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千年呪妃  作者: 黒崎リク
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(6)


「さきほども言いましたが、新しいものを買ってきます」


 楚天華の再度の提案に晩霞は頬を引き攣らせるも、曖昧な微笑みに変えて、やんわりと断りの言葉を口にする。


「いや、本当に大丈夫ですので……」

「遠慮なさらずに。僕も昼食がまだなので、そのついでです。陶さん、こちらの品物のお店はどちらに?」

「広場にあるキッチンカーの……ああ、そうだ、晩霞ちゃん。オーナーと一緒に行って来てくれるかしら」

「えっ」


 思わぬ提案に晩霞は思わず声をあげたが、陶は気づいていないのか言葉を続ける。


「ほら、注文する時も種類がいっぱいあって難しいじゃない。それに、オーナー一人に行かせるのも悪いわ」

「だったら私が……」


 いっそ自分一人で行こうと考えるが、そこでまた楚天華が口を挟む。


「広場の屋台、前から行ってみたいと思っていたんです。案内してもらえると助かります」

「オーナーもこう言われていることだし。頼むわ、晩霞ちゃん」

「陶さんもよろしければ一緒に……ああ、でもお時間を取らせてしまいますね」

「あはは、あたしはいいですよぉ。林主任にお使いの分を渡さなくちゃいけませんしね。せっかくだから若者同士で行ってきて下さいよ」


 口を挟む暇もなく、示し合わせているかのように二人は話を進めてしまう。

 陶は身体の陰でぐっと親指を立ててみせるが、そういう気遣いは本当にいらない。晩霞は助けを求めるように周館長を見たが――。


「そうですね。朱さんはオーナーと初めて会ったことですし、親交を深めるいい機会です」


 昼休憩は長めにとっていいので――。

 周館長にまで言われてしまえば、逃げ道は無い。小華そっくりの青年が嬉しそうに微笑むのを横目で見ながら、晩霞は溜息を押し殺した。




 ケバブサンドのキッチンカーの前には、長い行列ができていた。

 晩霞達と同じように、新しく出店したのを狙ってきたのだろう。先ほどは早い時間であったから待ち時間が少なくてよかったが、今はちょうど昼の混む時間帯だ。他のキッチンカーにも、大なり小なりの人だかりができている。


 四海奇貨館から広場まで引き返してきた晩霞は、目の前の光景と、隣でニコニコワクワクと辺りを見回す御曹司の様子にげんなりした。

 四海グループの御曹司様をあの行列に並ばせるわけにもいかない。時間が掛かりそうなのでケバブは早々に諦めることにして、お気に入りの、できるだけ行列が少ない屋台を目の端でピックアップしながら、楚天華に尋ねる。


「オーナー、何か食べたいものはありますか? ほら、あそこのキッチンカーの葱油餅ツォンヨウピン包子パオズは美味しいですよ。その隣の餡餅シェンピンの店も、種類がたくさんあって、野菜と春雨入りとか、肉汁たっぷりでスパイスの効いた牛肉とか、ボリュームもあって……」

「……」


 ところが、天華は微妙な表情を浮かべてこちらを見つめ返しただけだ。

 キッチンカーが物珍しくて決められないのだろうか。あるいは、見るからにジャンキーで安いものを食べたくないのか。上流階級の彼がキッチンカーを利用するはずもない。物珍しさで来てはみたものの食べられるものがない、ということかもしれない。


「あー……他のお店を探しましょうか? イタリアン、フレンチ……オーナーは何がお好きですか?」


 公園の近くで、できるだけ高級そうな……いや、同伴するかも知れないから自分が支払える範囲の店でないといけない。

 さすがに最初から奢ってくださいは無しだよね、と晩霞はスマホで周辺の情報を見る。

 だが――


「そうではありません」


 スマホをいじる晩霞の手に、大きな手が重なった。天華の固い指先が、検索していた晩霞の親指をそっと押さえている。

 気づけば、すぐ目の前に天華がいた。咄嗟に振り払うこともできない。キッチンカーから漂ってくる香ばしい油やスパイスの匂い、バターや砂糖の甘い匂いよりも強く、彼の香りがした。

 いきなりの接触に晩霞の頭の中が一瞬真っ白になる中、天華がおずおずと言ってくる。


「できれば『オーナー』ではなく、名前で呼んでいただきたいのですが……」

「へ? ……え?」


 瞬きして見上げると、天華はひどく真剣な顔で晩霞を見つめていた。


「皆さんからオーナーと呼ばれてはいますが、僕はまだ研修中の身で実際には役職についていません。なので、ただの『楚天華』と呼んでもらいたいのです」

「そ、それはさすがに……」

「……駄目でしょうか?」


 天華は悲しそうに長い睫毛を伏せる。蜜色の目を潤ませて落ち込む姿が、まるで雨の中に捨てられた子犬のようで、きゅーんと切なく鳴く声が聞こえてきそうだ。

 うぐ、と言葉を詰まらせる晩霞に、天華はさらに言い募る。


「どうか、天華でかまいませんから。小楚や小華でも」


 いや無理だろ、と晩霞は心のうちで突っ込む。

 姓に『小』をつけるのはポピュラーな呼び方ではあるが、初対面、しかも立場がかなり上の人に対して呼ぶものではない。名に小をつけて呼ぶのは、よほど親しい間柄でないと無理だ。名をそのまま呼ぶのも然りである。

 そもそも『小華』なんて呼んだら、前世のあいつとまるかぶりではないか。


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