24 掃除と可能性
そんなわけで、新居の大掃除が始まった。
前世から大掃除は好きだったので、ちょっとわくわくする(掃除が好き、というわけではない)。ましてエルルとの新居となれば尚更だ。
とりあえず、男連中にテーブルなどの大きな家具を外に運び出してもらい、私とエルルは室内の掃除を始めた。まずは窓枠や梁から埃を落とし、続いて床の掃き掃除、そして床の雑巾がけをしていく。掃除機などの電化製品などもないため、全て手作業だ。
「ふー……それ程大きな家ではないけど、やっぱり一軒丸ごと掃除するってなると大変だね」
「うん、そうだね……よいしょ。どうかな、お姉ちゃん。きれいになったかな?」
イスに乗って窓を拭いていたエルルが尋ねてくる。
「うん、とっても綺麗だよ。……でも、もっと綺麗なものを教えてあげようか?それは、君の宝石のような瞳さ……」
「……え、おねえちゃーん、なにか言ったー?」
<エルルさんはさっさと次の窓を拭きに行きましたよ。あなたも無駄口叩いてないで早くしたらどうですか?>
「へいへーい」
自分の担当は床掃除だ。雑巾がけなんて中学生以来だが、体が若くなったせいか疲労は特になく進められている。
「とはいえ、やっぱり水拭きだけだと限界があるよね。とはいえ、洗剤とかがあるとは思えないし……」
「せんざい……?なぁにそれ?」
「えーとね、洗剤っていうのは、汚れを落としたり出来る薬、みたいなものかな」
エルルは少し考えてから、
「おくすり……?飲むの?」
「ああいや、薬って言っても飲むんじゃなくて、水みたいな見た目で、汚れを落としたい所に塗ったりして使うんだよ」
自分も専門家ではないため、説明は曖昧だ。原理が分からなくても、科学の進歩により誰もが技術の恩恵に与り便利な生活を送ることが出来た。これは前世の世界の大きな特徴だろう。
この世界ではどうなのだろうか。天給は誰もが持っているわけではないらしいし、その種類も様々であることが想像出来る。そして、恐らくまだ自分も知らない魔法的な力もあるはずだ。それを持つ者と持たない者、また強い者と弱い者の差が何をもたらすのか、私はまだ知らない。今はとりあえずこの村での生活拠点を作る事が一番だが、落ち着いたら村の外に目を向けることも必要かもしれない。
「おねえちゃん……どうしたの?」
私が突然黙った事に不安になったのか、エルルが近くで顔を覗き込んでいた。
「ああごめん、何でもないよ。大丈夫」
「よかった。それでね、さっきの『せんざい』のことだけど……つまり、汚れを落とせるものがあればいいんだよね?」
「うん、そうだけど……」
「それなら、わたし、つくれるとおもう!」
そう言うエルルの瞳は、いつになく決意とやる気に輝いていた。どういう事なのかを聞くと、
「えーとね、わたし、いろいろなどくを作れるの。毒の龍のみんなよりも、いろいろなどく。だから、汚れだけをなくせるどくも、きっとつくれるよ!」
マジか。それは素晴らしい。毒と薬は紙一重というが、エルルが進んで自分の力を役立てようとしているのだ。自分に止める理由はない。
「よーし、それじゃあエルル。お家をきれいにする魔法、お願い。でも、無理はしないようにね」
「うん!」
エルルの太陽のような笑顔を見ると、思わずこっちまで笑顔になる。
しかし、毒で家を掃除とは、考えもしなかった。自分が想像する毒というと、相手を傷付けたり、物を溶かしたりといった攻撃的なイメージが強かったからだ。
この世界の毒龍がみんな掃除するための毒を作れるとは考えにくいし、やはりエルルは毒龍の中でも特殊なのだろうか。
<そうですね、エルルさんの毒は天給によるものですが、本人の想像力と創造力によってまだまだ進化する可能性を秘めています>
「あ、やっぱりあれって天給によるものなんですね」
<はい、一般的な毒龍が作れる毒は、あなたの想像するようなもので大体合っています。エルルさんもその気になれば殺傷力のある毒を作れるでしょうが、本人はそれを望まないでしょう。あなたもそうなのではありませんか?>
「そりゃあそうですよ。エルルの生まれ持った力は人を傷付けたりするだけじゃないってことを一緒に証明したいですからね。そして、いつか女の子の服だけを溶かす毒を作ってもらうんです」
<台無しですよ!今までの話が全部!>
「冗談ですよじょーだん。さて、エルルー?調子はどう……」
とエルルの様子を見ようとして、唖然とする。
エルルがいるのは部屋の中央。その頭上に、巨大な液体の塊が浮いている。見たところ前世での自分の部屋のバスタブの何倍もの量があるような気がするが、もしかしてあれが掃除するための薬液だろうか。
<大丈夫ですよ。あれは完全に無害な液体であると保証します>
「なーんだ、じゃあ大丈夫ですね……ってそうじゃなくてですね!マンガとかで大体こういう場合って―」
「よーし、いっくよー!見ててねおねえちゃん!」
待った、という間もなく、エルルの意思により薬液の塊は落下。床に着いた瞬間に激流となって自分に襲い掛かった。
怒涛、という言葉がふさわしいその勢いは足元から自分を掬い揚げ押し流す。激流に流されながら必死にもがいていると、
「うぃーす、姐さん、調子はどうでアババババ!?」
タイミング悪く玄関から中を覗き込もうとした兄貴が直撃をくらい同じく流されていくのが見えた。
こうして、自分と兄貴は仲良く打ち上げられた魚の様に、家の前に転がることになったのである。




