(10)
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「小朱! 奇遇ですね」
公園の入り口でばったりと出会ったのは、楚天華だ。
満開の花すら霞む美貌を持つ青年が、花も恥じらう麗しい笑みを浮かべる様に、今朝見たばかりの夢を思い出してしまった。
晩霞は頬が引き攣りそうになるのを堪えつつ挨拶をする。
「お……おはようございます」
「おはようございます」
笑顔で返してくる天華の声と顔が、小華のものと重なった。
いかん、重症だ。ふるりと頭を振って残像を飛ばそうとするが、そんな晩霞の様子に天華が怪訝そうに眉を顰める。
「大丈夫ですか? 顔色が少し悪いようですが……」
「あ……ええ、大丈夫です。少し寝不足なだけで」
嘘だ。昨日はあれからすぐに寝付いて、たっぷり睡眠をとれていた。
予想していた夢見の悪さも無くて、自分でも少なからず驚いた。前世の記憶の一場面を切り取った夢はむしろ穏やかなもので、起きた時に少しだけ勿体なく思ったくらいだ。小華は本当に美少年だったなあ、と呑気な感想さえ抱いた。
そして、そんな小華が成長した姿にそっくりな天華が、夢の中と同じように心配げに晩霞を見つめてくる。
「体調には気を付けて下さいね。まだ日中は暑いですし……。そうだ、よかったら今日のお昼ご飯、一緒に行きませんか? 近くに美味しい薬膳を出す店があるんです。夏バテにも効く、季節限定のランチがあって。体調に合わせた薬草茶も調合してくれますよ」
にこにこと誘ってくる天華に、晩霞は断り文句を選びつつ口を開く。
「あの、お誘いはありがたいのですが、楚先輩もお忙しいのでは……」
「今回の企画展の件で、しばらく麗城市に滞在することになりました。時間も余裕がありますし、久しぶりに近くの店をいろいろと回ってみたくて。一人では寂しいので、付き合ってもらえたら嬉しいです」
「……」
断りづらい誘い方をしてくる。しかも「そうだ、奇貨館の皆も誘って行きましょうか」と晩霞の警戒を解く台詞も付け足した。晩霞は渋々頷く。
「……はい、わかりました」
「よかった。お昼が楽しみです」
そう言って微笑むと、天華は当然のように晩霞の隣に並んで歩き始める。
朝の公園は人が少ないが、スタイル抜群の美貌の青年が颯爽と歩く姿に、人の目がちらちらと向く。ジョギング中の若い女性や通学中の学生達、散歩中の老夫婦など、老若男女問わず一様に天華を二度見、三度見していた。
注目される彼と、とばっちりで突き刺さってくる視線から逃れたくて、晩霞は歩く速度をそっと緩める。少し距離を取ったことでようやく一息付けることができ、斜め後ろから改めて天華を見やった。
天華はネイビーのポロシャツに白い麻のアンクルパンツ、歩きやすいスニーカーというカジュアルな恰好をしていて、昨日よりもだいぶラフな雰囲気だ。
プラタナスの梢を揺らす風が、彼の短い髪を揺らしていた。何となく襟足を見つめていると、ざあっと葉擦れの音が大きくなり、強い風が吹きつけてくる。
咄嗟に目を瞑り、開いた晩霞の目の前を、風になびく長い髪が横切った。
緩やかに波打った長い黒髪が、木漏れ日を反射している。編まれた髪の一房が、明るい鳶色に艶めいて光った。
「っ……」
驚いて瞬きをした後には、短く刈られた襟足とシャツの襟が視界に映る。
……今のは幻なのだろうか。それとも、夢の続きを引きずっているのか。
身体は強張り、知らず息を詰めていた。立ち止まった晩霞を、先を進んでいた天華が振り返る。
「小朱? どうかしましたか」
「……何でもありません」
息を吐いて、胸のつかえをかき消すように答えると、天華はまた心配そうな表情を見せる。それに作った笑みを返して「それより早く行きましょう」と促した。
四海奇貨館を囲む檻、もとい鉄柵が見えた時は、晩霞は珍しくほっと安心してしまった。




