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千年呪妃  作者: 黒崎リク
13/25

(5)

 思いがけず青年を見下ろす形になり、晩霞は困惑する。さ迷わせた視線の先、青年の癖のある髪が短く切られていることで、ふいに夢から覚めた気分になった。頭の中の混乱が、波が引くように薄れていく。


 そう、ここは現代。長髪が当たり前だった千年以上前の過去ではない。

 そして晩霞もまた、『呪妃』本人ではない。現代を生きている、ただの人間だ。


「……」

「すみません、驚かせてしまいましたね」


 立ち上がった青年が晩霞を見下ろす。

 視線を上げた先にある顔――蜜色の瞳や通った鼻筋、唇に浮かべる優し気な笑みはたしかに小華によく似ていたが、自分の記憶の中よりもずいぶんと大人びて見える。

 あの頃の彼は二十歳に満たず、少年と青年の境にいた。だが、目の前の青年は二十代半ばくらいで、今の晩霞よりも年上、分別のある大人といった雰囲気だ。引き締まった精悍な頬に漂う余裕や、落ち着いた佇まいに滲む色気は、小華には無かった。


 そっくりでも、彼は小華ではない。別人だ。

 そもそも、千年以上経った現代に彼がいるはずがないのに――。


 自分は何を焦っていたのだろう。内心で胸を撫で下ろす晩霞の前で、青年が白いビニール袋の中を見やる。薄紙に包まれたケバブサンドは落ちた衝撃で崩れて具が飛び出し、ビニール袋の中に散らばっていた。

 青年は整えられた凛々しい眉を、申し訳なさ気に下げる。


「新しいものを買ってきます」

「え……い、いいえ!」


 青年の言葉に、晩霞は慌てて首を横に振った。


「大丈夫です。直接床に落ちたわけではないし、そもそも落としたのは私で……」


 目の前の若い青年は、四海奇貨館のオーナーに違いない。新人の晩霞にとって上司の上司であり、しかも四海グループを治める一族の一員。雲の上の存在である彼に、晩霞が落としてしまった昼食のお使いをさせるわけにはいかない。

 晩霞はビニール袋を急いで取り戻そうとするものの、なぜか青年は返してくれない。それどころか、晩霞の手が届かぬように高く持ち上げてしまう。

 なぜ意地の悪いことをするのか。

 晩霞は戸惑い青年を見上げるが、青年もまた不思議そうに、まるで珍しいものを見たような表情を浮かべていた。……自分から意地悪しておいて、何だその顔は。

 焦りと苛立ちを募らせながらも、晩霞は取り戻そうと手を伸ばす。


「ちょっと、あのっ……」

「オーナー、朱さんが困っていますよ」


 苦笑交じりの声を掛けたのは周館長だ。青年はようやくビニール袋を下ろしたが、己の胸に抱え込んでしまった。


「すみません。同年代の人と働くことができるのが嬉しくて、少し浮かれてしまいました」

「まあ、オーナー。悪かったですね、みんな年寄ばかりで」


 すかさず、陶が大げさに口を尖らせて言う。

 周館長や林主任、事務の陶は青年よりも一回り以上は年上だ。年少ながら彼らの上司である青年にとって、晩霞は初めてできた年下の部下になるのだろう。


「そんな、陶さん。恥ずかしながら、いつも僕は皆さんを頼りにしてばかりなので……やっと先輩になれたような気分なんです」


 陶の皮肉にやんわりと返して、青年は晩霞を見やる。後輩ができたことがそんなに嬉しいのか、青年は整った顔に笑みを滲ませる。


「申し遅れました。僕は天華てんかといいます。この四海奇貨館の管理を一任されています」

「初めまして。私は朱……」

「晩霞、ですね。入社時に提出していただいた書類を拝見しました。あなたにお会いできるのを楽しみにしていたんです」

「は、あ、はい……ええと、恐縮です」


 晩霞はそう返すことしかできない。

 楚天華のような美貌の青年に名前で呼ばれ、「会えるのを楽しみにしていた」なんて言われれば、普通の女性なら赤面悶絶ものだっただろう。

 だが、晩霞――もとい呪妃にとっては見慣れた風貌なので、むず痒いというか居心地が悪いというか、どうにも収まりが悪い感じがした。

 反応の乏しい晩霞をよそに、陶は「あらあら」とにやついた口元に手を当てるし、周館長は「おやおや」と若者を微笑ましく見やる。

 二人の視線を受け、晩霞はますます肩身が狭くなる心地になりながら、楚天華が抱えるビニール袋を指さした。


「あの……楚オーナー、そちらを返していただいてよろしいですか?」


 でなければ晩霞の昼食が無くなる。

 だいたい、今こうしている間も貴重な昼休みがどんどん削られていっているのだ。ご飯の後で、スマホで電子コミックを読んだり、好きなアパレルブランドのショッピングサイトをぶらついて新作を探したりするのが楽しいのに。

 晩霞の催促に、しかし彼は「とんでもない」と首を横に振った。



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