勇者パーティのお荷物勇者、最難関ダンジョン奥地で追放されたが急にチートジョブ【剣聖】&【賢者】が覚醒して最強になる 〜「お前は何の役にも立たない」と見殺したくせに今更甘い言葉をかけてきてももう遅い〜
俺の名前はアルト・ハイライト。十七歳。
勇者パーティに所属する勇者の一人だ。
パーティとは言っても、俺の他には二人しかいない。
俺の仲間は金髪碧眼の超絶美少女で『聖女』のアリシア・ルディアスと銀髪赤目の美少女で『重騎士』のエリス・リーディア——この二人だけ。
ちなみにどちらも胸のサイズがかなり大きく、戦っている時などは特に目のやり場に困ってしまう。
俺は、そんなパーティで荷物持ちに甘んじている。
十五歳の時に『勇者の紋章』が左手の甲に浮かび上がった。
これが神により選ばれた勇者であることの証明である。
勇者に選ばれた者は皆、必ず強力な『ジョブ』を得る——はずだったのだが、俺だけは違った。
俺には、なんのジョブも与えられなかった。
無職——通称ノービス。
もちろん俺だって勇者パーティの招待を受けた際、断ろうと思った。
しかし、「勇者に選ばれた者は必ず強力なジョブがいつか覚醒する——」そう言われて、断ることを許されなかったのだ。
結局ジョブが覚醒することはなく、俺は勇者パーティでずっと肩身の狭い思いをしている。
そんなある日のことだった——
「アルト、あなたをパーティから追放します! ふふ、私たちはここでバイバイするので一人でエリアボスを倒してください〜!」
「……えっ!」
今、俺たちはルーフェン村という小さな村のギルドから依頼を受けて、ダンジョンに潜っているところだった。
ダンジョンというのは、魔力と呼ばれる自然界のエネルギーの淀みにより生まれる魔物の巣窟。
最深部にいるとされる強力なエリアボスを倒すことでダンジョンを無力化することができる。
今回はかなり強力なダンジョンであるという話だったため、勇者である俺たちに要請がかかった形である。
そして最深部が目前に差し掛かった時にアリシアからそんなセリフを投げられたのだった。
「そうよ、あなたはパーティのお荷物。何の役にも立たないんだから、ここまでにしましょう」
エリスまでそんなことを言ってくる。
俺が何をしたってんだよ⁉︎
いや、俺がパーティにいるだけで迷惑をかけているのは確かだ。
でも、こんなところまで来て言わなくても……。
そう思っていたときだった。
「——って言ったらどうしますか?」
「ちょ、アリシア……。ネタバラシが早いわよ」
「え? 俺を追放っていうのは……?」
何が起こっているのかわからず、混乱する。
つまり、俺を追放しようって話は——
「冗談に決まってるじゃない。アルトは大切な仲間なんだから」
はあ……。
めちゃくちゃびっくりしたじゃないか。
「心臓に悪いぞ、それは……」
「ま、まさかドッキリでそんなに真剣に捉えちゃうなんて思わなかったんですよ……すみません」
「アルトはアルトにできることをしてくれてるんだから、そんなこと言うはずがないわよ」
「そうだな、勘違いして悪かった」
二人とも焦ってフォローを入れてくる。
俺を虐げるつもりは本当に微塵もなかったのだろう。
この二人は、パーティで活躍できない俺を見限らず、優しくしてくれる。
だから俺は辛くても頑張れていた。
一瞬でも疑ってしまったことが申し訳ない。
「……と、そんなこと言ってる間にもうすぐボス部屋よ」
エリスの一言で、今までの緩い空気は張り詰めたものに変わる。
冒険者はいつでも命懸け。
浮ついた気持ちでは飲まれてしまうから、切り替えが大事なのである。
俺は、『アイテムスロット』からポーション類を取り出した。
『無職』の俺にもただ一つだけ有用なスキルを与えられていた。
それが、『アイテムスロット』。
空間魔法の一種であり、異空間に物を保管することができる。
収納した物はその時点で時が止まり、腐食することがないし、無限に物を収納できる。
大量のポーションやキャンプ用具などを持ち運べるので、めちゃくちゃ便利なスキルだが、逆に言えば俺にできることはこれしかなかった。
だから、荷物持ちに甘んじてしまった。
俺は補給係としてアリシアとエリスが前線で戦う中、補給に徹するのがいつもの形だ。
「じゃあ、行きましょう。いつも通りのフォーメーションでいいでしょうか?」
アリシアが俺とエリスに確認してくる。
「いや、今回のボスはもう少し慎重にいこう。火竜って話だし……ただの竜ならともかく勇者パーティにわざわざご指名が入るくらいの敵だからな。少なくとも攻撃力くらいは確かめておきたい」
「でも、どうやって確かめるつもりなの?」
「それは、これを使うんだよ」
俺はアイテムスロットから小石を取り出した。
「この石を扉を開けてすぐにボス部屋に投げ込む。竜は音に敏感だから、反応して何か攻撃してくるはずだ。そこですぐに扉を閉めるんだ。火竜の攻撃による振動で最低限の攻撃力は把握できる」
「なるほど……!」
「やっぱりアルトは頼もしいわね」
「俺には作戦を考えることくらいしかできないけどな……」
俺は、軽くボス部屋の扉を開け、小石を投げ入れた。
コロン、コロン……。
小石がボス部屋の地面に落ちた瞬間、火竜が反応した。
「グギャアアアアアア……!」
音のした方向に、火竜が反射的に炎のブレスを吐く。
——ここまで想定通り。
俺はすぐに扉を閉め、側を離れた。
ドゴオオオオオンンンッッッ‼︎
扉にブレスが衝突すると同時にビリビリビリ……と激しくダンジョン全体が揺れる。
エリアボスが暴れることでダンジョンが崩壊することはないのが分かっていても崩落の危機を感じざるを得ないくらいの衝撃だった。
これほどの強敵と遭遇したことは未だかつてなかった。
俺たちは勇者パーティであり、俺はともかく二人は世界最高峰の実力者。
それでも俺の本能が火竜と戦うのは今すぐやめろと警告していた。
「こ、これって……」
「私たちの手に余るわ……!」
「……」
二人の状況判断はめちゃくちゃ早かった。そして、俺も同感だった。
この火竜は、俺たちが今まで相手にしてきた魔物とは根本的に違う。
これは勝てない——と直感した。
「一旦ダンジョンを出て仕切り直そう。撤退するぞ」
「……⁉︎ は、はい!」
「それしかないわね……」
これは、勇者パーティでは初めての撤退判断だった。
いつも撤退は視野に入れて作戦を立てていたが、実際にするのは初めて。
不慣れなことの連続で動揺しつつも、俺たちは揺れが収まり移動できるようになったのと同時に、細い通路を駆け出した。
その瞬間だった。
ドゴオオオオオンンンッッッ‼︎ パラパラパラ……。
なんと、もう一発ブレスが壁に投げられ、ボス部屋に繋がる扉が壊れてしまったのだった。
既に十メートルほど離れているが、あまりに巨大な火竜はまるで目の前にいるかのように見える。
「……っ!」
通常、エリアボスというのはボス部屋から出てくることはなく、周りの魔物に魔力を与えて強化するだけの存在。撤退すれば大丈夫なはずなのだが——
「アルト、ひ、火竜がこっちに向かってきてます⁉︎」
「嘘でしょ……どうすれば……」
「これはさすがに想定外だ……」
これまでの常識では測れない相手に、常識の枠組みで作戦を組んでしまった俺のミスだった。
どうすればこの危機を乗り越えられるか、冷静に考える。
今までの経験から、他人から聞いた話から、本で読んだ史実から。
時間にして数秒だったが、様々な角度で検討した。
こうして、一つの結論にたどり着いた。
「とにかく、全力で逃げるしかない。あと……五百メートル。お前たち二人なら逃げ切れる距離だよ」
「二人って……じゃあ、アルトは⁉︎」
「なに変なこと言ってるのよ⁉︎」
どうやら、俺の真意に一瞬で気付いたようだった。
「いいから聞いてくれ。俺だって、この一瞬で色々なことを考えたよ。全員で逃げ切れる方法、火竜を倒す方法、火竜を足止めする方法……でも、無理だ」
「……そんな」
「私がなんとかすれば……」
エリスが剣を持つ手に力を込めた。
「やめろ。無駄だ」
「アルトはいつだって諦めなかったじゃない!」
「ああ、そうだよ。いつだって一筋の可能性でもあれば、それに賭けたよ。でも……今回だけは違う」
こうしている間にも、どんどん火竜との距離は詰まる一方だし、敵はさらに加速している。
この状況での最善の選択は、誰か一人が囮になってほんの少しでも時間を稼ぐこと。
囮になった者は、十中八九死ぬことになる。問題は、誰が時間を稼ぐかだ。
そう言葉にすると同時に、懐かしい思い出が脳裏を支配する。
◇
今から一年半前——
俺が勇者パーティ所属の『勇者』となり、半年が過ぎた頃だった。
ドゴオオオオオンンン!!
今、俺たちが戦っている大型の魔物の攻撃で俺と、アリシア、エリスは後方に吹き飛ばされた。
骨は折れていないようだが、身体中が痛い。
早く立ち上がって体勢を立て直さなければならない状況だったが——
「もう……無理だわ。万次休すよ」
「そうですね。私たち、もう十分頑張りました……」
二人は戦意喪失しているようだった。
俺たち三人は、ダンジョン最深部のエリアボスの討伐依頼を無事にこなした帰り道で、突如大型の魔物と遭遇した。
遭遇した魔物は、『コカトリス』の名前で知られる大型の生物。
一見して鶏のような見た目をしているが、蛇のような尾がついているのが特徴だ。
単純に高い攻撃力、防御力が高いため強いことに加え、毒を吐かれるのが厄介だ。
この毒は致死性のものであり、『聖女』であるアリシアの解毒魔法と回復魔法がなければとっくに死んでしまっていたほどだ。
ダンジョン以外にも魔物は普通に潜んでいることは常識。しかしダンジョン最深部のエリアボス級の魔物が出現することは非常に稀。
それも、ダンジョンを踏破した直後に遭遇するなんていうのは、天文学的確率と言えるだろう。
万全の状態であってもギリギリの戦いになる敵。
それを疲労困憊の状態で戦うのは冷静に考えて無理があることだった。
でも——
「まだやることはあるだろ。勝手に諦めるなよ」
「逃げながらとはいえ、もう戦いが始まって二十分……。もう魔力がほとんど残ってませんし……」
弱音を吐くアリシア。
いつもの明るい姿とは対照的だった。
「まだ完全に枯れてるわけじゃないだろ?」
「それは、そうですが……」
「アルト、もうできることは全部やったわ」
エリスは死を受け入れているように見えた。
勇者になったからには、どこで死んでもいい——そんなこと言ってたっけ。
「まだ全部はやってないだろ」
俺はアイテムスロットから目眩し用の発煙剤を手持ちの全て——十個取り出して、起動した。
朦々と立ち込める白煙。
キュル……キュルル……?
コカトリスからは俺たちの姿が見えなくなったはずだ。これで攻撃を一時的に凌ぐことができる。
「でも、こんなの時間稼ぎにしか……」
「その時間稼ぎが大切なんだよ。ま、最後まで粘ってみようぜ」
俺は、よろよろと立ち上がる。
左手をアリシアに。右手をエリスに差し出した。
「そうですね……私たちは勇者ですから」
「アルトがまだ諦めてないなら、私たちも……」
二人は俺の手を取り、立ち上がった。
アリシアが回復魔法で怪我を治療してくれたことで、痛みも大分引いた。
やがて白煙は晴れていき、コカトリスの姿が見える。
逆にコカトリスからも俺たちの姿が見えるようになったわけで——
グギャアアアア!!!!
と、無数の紫色の毒を吐いてきた。
「通させないわ」
エリスがありったけの魔力を使い、前面に数十ものバリアを展開する。
コカトリスの毒が一発当たるだけでバリアは消滅してゆく……。
毒の威力もさることながら、飛んでくる勢いだけでも強烈なものだった。
全ての毒発射攻撃に耐えた後、エリスは剣を両手に駆け出し、コカトリスへの攻撃を図る。
前足でエリスを弾き飛ばそうとするコカトリだったが——
「そうはさせねえよ」
俺はただの荷物持ちでしかないが、俺も自分ができることをずっと探し続けてきた。
魔道具を上手く使いこなせれば、サブウェポンにすらなれない攻撃であっても、妨害することくらいはできる。
「エリス、目を閉じろ!」
言いながら、アイテムスロットから取り出した光源弾——一瞬だけ強烈な光を発する魔道具——をコカトリスの瞳に向かって投げ込む。
ピカッと世界が真っ白に発光し、コカトリスの視界を奪うことができた。
突然視界を奪うことで平衡感覚を崩す。
目論見は成功し、エリスへの攻撃は不発に終わった。
その隙を突き、エリスの剣がコカトリスの尻尾に届いた。
グギャアアアアアアアア——!!
耳を劈くような鳴き声。
「やった……やったわ!」
「エリス、さすがです!」
エリスが上手く攻撃が決まったことで二人は湧いているようだった。
しかし——
「で、でも……致命傷にはなっていないみたいだわ……!」
「そりゃそうだろうな。あのくらいでコカトリスは倒せないだろう」
「そんな……!」
「でも、大丈夫だよ。そろそろだ」
グギャアアアア!!
コカトリスが猛スピードで突進してくる。
ふっ、鳥みたいな見た目のくせに飛べないんだな。
危機的状況だというのにこんなことを思い、自然と広角が上がった。
次の瞬間。
ザクザクザクザクザクザクザク——!!
ドゴオオオオォォォォン——!!
コカトリスの背後から、大量の矢と魔法が撃ち込まれたのだった。それも、一撃がかなり重い。
強力な魔物といえど、ひとたまりもなかったようで……。
グ……グガアアア!!
体勢を崩し、地面に倒れ込んだ。
その後も背後からの攻撃は止むことがなく、ガリガリとコカトリスの生命力を削っていった。
「いったい……何が起きたのですか?」
「こんなの想定外よ⁉︎」
「さっきの白煙を見て応援が来てくれたんだよ」
フィールド上にコカトリスのような強力な魔物が出現し、攻撃をしてくれば近くの村の冒険者ギルドの魔力感知結晶が強い魔力に反応し緊急事態を知らせる仕組みになっている。
村は厳戒態勢を敷くと同時に、高位の冒険者を送り込んでくれる。
幸いここは村からそれほど離れていなかったから、すぐに応援に駆けつけてくれたというわけだ。
ただし魔力感知結晶は大雑把な位置……どころか方角くらいまでしかわからない。
さっきの白煙のおかげで発見が早くなった形だ。
「そこまでアルトは考えていたのですか⁉︎ さすがすぎます……!」
「ただの時間稼ぎだと思ってたわ」
「エリスの言うとおり、ただの時間稼ぎだったよ。こうなることを見越してのな」
もはや今の俺たちだけでは手に負えないのは明確だった。
だから、途中からはどれだけ時間を稼げるかの勝負になっていたところはある。
本当にギリギリだったが、なんとかなって本当に良かった。
「でも、応援が最後まで来てくれなかったらどうするつもりだったんですか?」
アリシアが鋭いツッコミを入れてきた。
「さあな」
とだけ返す。
こんな答えを返しつつも、俺は最悪の自体も想定していた。
もしもどうにもならなかった場合は、俺が囮になって二人を逃すつもりだった。
荷物持ちの俺でも、そのくらいの時間を稼ぐことはできる。
急いで村まで帰還できれば、どうにでもなっただろう。
二人はこう言うと怒るのだが、少なくともこのパーティの中で一番弱いのは俺だし、今後勇者として活動する上で俺はいなくてもなんとかなる存在なんだからな……。
◇
迫り来る火竜。
時間の猶予はもうない。
改めて、言葉にする決心がついた。
思っていたよりも俺の口からはスルスルと言葉が出てきた。
「アリシア、エリス。……ここは俺に任せて先に行け」
「な、なにを——」
「でも——」
同時に何か言おうとした二人の言葉を遮り、俺は言葉を続ける。
「——分かるだろ? ここで勇者パーティが全滅すれば、誰が魔王を倒すんだよ。俺は、前からこういう状況は想定してたんだよ。どうしようもなくなった時、誰か一人が囮にならなくちゃいけなくなった時。俺がやるってな」
「そんなの聞いたことないですよ⁉︎」
「今初めて言ったからな。さあ行け」
「アルトが死ぬのを分かってて逃げられるわけないじゃないですか!」
こういう反応になることも、事前に分かっていた。
「誰が死ぬって? 俺だって、まったく勝算がないわけじゃない。勇者に選ばれたからには、必ず強力なジョブが覚醒する——そんな話があったろ。死の危険が迫ったときってのはまだ経験がないからな。これがトリガーになって覚醒する可能性もゼロじゃない」
「そんな説明、アルトらしくないです」
「……そうかもな」
俺はこれまで希望的観測で説得するようなことはなかった。
だから不自然に感じるのだろう。
もっと現実的で良い解決法があるならそれでいい。
だが、今はそんなものを持ち合わせていない。
だから、これでゴリ推すしかない。
「もう一度言うぞ。ここは俺に任せて先に行け。……元気でな」
俺はそう言い残し、足を止めた。
「ア、アルト⁉︎」
俺と一緒に留まろうとするアリシア。
だが、エリスが背中を押してくれたようだ。
「……アリシア、もうアルトを止められないわ」
「で、でも……」
「ここに留まるのは、アルトの思うところじゃないでしょ」
「……そうですね」
よく分かってるじゃないか。
ダンジョン出口までは残り三百メートルほど。
もう大丈夫だろう。
……そう、これでいいんだ。
明らかにこのパーティの中では俺が一番の無能。
二人には生きてもらって、俺の分まで頑張ってくれればそれでいい。
「絶対、無事に戻ってきてくださいね!」
遠くから、アリシアのそんな言葉が聞こえてくる。
「……任せておけ」
俺は無責任な言葉を吐き、迫りくる火竜と対峙する。
「ガウルルルルル……」
俺はアイテムスロットから剣を抜き、全速力で火竜の背後に回り込もうとする——が、
ドゴオオオオンン!
火竜の尻尾に叩きつけられ、ダンジョンの壁に激突してしまった。
「ぐはっ……!」
強烈な痛みが遅れてやってくる。
かなりの本数の骨が折れているようで、まったく動けなくなってしまった。
息をすることすらもままならなくなっていた。
ほんの少しだけ期待した俺のジョブの覚醒も、当然ながらなかった。
「ガウルルルルル……」
火竜の口から、真っ赤に燃えるブレスが放たれようとしている。
「……やれよ。でもな、俺もタダじゃ死なねえよ」
ちょうどアリシアとエリスはダンジョンを出た頃だろう。
もう、ダンジョンがたとえ崩落しても問題ないな……。
俺は、アイテムスロットに収納していた魔導具を取り出した。
この魔導具は、合言葉を唱えた瞬間に爆発する性質がある。
湖くらいなら一撃で吹き飛ばす性能があるので、こんな近距離で、それも狭い場所で使えば一撃で俺は木っ端微塵になるだろう。
無論この程度の魔導具で火竜を倒せるとは思っていないが、せめてこのくらいの抵抗はしないと、あまりに無残すぎる。
「爆ぜろ」
魔導具の合言葉を唱えた瞬間。
目の前が真っ白になり、俺は死んだ。
◇
……ここは、どこだ?
真っ暗な空間のようだが、不思議と視界はクリアだった。
ダンジョンの奥地で爆発に巻き込めれて死んだはずなのだが……痛みすらなかった。
「お目覚めですか、アルト・ハイライト」
「……⁉︎」
突然パッと現れた女に、俺の名前を呼ばれた。
二十代前半くらいの綺麗な女性だった。
こいつは誰だ? っていうか、なんで俺の名前を知ってるんだ?
「私はあなたの知る世界を司る女神よ」
「……」
そんなわけがあるか——という言葉がでかかったが、この意味のわからない現象が起きている中で、完全に否定はできなかった。
「あなたは、まだやるべきことを終えずに死んでしまいました」
「やるべきこと……?」
「ええ、世界のどこかにいる魔王を倒し、そして——あなた自身が幸せになることです」
「と言われてもな……。俺は魔王を倒せるほどの力に恵まれなかったんだよ」
あれば、ダンジョンの中で無様に死ぬようなことはなかっただろう。
「いいえ、あなたはまだ秘めた力に気づいていないだけ。それすらもせずに死んでしまうなんて……まったく」
女神を名乗る女は、呆れたように俺を見た。
「秘めた力……?」
「ええ、あなたは前世を『賢者』、前々世を『剣聖』として全うしました。そして、三回目の人生……。記憶こそ消えているようですが、あなたは『賢者』と『剣聖』のデュアルジョブが覚醒するはずなのです」
「……っ!」
賢者と剣聖。
歴代の勇者の中でも最高峰の力を持っていたとされる人物。
賢者は最高の魔法を使い、剣聖は最高の剣技を魅せたと言われている。
それが、前世と前々世の俺だったと……そう言っているのか?
「でも、急にそんなこと言われても信じられるわけがないだろ」
「ええ、ですから……あなたをもう一度あの世界に送り込みます」
「俺の身体は木っ端微塵になっていると思うが……」
「そこは配慮します」
女神ってのはなんでもありなのか……?
「転生した瞬間に、前世、前々世の記憶が完全に戻ることはないでしょうが、秘めた力の一端くらいは使えるようになるでしょう。それで火竜を倒しなさい」
言った瞬間、俺の身体の色が薄くなったように感じる。直感的に、この空間での俺の姿が消えた時、この女神とはもう話せないことがわかった。
「あんたの言ってることは全部事実だって一旦信じるよ。それで、なんで俺だけ特別扱いしてくれるんだ? 魔物に殺されて死んだ人間が生き返ったなんて話、聞いたことがないぞ」
「答えましょう。それは、世界にとってあなたが必要だからです——」
◇
女神の答えを聞いた直後。
俺は、ダンジョンの中で息を吹き返した。
怪我はなかったことになっているようで、痛いところもなければ、呼吸が苦しいということもない。
ダンジョンは俺の使った魔導具によりボロボロになっているが、崩落するまでは至っていなかったようだ。
ダンジョン自体の強度は、ダンジョンボスに由来する。
それほど火竜が強いということの証明だった。
そして、その火竜はまだ目の前にいるようだった。
「よう……久しぶりだな」
「ガウルルルル……」
俺の姿に気づいた火竜が低い声で唸った。
転生してから俺はとてつもない、みなぎる力を感じている。
『賢者』と『剣聖』の力の一端とか女神は言っていたが、本当にこれが一端なのか……?
アイテムスロットから剣を取り出し、『賢者』の力で魔法による超強化。
そして、『剣聖』の力をもって剣を振るう。
さっき俺を叩きつけた火竜の尻尾に——
「ギエエエエエエエエ‼︎」
一撃で尻尾を切断することができた。
どうやら、この火竜程度はもはや俺の敵ではないようだった。
「ガウルルルル‼︎」
怒ったように唸り、真っ赤なブレスを吐く火竜。
「そんな攻撃じゃもう効かねえよ。さよなら」
俺は、初級魔法と言われる『火球』を放つ。
俺が放った火球は、さっきの魔導具の数百倍……いや、数千倍の威力はあるだろう。
これでもまったく本気を出していないのだから恐ろしい。
そして火球がブレスと衝突し、火竜を巻き込んで——
ドガアアアアアアアアアアンンン————————ッッッ!!!!
とてつもない音を出して、爆発したのだった。
「瞬殺だったか……あんなに強いと思ったのが嘘みたいだな」
……そういえば、二人は俺を心配してるだろうな。
早いところ顔を見せないと。
俺は火竜の亡骸をアイテムスロットに収納し、ダンジョンを後にした。
◇
ルーフェン村に到着した頃にはもう夜だった。
俺たちがダンジョンに入った頃は昼だったのだが、俺の体感的にはこれほど時間は経っていないはずだった。
死んでから転生するまでの間にタイムラグがあったのかもしれない。
一旦いつも泊まっている宿に行ったのだが、二人の姿はなかった。
「……困ったな。待ってれば戻ってくるんだろうけど……」
一秒でも早く二人に会いたい。
いつ場所がわかればいいんだが——
そういえば、まだこの時間ならギルドの酒場は開いてたっけ。
冒険者ギルドとは魔物の討伐や雑用など、様々な依頼を一手に引き受け、冒険者に発注してくれる組織。
俺たちは勇者という扱いではあったが、実務的には冒険者ギルドにお世話になることが多かった。
ここには多数の冒険者が所属しており、冒険者同士のネットワークも厚い。
ギルドの連中に聞けば行方がわかるかもしれない。
そう思って、俺は冒険者ギルドに向かうことにした。
十分ほどでルーフェン村に中央にある冒険者ギルドに到着した。
「よし、まだ明かりはついてるな」
俺はギルドの扉を開け、中に入る。
「こんなことってぇ……こんなことってぇないですよおぉぉ……」
「そうよ……アルト……帰ってきなさいよ——!」
「まあまあ、アリシアちゃんもエリスちゃんも落ち着きなって……。村に戻ってきてからずっとその調子だろ? そんなに飲んだら体に障るぞ……」
「これが飲まずにやってられるかってんですかぁ!」
「外野は黙ってなさいよ!」
……二人は、冒険者ギルドの酒場にいるようだった。
ずっと泣きながら飲んでいるようで収拾がつかないことになっており、周りの冒険者にお世話をされているようだった。
しかしこりゃあ……ベロベロに酔ってるな。
普段ほとんどお酒を飲まないはずなのだが……。
でも、俺もアリシアやエリスとあんな形で別れることになれば、こうなっていたかもしれない。
「にしてもアルトは良いやつだったからなあ……。俺も寂しいよ」
「アルトのアドバイスのおかげで俺たちのパーティは命拾いしたことがあったんだよな……。なのになんでアルトが死にやがるんだよ……」
「でも仲間を庇って死ぬなんてのは、あいつらしい最期だったと思うぜ……」
アリシアやエリスだけでなく、他の冒険者たちも俺のことを話しているようだった。
な、なんか……顔を出しづらいな。
と思っていると、冒険者のうちの一人と目が合った。
「って、おい……あれアルトじゃねえか⁉︎」
「何言ってんだよ、んなわけ——ってはあ⁉︎」
「お、俺たちは亡霊でも見てるのか⁉︎」
二人もすぐに俺の姿に気づいたようだった。
二人は俺を見るや否や——
「ア、アルトじゃないれすかああああ⁉︎」
「ほ、本当にアルトなの……⁉︎」
と叫び、席を立つ。
そして、全力で俺に抱きついてきた。
やれやれ……こういうことされると嬉しい反面、やっぱり照れてしまうな。
俺は抱きついてくる二人の頭を優しく撫でたのだった。
連載候補短編です。
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(合わなかったし文章が読みにくいので星1、合わなかったけど文章は読みやすいので星2 など)