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千年呪妃  作者: 黒崎リク
18/25

(10)


 ***



「小朱! 奇遇ですね」


 公園の入り口でばったりと出会ったのは、楚天華だ。

 満開の花すら霞む美貌を持つ青年が、花も恥じらう麗しい笑みを浮かべる様に、今朝見たばかりの夢を思い出してしまった。

 晩霞は頬が引き攣りそうになるのを堪えつつ挨拶をする。


「お……おはようございます」

「おはようございます」


 笑顔で返してくる天華の声と顔が、小華のものと重なった。

 いかん、重症だ。ふるりと頭を振って残像を飛ばそうとするが、そんな晩霞の様子に天華が怪訝そうに眉を顰める。


「大丈夫ですか? 顔色が少し悪いようですが……」

「あ……ええ、大丈夫です。少し寝不足なだけで」


 嘘だ。昨日はあれからすぐに寝付いて、たっぷり睡眠をとれていた。

 予想していた夢見の悪さも無くて、自分でも少なからず驚いた。前世の記憶の一場面を切り取った夢はむしろ穏やかなもので、起きた時に少しだけ勿体なく思ったくらいだ。小華は本当に美少年だったなあ、と呑気な感想さえ抱いた。

 そして、そんな小華が成長した姿にそっくりな天華が、夢の中と同じように心配げに晩霞を見つめてくる。


「体調には気を付けて下さいね。まだ日中は暑いですし……。そうだ、よかったら今日のお昼ご飯、一緒に行きませんか? 近くに美味しい薬膳を出す店があるんです。夏バテにも効く、季節限定のランチがあって。体調に合わせた薬草茶も調合してくれますよ」


 にこにこと誘ってくる天華に、晩霞は断り文句を選びつつ口を開く。


「あの、お誘いはありがたいのですが、楚先輩もお忙しいのでは……」

「今回の企画展の件で、しばらく麗城市こちらに滞在することになりました。時間も余裕がありますし、久しぶりに近くの店をいろいろと回ってみたくて。一人では寂しいので、付き合ってもらえたら嬉しいです」

「……」


 断りづらい誘い方をしてくる。しかも「そうだ、奇貨館の皆も誘って行きましょうか」と晩霞の警戒を解く台詞も付け足した。晩霞は渋々頷く。


「……はい、わかりました」

「よかった。お昼が楽しみです」


 そう言って微笑むと、天華は当然のように晩霞の隣に並んで歩き始める。

 朝の公園は人が少ないが、スタイル抜群の美貌の青年が颯爽と歩く姿に、人の目がちらちらと向く。ジョギング中の若い女性や通学中の学生達、散歩中の老夫婦など、老若男女問わず一様に天華を二度見、三度見していた。

 注目される彼と、とばっちりで突き刺さってくる視線から逃れたくて、晩霞は歩く速度をそっと緩める。少し距離を取ったことでようやく一息付けることができ、斜め後ろから改めて天華を見やった。

 天華はネイビーのポロシャツに白い麻のアンクルパンツ、歩きやすいスニーカーというカジュアルな恰好をしていて、昨日よりもだいぶラフな雰囲気だ。

 プラタナスの梢を揺らす風が、彼の短い髪を揺らしていた。何となく襟足を見つめていると、ざあっと葉擦れの音が大きくなり、強い風が吹きつけてくる。

 咄嗟に目を瞑り、開いた晩霞の目の前を、風になびく長い髪が横切った。

 緩やかに波打った長い黒髪が、木漏れ日を反射している。編まれた髪の一房が、明るい鳶色に艶めいて光った。


「っ……」


 驚いて瞬きをした後には、短く刈られた襟足とシャツの襟が視界に映る。

 

 ……今のは幻なのだろうか。それとも、夢の続きを引きずっているのか。


 身体は強張り、知らず息を詰めていた。立ち止まった晩霞を、先を進んでいた天華が振り返る。


「小朱? どうかしましたか」

「……何でもありません」


 息を吐いて、胸のつかえをかき消すように答えると、天華はまた心配そうな表情を見せる。それに作った笑みを返して「それより早く行きましょう」と促した。

 四海奇貨館を囲む檻、もとい鉄柵が見えた時は、晩霞は珍しくほっと安心してしまった。



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