9 健康と観察
けんこう。ケンコウ。KENKOU。……兼好?歌人?徒然草とか書いちゃう?
いや、歌人の才能がないのはさっき星空を見たときに実感している。
待て待て、『軒昂』という線はないだろうか。軒昂、というのは気持ちが奮い立つ様を表す熟語だ。それだけではどういう効果があるかは分からないが、単純な能力名にこそ規格外の能力が宿っていることはよくある話ではないだろうか(ソースは自分のオタク知識)。
<『健康』です。心身ともに健やかな状態を表します。あなたはこの異世界で、どんな時でも健康な状態でいられる肉体を手に入れました>
とんでもない外れくじを引いた気分だ。さっき少し聞いた一例の速く走れるとか遠くが見えるとかの方がよっぽど特殊能力らしい。何だよ健康に過ごせる能力って。一家の平穏無事を願うお父さんの一年の目標かよ。
「カミ子さん……なんて特性を選んでくれてるんですか」
<だって、あなた散々言っていたじゃないですか。丈夫な体でよかったとか、風邪一つひかない体に産んでくれた両親に感謝だとか。よほど誇りに思っているのだろうと思って、それに基づいた天給を与えました>
「言ったけども!確かにそういう事を言っていたけども!」
だからってそんな天給を与えるか普通。
<まあ詳しい効果は自分で確認してもらうとして、これであなたは外見はあなたの理想通りの健康的な美少女になったんですよ?もっと喜んだらどうですか?>
そうだった。何だかんだあって、まだ自分の体をよく確認していなかった。
改めて全身を細かく見ていくことにする。まずは手。細くしなやかな手。ささくれもひび割れもなく、きれいに伸びた指。爪は薄いピンク色で滑らかにに艶めいている。
タイツに包まれた足は細く、それでいて程よい肉付きで不健康さは感じられない。細ければいいってわけじゃないと思うんですよ。
そして足を観察している時にも目に入った、男の頃にはなかったふくらみ……。そう、おっp
<もしもし警察ですか?今ここに自分の体を嘗め回すように観察している不審者がいるんですが>
脳内女神が通報しようとしているが、これはあくまでも観察だ。電化製品を買った後にちゃんと作動するかを確かめるのと一緒。そう、具体的には、大きさとか触感とかも確かめておくべきだろう。
二、三回深呼吸をしてから、両の掌をゆっくりと胸に近付けていく。
「………………………」
空気を察したのか、カミ子さんは静かになってくれた。何となく呆れているような雰囲気を感じるのは気のせいだと思いたい。
前世では死ぬまで童貞を貫いた自分は、当然女性の胸に触れるのも初めてだ。残念なことに通学路の角でも風呂でもラッキースケベには遭遇しなかった。
つまり、これがファーストタッチ。はじむねましてだ。
……そこでふと気付く。初めてのタッチが自分のって、なんかスゲーむなしい。
<あ、止めるんですか?一応気を使って静かにしていたんですが>
「それはどうもありがとうございます。まあ胸なんていつでも触れますからね。女の子同士なら挨拶みたいなもんでしょ」
<おそらくそんな文化のある世界は存在しませんよ>
胸に関してはこのくらいにして、髪の毛を確認する。前髪、そして腰まで伸びた尻尾の部分を見ると、設定通りの綺麗な金髪だ。夜空の下、星明りを反射して煌めいている。触った感触も柔らかくサラサラで、日本だったら間違いなく注目を集めていたことだろう。この世界で金髪がどのくらい目立つかはまだわからないが。
あとは顔だが、これはまだ分からない。何せ今の自分は手ぶらで鏡を持っていないし、近くには顔を水面に映せそうな川も湖もない。こういう時には手軽に写真が撮れた元の世界の便利さが懐かしい。
「ま、ないものはしょうがないし。とりあえず人のいる所を探して移動しますか。ちなみに、どっちに行けばいいとかは」
<教えませんよ?>
ですよねー。
とりあえずここでじっとしていてもしょうがない。ひとまず自分がいる斜面を登る事にした。より高い位置から見れば、何か新しい発見があるかもしれない。