28 期待と出会い
「……ふう」
額に浮かぶ汗をぬぐいながら、一息つく。
イマノ村を出発してから約半日、私たちはマヤノ村へ向かう道の途中にいた。まだ山道といえるほどの勾配はないが、それでも少しずつ標高は上がっているようだ。歩いている道の脇の草原には、所々に花も咲いており、手つかずの自然の美しさを見せてくれる。
足元の道は石畳などは敷かれていないものの、大きな凹凸もなく歩きやすい。なんでも、マヤノ村から採掘された鉱石を運ぶために荷車を使用する事もあるためにきちんと整備されているのだとか。どこの世界でも、こういった一見目立たないインフラ整備のおかげで生活が成り立っているのは同じなのだろう。心の中で感謝しておこう。
「エルル、大丈夫?疲れてない?」
一息入れた折に、同行者に声をかける。
「だいじょうぶだよ。お姉ちゃん!まだまだ元気だから、どんどん行こ?」
そういうエルルの足取りは軽く、先頭に立ちずんずん進んでいく様子はイマノ村の出発した時と変わりはない。
普通の子供ならとっくに音を上げるくらいの距離を歩いていると思うが、そこは人間と竜種の違いだろうか。まあ種族が違おうがかわいい家族であることに違いはない。
「無理しなくていいからね、疲れたらすぐに言ってね」
心配の声を伝えるが、
「ほんとにだいじょうぶだよ。それに、みんなとはなれてからずっとひとりで、だれかとお出かけするの初めてだから、とっても楽しいの」
「……っ」
エルルの言葉に思わず泣きそうになる。思わず抱きしめたくなり近寄るが、
「見てくださいお嬢!綺麗な花が咲いていましたよ!」
猛スピードでエルルに駆け寄る筋肉ダルマもといミケルドに先を越されてしまう。
「わあ、ほんとだ。きれいなお花だね。なんていうお花なのかな?」
エルルの無邪気な質問に対し、
「これはグラニシアですね。この季節に御覧の通り薄いピンク色の花を咲かせます。ちなみに花言葉は『小さな幸福』です」
淀みなく答えるミケルド。え、なんで花言葉まで知ってるのこの人。関心を通り越してちょっと怖い。
「ていうか、ミケルドは別に来なくてもよかったんだよ?今回の件は私が勝手に調べるって言ったんだから」
「何を言ってんですか姐さん!俺たちはいつも一心同体!姐さんあるところにミケルドあり、ってあの日一緒に誓ったじゃないですか!」
「誓ってないよ!?っていうかあの日っていうほど会ってからまだ時間経ってないし!」
何この人……記憶すぐ捏造するじゃん…怖……
〈あなたが言いますかそれ〉
「姐さんこそ、どうして自分から調査に行くなんて言い出したんですか?もう少し調べて、危険があるようなら近くの町にいる騎士団に調査を依頼すればそれでよかったと思うんですが」
まあ確かにそれもそうなんだけど。
「村の人が困っているなら、力になりたいじゃない?日頃からイマノ村の人達にはお世話になってばっかりだし。
それに、騎士団に依頼するのもタダってわけじゃないんでしょ。節約できる部分は節約しないとね」
「姐さん……立派です!その考え!」
ミケルドはどうやら感銘を受けたようだ。
〈とか言って、本当はイマノ村でただ食っちゃ寝してるだけの生活がいたたまれなくなっただけなんですよね?〉
「うるさいですよ!」
まあカミ子さんの言うことは大体合っている。
イマノ村はほぼ自給自足に近い生活になっており、村の人達は林業や農業などの仕事を担当している。数は多くないが宿屋や食事処もあり、そこで働いている人もいる。
村に来たばかりの頃は散歩したり自由気ままに過ごしていたが、村の人達が楽しそうに協力し合いながら労働に勤しんでいる様子を見て自分も何か出来ることはないかと申し出て、仕事の手伝いをさせてもらえることになった。
―そこで私は、私自身も気付いていなかった自分の才能を知ることになる。
農作業をしては鍬をぶん投げ、猟のために山に入ってはすぐに獲物に気付かれ逃げられる。針仕事をしてはズボンの穴をふさぐだけのはずがなぜかただの布に分解されていた。
他にも建物を修繕しようとして逆に半壊させる、届け物をすれば荷物も宛先も間違えるなど、犯した失敗をあげれば枚挙にいとまがない。
〈いやあ……あれはひどい有様でしたね。あなたみたいな人のことをなんと言うか知っていますか?〉
「どうせ役立たずとか足手まといとか言うんでしょう?それくらいの自覚はありますよ」
数え切れない程の失敗を重ねた自分に対し、イマノ村のみんなは怒らなかった。それどころか、少しでも出来たところを褒め、次は成功するようにと優しく指導してくれた。
〈それで、不甲斐なさに打ちひしがれて自分なんて何の役にも立たないゴミ人間だ、微生物以下だと嘆いていたところ、今回の話を聞いてこれなら何か役に立てるかもしれないと思って調査に出てきたんですよね?〉
カミ子さん個人による罵倒も混じっているような気もしたが、まあだいたいその通りだ。
どうやら自分には異世界でスローライフを送る才能はないらしい。多分一人で暮らそうものなら3日と持たず生活が崩壊するだろう。
〈戦う力もない、まともな生活力もない。やることと言えばただ散歩や読書。生活に関しては村の人達に面倒を見てもらっている。その様子はまさに異世界ニート。なんでこんな人を転生させてしまったんでしょうか私は〉
「ちょっとー!独り言のつもりかもしれませんけど全部聞こえてますからね!」
〈というか、村の人達にとってこの件をあなたが解決出来るかどうかはあまり重要じゃないと思いますよ?出発する時も、あなたとエルルさんが無事に戻ってくることを第一に祈っている様子でしたし〉
確かに、無理はしないで、危ないと思ったらすぐ戻ってきて、とみんなから何度も言われた。更に、何かあったら大変だからと道中での食べ物や薬、動物除けの鈴、山道を歩くための杖など、どう見てもやり過ぎなくらいの荷物を用意してくれていた。
「鬼が島に出かける時の桃太郎にでもなった気分でしたよ」
〈では、これから向かう先に待っているのは鬼ですか?〉
「いやいや、鬼なんて─」
─いるわけない、と言いかけたがミケルドからもらった花を嬉しそうに見ているエルルを見て思いとどまる。
そうだ、私は既に竜種の子供に会っているんだ。前世の世界でファンタジーの代名詞ともいえた存在と言葉を交わし、一緒に暮らしている。
「つまり、鬼っ子とかスライム娘とかスキュラとかアラクネとかアルラウネとかゾンビ娘とかラミアとかハーピ―とか人魚とかサキュバスとかもいるかもしれないってことですよね!?」
〈ジャンルが偏っていませんか!?絶対によこしまな事を考えていますよね!?〉
「そんなことないですよー。ただ会って、友達になりたいだけですよ、ぐへへ……」
〈逃げてー異種族の人達、超逃げてくださーい〉
とまあそんな感じで歩き続け、一晩野宿で過ごした次の日の朝方、私達は現場に到着した。
「この辺りなんだよね?例の怪しい影が目撃されたのは」
「そうですね、道のあちこちに上から落ちてきたと思われる岩もありますし、間違いないでしょう。姐さんもお嬢も、気を付けてください」
確かに、大人が数人がかりでも動かせるかどうかという大岩が点在している。試しに近くの一つを全力で押してみたが、ピクリともしなかった。地震や大雨でもないのに、短期間でこんな岩がいくつも落ちてきたというのは、不自然だろう。
「どうします?この辺りを調べてみるか、それとも一度マヤノ村まで行ってみますか?何か他に分かった事があるかもしれませんし」
大岩に寄りかかり、うーん、と考えようとしたその時だった。
「おい!」
山道に響き渡る突然の大音声。その声の主は、私でもエルルでも、ミケルドでもなかった。
いったい誰が、と思うと同時にふと気付く。
今私が背にしている大岩。朝日に照らされ伸びるその影から、さらに伸びる影がある。
つまり、声の主はこの大岩の、上─!
姿を確かめようと大岩から距離を取り、見上げる。
朝日に照らされ大岩の上に立っていたのは─
バニーガールだった。




