第三話 依頼内容
それから、三日が経過した。
三日後。ルーヌは再びオーガスタ宮殿に足を運んでいた。ヨーセフの部下に連れられて向かうのは三日前にも入ったあの部屋。衛兵が守る扉が開かれ、あの豪華な部屋が現れる。
「あら。その足音はルーヌ様ですね? お待ちしておりましたよ」
部屋に入ると、部屋の隅にあるソファで寛いでいたミカエラが顔を上げた。
ルーヌは頭を垂れ、挨拶を述べる。するとミカエラはほくそ笑み。
「そんな格式張った挨拶など要りませんよ。今日の面談を楽しみにしていました。それで、お返事は如何でしょうか?」
公女ミカエラはそう微笑み、三日前に告げられた内容の返事を求めた。
その返答を求められ、ルーヌは考え込むように難しい顔を浮かべざるを得なかった。
今から三日前、ミカエラと初めて面談した時。ルーヌは自身が呼ばれた理由を知ったのだ。
「いったいどういうこと? 私にミカエラ様の身代わりをしろって」
ミカエラとの面談を終え、衝撃の事実を知らされたルーヌは帰りの車の中で問い詰めた。
すると。隣に座る悪友はヘラヘラとした態度を見せる。
「おいおい。そんな怖い顔をしないでくれよ。私はそういう顔に弱いんだ」
「茶化さないでよヨーセフ。これは大事な話よ。いったいどういう事なのか、説明をしなさい」
ルーヌの追撃から逃げようとするヨーセフを、決して逃がすまいとルーヌは睨みを効かせた。
そう。ミカエラから告げられたのは『ミカエラの代わりを務める事』だ。
それが意味するのは簡単な事。ルーヌがミカエラになり、公務の全てを引き受けろという事。
「君は、二年前の悲劇を覚えているか?」
すると、友は国防を預かる男の表情をした。その顔にルーヌは頷いた姿を見せる。
二年前の悲劇。それはベアタ公国で最も最悪な事件と呼ばれる程の事件である。
事件の日、その日はベアタ公国建国記念日であった。かの大国、エストニア大帝国の属国であったベアタ公国は、この日に独立を勝ち得た。独立戦争を導いた初代公王はこの日を独立記念日と定め、毎年のようにこの日を祝い続け。歴代の王も同じように祝った。
しかし、歴代の王と同じように首都を回る最中の事であった。首都を回っていた公室を乗せた車両が、突如爆破されたのだ。会場は騒然、すぐに護衛の者が助けに入ったが、公王及び公妃は遺体として発見され、唯一生き残ったミカエラは視力を失ってしまった。
その事件以来、ベアタ公国の最後の後継者であるミカエラはオーガスタ宮殿に閉じこもり。
ベアタ公国の民は、この事件を永遠に忘れず。哀しみに暮れてしまっている。
「……この国の人間なら、忘れもしないわ」
「そうだ。決して忘れてはならない最悪の事件だ。あの事件で我らが公王陛下と公妃陛下はこの世を去られ。唯一の生存者のミカエラ様は――目を失われた。決して許されない事件だ」
ヨーセフはそう言い、目を伏せた。しかし、彼はすぐに鋭い目を見せる。
「――その事件の首謀者が、エストニア帝国だと言ったら君は信じるか?」
それはあまりにも突然で、あまりにも衝撃的な発言であった。ルーヌは思わず友を凝視した。
「それ、どういう事なの」
「今言った通りさ。あの事件を仕組んだのはエストニア帝国だ。きちんとした証拠もある」
国防を担う者は確信を得ている顔をした。その顔を見たルーヌは悟った。
ベアタ公国の西の果てにある――エストニア大帝国。建国歴一二〇〇年にも及ぶこの大国では近年、新皇帝が誕生。その新しい皇帝は『領土拡大』の方針を打ち出した。
その為、新皇帝が君臨してから二年。エストニア帝国は東へ東へと他国へ侵攻。
既に四カ国がエストニア帝国に占領され、吸収されてしまっている。
「待って。それじゃあエストニア帝国は」
「そうだ。エストニア帝国はこのベアタ公国も狙っている。エストニア帝国は元々、このエクリール大陸の全土を掌握していた国家だ。新皇帝の狙いは、このベアタ公国を乗っ取る事だ」
ルーヌの出した答えに、ヨーセフが頷いた。その事実にルーヌは口を覆う。
「そこで、我が公国は世界を味方に付ける。エディオン合衆国を始めとした大国を動かすんだ」
状況を理解し、絶望を抱き始めたルーヌに国を守ろうとする男がそう発す。彼はこう続ける。
「今のエストニア帝国の動きを、国際連合は快く思っていない。世界バランスが崩れるからだ。私が考えるのは、ベアタ公国を始めとしたこの東ヨーロッパの小国家群で連合軍を結成し。エストニア帝国に徹底的に抗戦する。そして、その間に世界に訴え。国際連合加盟国を動かしてエストニア帝国を封じ込める。しかし、この二つを行うにはこの国の指導者が必要だ」
明確な案を述べた彼は、ルーヌを指差す。そして彼はルーヌが必要な理由を告げた。
「そこで、君の出番だ。君はこの国の指導者となる女性。ミカエラ様の身代わりを行い、他国との政治交渉や国内の統治を行ってもらいたい。勿論、君のフォローは私を始めとした公室補佐官が執り行う。君は、私達が求める素晴らしい指導者として君臨したミカエラ様になるんだ」
それはいとも簡単に、けれどもとても難しい事を求められている内容であった。
それでも、ルーヌの目の前にいる男はルーヌであれば出来ると確信を持ったように。
心地よい笑みを見せて、こう口にした。
「君の力で、世界を騙してほしい。ミカエラ様の代わりは、君にしか出来ないんだ」