫にある。休憩スペースには流しやケトルがあり、軽い飲食ができるようになっていた。
四角い卓に、天華が手際よく茶器を並べて準備していく。
さすがに場所が場所なので、茶盤や茶壺を使う本格的なものではないが、蓋椀に茶葉を入れ、ケトルの湯を入れる動作は手慣れたものだ。
オーナーである彼に給仕をさせるのは居た堪れなく、晩霞達はそわそわとしてしまうが、その様子に天華は可笑しげにはにかんだ。
「これは私の趣味というか、性分のようなものなので。幼い頃から随分と鍛えたので、自信はありますよ」
「ほう……ご両親から教わったので?」
林主任が尋ねると、天華は首を横に振る。
「まあ、保護者には違いないのですが……世話になった恩人に、少しでもおいしい茶を飲んでもらいたくて頑張りました。今も勉強中の身ではありますが」
いいとこのお坊ちゃんは、ずいぶんと殊勝な性分であるようだ。
林主任が感心する横で晩霞も頷きながら、天華の手元を見やる。
蓋をして蒸らし、茶葉が沈んだ頃、長い指先が蓋椀を取り、蓋を少しずらして茶海へと茶を注ぐ。それを小さな茶杯に移して、林主任と晩霞へ差し出した。
「どうぞ」
「ありがとうございます、いただきます」
手に取った白磁の茶杯からは、爽やかな、少し草っぽい香りがする。口に含めば澄みながらもしっかりとした甘みが広がり、飲んだ後はすっきりと爽やかな余韻が残った。
ほお、と林主任が感嘆する。
「これはおいしいですね。白茶ですか」
「ええ、白牡丹です。身体の熱を取り、夏バテに効くんですよ」
白牡丹は白茶に分類される。白茶は摘んだ後の茶葉を放置して自然に萎れさせ、ごく弱く発酵させた茶のことで、香りや味わいが爽やかで上品だ。
あまり茶に興味がなく、普段はティーバッグか、もっと手抜きでインスタントの粉を使っている晩霞だが、これは素直においしいと思った。もう少し飲みたいと思った矢先、空になった茶杯に天華が二杯目を注ぐ。
「あ……どうも、ありがとうございます」
「いいえ。よかったらこちらもいかがですか?」
天華が差し出した小さな入れ物の中には、ドライフルーツやナッツが入っている。その一角に、茶色い小さな焼き菓子もあった。気になって食べてみると、ほろっと崩れてピーナッツの風味が広がる。花生酥だ。
「塩気もあって、案外合うんです」
「……はい、おいしいです」
ピーナッツの風味がそれほど強くなく、塩気で引き立つ素朴な甘みとほろほろとした食感がいい。晩霞の好きな味だ。
思わず緩む口元を握った拳で隠すようにして食べていると、ふいに強い視線を感じた。天華が蜜色の目を軽く見開いて、こちらをじっと見ている。
わずかに顰められた眉に困惑の色が見えたので、もしや花生酥の欠片か何かが顔についているのかと、晩霞はこそこそと口元を拭った。これで取れたかと目線を上げれば、まだこちらを見ていた天華と目が合う。
「な、何でしょうか」
取れていないのかと身構える晩霞だったが、天華はただ「お茶のお代わりは」と尋ねてくるだけだった。
言葉に甘えてお代わりし、ついでに花生酥をもう一個つまんだ晩霞は、目を伏せた天華が満足そうに薄く笑む様子に気づくことはなかった。




