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千年呪妃  作者: 黒崎リク
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(7)

 だが、断って彼の機嫌を損ねれば、今後の職場環境に影響が出るかもしれない。晩霞は愛想笑いと共に提案する。


「じゃ……じゃあ、『楚先輩』はいかがでしょうか? 私は後輩になるのだし……」


 晩霞の案に、天華は不満そうな色を残しながらも「わかりました」と頷いた。ようやく手が離れてほっとするが、相変わらず距離が近い。


「それでは、あなたのことは何と呼びましょうか。小晩? 小霞?」


 ぐいぐいと来る天華に対して、ときめきよりも不審が勝ってしまう。イケメンに迫られてドキドキな展開は、漫画の中だけでいい。


「……ただの『朱』でお願いします」


 晩霞が笑いを引っ込めて固い声で答えれば、天華は人懐こい微笑みを崩さぬまま、しかしちゃんと了承した。ぐいぐい押すだけでなく、引き際は心得ているようだ。


「では、小朱と呼びますね。改めて、これからよろしくお願いします、小朱」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 呼び方が決まって満足したのか、天華はキッチンカーを再び楽しそうに見やる。

 よし、これで無事に昼食が買える。そう安心した晩霞だったが、その後「小朱は何が好きですか?」「小朱のおすすめを教えて下さい」と立て続けに聞かれて、再びげんなりする羽目になるのだった。




 ***




 仕事を終えて帰宅した晩霞は、窮屈なパンプスを脱ぎ散らかし、麻のジャケットを床に放り出し、ソファに己の身体を投げ出した。

 兄達が奮発してプレゼントしてくれた大きい二人掛けのソファは、ほどよい弾力で晩霞をしっかりと受け止めてくれる。ごろりと仰向けになり、ソファに合わせて買ったクッションにもたれかかった。

 クッションカバーに入れてある香り袋から漂うのは、ラベンダーをベースにした落ち着くフレグランスだ。深く息を吸い込んで、吐き出して、まとめていた髪を手で雑に梳いてから、ようやく人心地つく。


「あー……疲れたー……」


 体力を使う仕事は無かったし、定時には上がることもできたのだが、今日は今までで一番気疲れした日であった。



 ――結局、昼食は天華と共に公園の東屋で食べることになった。

 意外にも、天華はキッチンカーの手ごろな餡餅(中華風おやき)や蛋餅(タンピン)(中華風クレープ)を美味しそうに食べていたものだ。案外、庶民派なのか。あるいは馬鹿舌なのかもしれない。

 その後、四海奇貨館に戻ってからも天華と行動をすることになった。


 楚天華が四海奇貨館を訪れたのは、次の企画展の打ち合わせのためであった。

 四海グループが収集している文物で、今まで常設展や企画展でも出していなかった秘蔵の物をテーマに合わせて展示するそうだ。

 そのテーマは偶然にも、晩霞が大学で研究していたテーマと重なっていた。唐代から宋代への変遷期、五代十国時代の各王朝や国の芸術、文化に焦点を当て、王朝の変遷や地方政権の十国の特色などに沿って展示する、というものらしい。

 四海奇貨館では久しぶりの大きな企画だそうで、周館長も林主任も大いに盛り上がっていた。晩霞にとっては初めての企画展だ。


 ちなみに、現在展示されているのは『宋代の五大名窯』の陶磁器である。

 『雨過天青(雨上がりのしっとりと水けを含んだ空の色)』と称される汝窯や、白磁の名窯として知られる定窯など、芸術的で個性的な陶磁器が生み出された時代の陶磁器は、これまた保存状態が素晴らしかった。おまけのコーナーでは、曜変天目茶碗などで知られる建窯の物も展示されていた。

 ああいう、見た目ですぐに美しさがわかる展示の方が賓客相手には受けが良さそうなのにな、と晩霞は頭の片隅で思ったものだ。

 五代十国時代は、この悠久の歴史を持つ国においては、五十余年ほどの短い時代である。その前後の唐や宋は三百年続き、芸術や文化が発達、繁栄した時代で、文物は豊富にある。あるいは、文化芸術が成熟した清代の文物の方が一般受けしそうだが……と不思議に思いながらも、やはり興味はあった。


 四海奇貨館のメンバーが全員集まり、大まかなスケジュールの組み立てから始まり、展示する文物のリスト、展示レイアウトの作成など誰が担当するか……と会議が開かれることになった。

 幸い、今日は見学予定もなく時間は十分にあり、会議自体も緩やかなものであった。慣れているメンバーが談笑しながら役割分担をしていく中、初参加の晩霞はひとまず林主任の補佐役に……となったところで、天華が言った。


『あなたはこの時代の研究をしていたと聞きました。どうでしょう、展示する区画の一つを担当してみませんか? 僕が補佐に入りますので』


 天華が言えば、周館長も林主任も『たしかに、ちょうどいい機会ですね』『いい勉強になるからやってみたら』と賛同した。陶も『大丈夫よぉ、オーナーがついていたら百人力だわ』と背中を押す。

 まだ入社して十日足らずの新人にそんな大仕事、と晩霞は内心悲鳴を上げたが、頷くしかない。オーナー直々の指名だ。

 顔を強張らせる晩霞を、天華はさっそく『企画室のレイアウトを確認しましょう』と二階の一画にある企画室まで連れ出して、小一時間ほど過ごすことになったのだった。





《こまごま設定》


中国での名前の呼び方は、基本的には「姓+名」のフルネームの呼び捨てだそうです。

年下相手には「シャオ」+「姓or名の一字」、

年上相手には「ラオ」+「姓or名の一字」、

ビジネスでは「姓+役職名」、役職が無い場合は「先生」「女士」をつけるそうで。


物語中では日本語的な呼び方で記載していますが、

陶さんは「陶女士」「陶姐」、晩霞は「朱女士」「小朱」「朱晩霞」

楚天華は「老板(ボスの意味)」「楚老板」「老楚」「楚先生」と呼ばれている設定。


「朱晩霞」は中国語読みでは「ヂゥ・ワンシア」、「楚天華」は「チゥ・ティエンホア」。

小を付けた時の呼び名はそれぞれ「小朱シャオヂゥ」「小晩シャオワン」「小霞シャオシア」、「小楚シャオチゥ」「小華シャオホア」になるという……。中国語難しいです。 



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