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26 自分と自分?

 大変なことになってしまった。まずは状況を整理しよう。

 自分とエルルは同居することになった←OK

 エルルと自分は女の子同士である←OK

 エルルはまだ人間の社会に慣れておらず、自分が色々と教えてあげる必要がある←OK

 故に、エルルとお風呂に入ることは至って自然な事である←OK

「よっっっっっし!!!!!何の問題もなし!!!」

〈問題しかない気がしますが?あなた中身は29歳の男性ですよね?〉

「大丈夫ですよ。美少女のガワに違う中身が入ってるなんて、元いた世界の科学力を用いたとしても証明出来ませんて。逆に、29歳の男が『中身は美少女なんです!』なんて言ったらどう考えても頭がおかしいとしか思われないでしょう?」

〈確かにそうかもしれませんけど、もしかしたらこの世界にはそういうのが分かる人物や方法があるかもしれませんよ?〉

 確かに、それはあり得る。これからは外見の美少女にふさわしい中身を身に着けていく必要がありそうだ。

「それはそうと、さーて、エルルとお風呂に入るぞー!ぐへへへへ!」

〈早く逮捕されればいいんじゃないですかね。というか大丈夫ですか?あなた前世では部屋に女性を呼ぼうとしただけで死にましたよね?そんなあなたが女の子と一緒にお風呂なんて〉

「大丈夫ですよ。エルルとはもうすっかり仲良しですし、一緒に話したりしても緊張とかも一切ないですしね」

 そうだ。エルルは女の子だが、自分の感覚では親戚の小さな女の子に近い。可愛いなあと思う事はあるが、それだけだ。

 確かにエルルの髪は綺麗でサラサラだし、頭を撫でるとその感触と、撫でられて嬉しそうなエルルの表情も相まってこっちまで幸せな気分になる。髪の間からちょっと覗く角もまた可愛い。

 瞳は宝石のように穢れなく輝いて、まっすぐこっちを見つめてくる時には吸い込まれそうな錯覚に陥るほどだ。

 笑った時にチラッと覗くちっちゃな牙、感情に合わせて揺れる尻尾、白くすべすべな肌、子供らしい柔らかさと、時折見える力強さが同居する手足など―

「…………………………………………」

〈どうしました?〉

「いや、エルルってもしかして、めちゃめちゃ可愛いんじゃないですか?なんか急にドキドキして来たんですけど。そんな子と一緒にお風呂入っていいんですかね?」

〈知りませんよ!〉

「おねえちゃーん!どうしたのー!?」

 先にお風呂場に行っているエルルからの声が聞こえる。これはもう覚悟を決めるしかあるまい。今から一緒にお風呂に入る事を断れば、エルルは悲しむだろう。

 決意を胸に、脱衣場に入る。一枚、また一枚と脱いでいく毎に鼓動は高鳴り、神経は研ぎ澄まされていくような感覚を覚える。

 「そっか……全裸っていうのは風呂における勝負服だったんですね」

〈わけわからない事言っていますけど大丈夫ですか?心拍数がとんでもないことになっていますけど。結局緊張しているじゃないですか〉

 確かに緊張しているのは確かだ。しかし人間は日々成長するもの。自分だって前世での経験を活かし対策は練っている。

 緊張を自覚した時には、無理に抑え込もうとせず、口に出すとストレスが軽減されるらしい。言葉は確かこうだ。

「私は興奮している……私は興奮している……」

〈不審者としての証拠を残してどうするんですか〉

 大丈夫。たとえこの心臓が止まったとしても、後で捕まることになったとしても、このエルルとのお風呂だけは完遂する。しなければならない。


そう思い、浴場のドアに手をかけ―



気付いたら、居間でエルルの髪を梳かしていた。

「は?」

 これはいったいどういう事だろうか。一瞬前までは、確かに私はエルルとお風呂に入ろうとしている所だった。

 しかし今はどうだろうか。エルルの髪の艶やかな様子や、自分の体に残る仄かな熱とせっけんの香りから、入浴後だという事が分かる。だが、私には一切お風呂に入っている最中の記憶がない。入浴中に寝落ちしたとか、そういう話でもないだろう。

「おふろ楽しかったねーおねえちゃん」

「う、うん、そうだねー。いいお湯だった」

 エルルの様子も特に変わったところはない。普通に私とお風呂に入った後、という感じだ。

〈あ、お帰りなさい。戻ったんですね〉

「カミ子さん!何が起こったんですか?ちょっと訳が分かんないんですけど」

〈そうですねー私も驚きました。まさかあんなことが起こるなんて〉

 カミ子さんも驚くような事態とは……いったい何が起きたというのだろう。

〈あなたがお風呂に入ろうとした瞬間、緊張は極限まで達していました。それこそ、体に何かしらの悪影響を及ぼす程に。だから天給が発動したんでしょうね。あなたの意識は全面的にカット。以降は代わりに用意された人格が体を動かし、エルルさんとの入浴を終えました。その後健康に害がないと判断された段階であなたに意識が引き継がれた、という事のようです〉

「ダミープラグか!」

 ひどいよ……こんなのってあんまりだよ……全自分が楽しみにしていたお風呂タイムが全カットだなんて。

〈仕方がないですよ。あのまま入浴していたら、また緊張で死んでいたかもしれませんし〉

 だからってさあ……

「あ、あのね!おねえちゃん!」

 突然のエルルの声に少し驚く。何だろう、櫛で梳かすのが下手くそだったかな?考えてみれば彼女なし家庭なし妹もいなかった自分には、女の子の髪を梳かすなんて初めての経験だった。

「ううん、それはだいじょうぶ。とってもじょうずだよ。でもね、あの……」

 そう言ってエルルはなんだか恥ずかしそうに少し下を向く。目線を左右に動かし、両手を合わせて握りもじもじとしている。

 しばらくそうしていたが、意を決したように言葉を紡いだ。

「さっきのおふろでしたようなことは、もっとなかよくなってから、ね?」

「………………………………はい?」

 意味が分からなくてフリーズしてしまった。

「あ、いやってことじゃないの!おねえちゃんのことはだいすきだし、これからはいっしょにくらすだいじなかぞくだっておもってるよ。でもね……わたしにも、ちょっとはずかしいのと、うれしいのがいっしょになってて……ごめん、今日はもう寝るね、おやすみなさい!」

 そう言うが早いか、エルルは階段を登って寝室に行ってしまった。

「………………………………はいいいいいいいい!!!!!?????」

 何だ!いったい何をしたんだもう一人の自分は!エルルとお風呂に入っている最中に?ちょっと嬉し恥ずかしみたいなことをしただと?

 ……許せねえ!絶対に許せねえ!まずは何があったかをはっきりさせないと!とはいえエルルに直接聞くのはさすがに憚られるし……

「そうだ!こんな時こそカミ子さんだ!カミ子さん、ずっと見てたんですよね!何があったんですか?」

〈……………………………………ZZZ……もう食べられないよぉ〉

「分かりやすい狸寝入りしてんじゃねーですよ!脳内で同人誌にしてやりましょうか!」

〈うるさいですよ!エルルさんが言ってほしくないのなら私も何も言いません!今日はもう寝なさい!〉

 そう言うとカミ子さんは完全にだんまりモードになってしまった。

「寝なさいって言われてもなあ……気になって寝られたもんじゃないよ」

 などと思っていたが、引っ越しによる疲れなのか、自分でも驚くほどあっさりと眠りに落ちた。

 こうして、新居での一日目は終わったのである。



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